84「たすけて、エヴラード!」★エヴラード・G・バーラム
「撃つなら撃て! 神は我々の盾だ!!」
「くっ……」
僕は、すぐには撃てなかった。
ほんの数秒の逡巡が命取り――隙を見せた瞬間に地面に叩き伏せられ、最後の頼みの銃を奪われた。
「このスカシ野郎……!!」
「アメリカ人の癖に神父と外人とつるみやがって、裏切者が!」
「こいつも吊るせ!」
KKKのクソ共に容赦の文字は無い。
武器がないとわかると容赦なく顔面を殴られ、倒れたところに蹴りを入れられる。
体はそれなりに鍛えているつもりだが、マフィアや軍人と違って大人数に太刀打ちできるようなものじゃない。
「がはっ――!!」
「えぶ!」
されるがままに殴られ、蹴られ、抵抗する力もなくなっていく。
織歌の泣き叫ぶ声が聞こえる。
少女の前でなんて情けない……そう思いながら、ぐったりとした体は後ろ手に縛られてしまった。
「くそっ! この神父頑丈だな!」
「ガキと金髪を連れてこい! そいつらに見せてやれ!」
そのまま僕たちはエンゼル神父の前に連れてこられた。
エンゼル神父は僕よりも先に暴行を受けていたが、あまり目立った傷は無い。
「やめなさい! その方はプロテスタントです!」
それどころか僕の心配をしている。
(頑丈な人だ……)
ほっと胸をなでおろしたのも束の間、覆面の男たちは僕たちに燃やした十字架を突きつけてきた。
「なら、アジア人からだな」
燃えた十字架から放たれる煙の臭いが鼻を突き、喉を焼く。
織歌の小さな喉は耐え切れないのだろう。
涙目になりながら咳をしている。
「けほっ……げほっ……」
「止めなさい、子供ですよ!」
「黙れ! お前らみたいな裏切者がアメリカの秩序を壊すんだ! こんな田舎にまで日本人を運んできた!」
「あなた達は何が望みなのですか!?」
エンゼル神父の叫びもKKKには届かない。
必死で引き留めようとするが、織歌に対する拷問じみた行為は止まらず、煙を吸った織歌がどんどんとぐったりとしていってしまう。
そして、男が突き付けた代償は果てしなく重いものだった。
「このガキを助けたかったら、今ここで信仰を捨てろ」
「なっ……」
エンゼル神父が絶句する。
信仰は彼にとって人生のすべて、魂の拠り所。
たとえ死んだとしても、それを持っていれば魂は救われる。
それを、少女のために捨てろというのだ。
「なんだ。カトリックは子供ひとり助けられないのか」
「わ、私は……」
「こいつらは捨てたぜ。見逃してやると言ったら、神父を差し出した」
男が示したのは結婚式の予定をしていた若いカップルだった。
どうやらカトリックであることは本当だったらしい。
どちらも己の罪に怯え、目線を合わせない。
「お許しください、お許しください」
と女性がさめざめと泣いていた。
その様子を、神父は憐れむように見つめていた。
「わたし、しんでもいい。エンゼルさまから、たいせつなもの、とらないで」
織歌さんが呟いたその言葉が、エンゼル神父のとどめとなった。
「……す、捨てます。お願いします。その子に手を出さないでください。私を殺してください」
互いを想いあう気持ちが互いの首を絞める。
幼い少女は命を差し出し、神父は信仰を差し出した。
まったくもってフェアじゃない取引に、KKKは満足そうに笑った。
「わかった。神父だけでいい。金髪、神父を吊るしたらガキ連れてとっとと消えな」
「待て……!」
「いいんです! エヴラードさん!」
そう言うと、神父は首にかけていた十字架を足元に置く。
泣きそうな声なのに、まっすぐな瞳をしていて、何を言っても無駄だということはすぐに分かった。
「……どのみち、お別れのつもりだったんです」
そう言い残すと、エンゼル神父――いや、ただのエンゼルは――KKKに連れられて去って行ってしまった。
***
「お、オリガミ! 折神は!?」
信仰を捨てた神父の処刑にKKKが沸き立っている。
ファーマーズマーケットを締めくくる花火も上がる。
近くで、遠くで、割れんばかりの歓声がする。
その音に声がかき消さるタイミングを見計らって、僕は織歌に助けを求めた。
まだこの目で見たことは一度もないが、彼女には折神と言われる魔法のような技がある。
それを使えばまだこの状況を逆転できる。
「だ、だせない……でないの……ずっと」
しかし、現実は上手くはいかない。
織歌はぐずりながら首を振り、その力が使えないと言う。
「エンゼルさましんじゃうのに! なにもできない!」
咆哮のようなその声は、6歳の少女が出すにはあまりにも悲壮だった。
だが――
「しっかりしなさい!」
僕は彼女をしかりつける。
彼女がただの子供なら、女性なら、その小さな肩を抱いただろう。
抱いて慰めて、涙が枯れるまで隣にいただろう。
だが、彼女は違う。
「あなたは泣くだけのヒロインじゃないでしょう!」
あのブロードウェイの帝王が、海軍将校が、エンゼル神父が心を預けた女性。
親しい友・勝の一人娘。
泣くだけの娘なら僕はここまでついてこようとは思わなかった。
命をかけてまでシカゴについてきたのは、彼女に価値があるからだ。
この世界を変えてしまうような、大きな力があると直感したからだ。
「泣いてる暇があったら考えろ! 何が必要なのか、考え続けろ!!」
「で、でも……!」
「必要なものは必ず僕が用意する! 僕は、あなたの為にここにいる!」
怒鳴りつけると、織歌はしゃくりあげて怯えてしまう。
だが、可哀想だとは思わない。
「たたかおうっておもう、ちからがひつようなんだって」
彼女の瞳には、強い意思が宿っている。
「でもひとりじゃこわい……だから……」
その瞳は、男たちを魅了して落とすファム・ファタルのそれではない。
荒れる海を照らし続ける灯台のような強い光。
「たすけて、エヴラード!!」
その光に、僕もまた惹かれていった。
エヴラードもじわじわ攻略していきます!
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次回は10/31(金) 21:10更新です。




