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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第二部【アメリカ横断編】第三章・インディアナ逃走

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87「【歌】ってる暇がないです!」★シュヴァリエ

キャラクター一覧はこちら!

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3524077/

挿絵(By みてみん)

「名乗りは済んだな。もう死んでええぞ、アメ公」


 水虎(すいこ)はそう言うと、キャデラックを襲う虎型の折神(おりがみ)を唸らせる。

 激しい力で揺さぶられ、高級セダンのキャデラックが玩具のように揺れた。


「出ましょう、車の中にいるのはまずい!」


 私はダミアンにそう告げると、ダミアンは後部座席で寝たままの勝を担いで車から飛び出す。


(勝はなぜ起きない!?)


 日本人同士上手く話をつけてくれることを期待していたが、肝心の勝は全く起きる気配がない。

 もはや寝ているというより気を失っているというほうが近い。


「話を聞け! そもそもベインブリッジは織歌を……!!」

「上官ヲ殺害シタル者ハ死刑ニ処ス――」


 ダミアンが開きかけた口を黙らせるように、水虎の冷たい声が響く。

 水虎の折神の虎が唸り、ダミアンの腕を狙う。

 

「くそっ!」


 勝を抱えるダミアンはそれを避けきれず、左腕を虎に噛まれてしまう。

 だが、左手に抱え込んでいた折神を展開し、炎と共にどうにか虎から逃れた。


「おっと……」

「油断するな若桜少尉! 海神少尉がすでに全員に折神を授けている!」


 私は虚を突かれた水虎の背後に回り込み、首元を締めあげる。

 殺す気はない、無力化してくれればいくらでも話はつけられる。

  

「そうじゃ。もう一人おったな、シロンボ」


(でかいな、この男……)


 私自身も6フィート3インチ(190cm)あるが、この男はそれ以上の大きさがある。

 全力で締め上げているのに、太い首の筋肉はなかなか気道を塞げない。


「大将!」

「油断しすぎだ、莫迦者が……」

 

 水虎はにやりと笑うと、遠くにいる大将を呼ぶ。


「なっ――!?」 

 

 何をするにしても到底間に合うほどのない距離にいたはずの男。

 それが、瞬きをする間に背後まで間合いを詰められていた。


「シュヴァリエ!!」

 

 一六八の日本刀が空を裂く。

 月下の煌めきを受けた切っ先が私の喉を切る前に、水虎を手放して間合いを取る。

 ダミアンの元まで駆け寄ると、背中合わせになって互いの死角を埋めた。


「なんかすげえ伎、使えるんじゃなかったか!?」

「【歌】ってる暇がないです!」


 織歌救出の時に発動した【歌】は確かに強力だが、こうも矢継ぎ早に攻められては発動する暇がない。

 

「あかんぞ大将! こいつら【歌】も使いよる!」 

「絶対に発動させるな!」


 相手もそれを承知だ。

 一六八はまたも瞬時に間合いを詰め、こちらに切りかかってくる。

 煌めきと共に行われる瞬間移動、それが彼の能力なのだろう。


(居合の使い手にこの能力、なんて厄介な……!)


 ダミアンの狼が大地から、私のグリフォンが空から飛び掛かるが、狐の残影と共にいとも容易く避けられてしまう。


「若桜少尉、【歌】え!」

「応!」


 それだけではない。

 一六八の攻撃をいなす間に、一歩下がった水虎が【歌】う。

 完璧な連携に、水虎を止める暇もない。


「――♪」


 水虎は荒々しい青年だが、歌声は若く瑞々しい。

 どこまでも続く雪原にぽつりとたたずむ、春の花の芽のように、冷たさと力強さが同居する美しい声だった。


 ロシア訛りのイントネーションで奏でられる歌があたりに響く。

 途端、あたりが吹雪に覆われ視界がふさがれる。


 寒い、冷たい、そう感じた体はだんだんと感覚さえなくなっていく。

 どうやら私と同じ氷系の能力のようだが、効能は時を止める私の【歌】とは違う。

 肺まで凍らせるような恐ろしい寒さ、冷たい攻撃性、それが水虎の能力の様だった。


「シュヴァリエ!」


 息をすれば肺に氷が入るというのに、ダミアンは私に吼えかけてくる。


「……!!」


 私は目だけで彼の真意を読み取り、返事の代わりに頷いた。


「さあ、どうする!?」


 一六八の剣戟が近くに迫る。

 私とダミアンは構えることはなく、奴らに背を向けて逆方向に走り出した。

 

「逃げる!」


 ぼろぼろになったキャデラックに乗り込むと、案の定今の氷雪攻撃でエンジンは冷えていた。

 だが、これこそ私たちの望んでいた状況。

 オーバーヒートして止まっていたエンジンは、強力な冷却により逆に正常に戻る。


「出せ!」

「はい」


 私はそのままエンジンを吹かすと、全力で走りだす。


「あっ、待たんか!」

「ぐぬぬ……覚えておれ!!」


 どうもノリのいい日本人たちは、小悪党のようなセリフで私たちを見送ってくれる。

 憎めない個性をしている二人とこんな出会いになってしまったのは惜しまれるが、とにかく今は離れなければ。


「織歌たちは!?」

「まだファーマーズマーケットにいるはずです」


 猛スピードで一六八と水虎と離れると、猛吹雪も弱まっていく。

 視界不良だったフロントガラスの霜も解け、水滴の向こうに田舎町が見えてきた。


「えっ……」


 そして、その水滴の向こうに――見覚えのある子供がいた。


 薄紫色の髪、白い肌、藍色の眼。

 少女と見紛うような細い体躯の儚い少年。

 

 彼は――


「セレスト……」

(にい)さま」


 私の弟だ。

 歳の離れた、小さな弟。

 マフィアに落ちてから一度も会っていないあの子が、なぜこんなところに。

 

 呆然とする私から目線を離して、セレストは此方を指さしてぽつりとつぶやいた。

 

「呪ってやる、ダミアン」


 その声はあまりにも小さく、唇から言葉を読み取れる私にしか意味が理解できていない。

 ほんの一瞬の邂逅なのに、私の瞳はセレストに釘付けで目が離せない。

 視覚も思考も聴覚もすべてをセレストに持っていかれてしまう。

 

「シュヴァリエ、前見ろ!!!」 

「あっ……」

 

 その結果、ハンドル操作を誤ってしまった。

 車はバランスを失い、あらぬ方向へ進んでいく。

 

 黒い煙が立ち上り、光の柱が上がる、謎の場所へと――

シュヴァリエが弟・セレストと会うのは数年ぶりになります。


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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。

次回は11/5(水) 21:10更新です。

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