83.「正義の境界線」 ★エヴラード・G・バーラム
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「織歌さん――」
エンゼル神父が、小さな婚約者に語りかける。
ちょっとした悪戯心で始めた結婚式ごっこだった。
KKKという恐ろしい団体の目がどこで光っているかもわからない。
だというのに、身分を明かしてまでこの地では異端であるカトリックの結婚を手伝うと言うエンゼル神父。
そんな彼に苛立ちと小さな尊敬があった。
(しかし彼も完璧ではなく、神父でありながら婚約者がいたという)
小さなレディ――体が若返るという謎の状況らしい――と婚約関係にあったという”神父”を揶揄ってやろう。
それだけのつもりだった。
それは非常に可愛らしい遊び。
事の重大さもわかっていない幼子が、全幅の信頼を置いている神父との絆を誓う言葉遊びに過ぎない。
それでも、”部外者”の自分にすらふたりの絆は固く結ばれているのがわかる。
(あの堅物神父をここまで落とすとは。大人のレディをいつか見てみたいものだ)
微笑ましい限りだと、そう思っていた。
「さようなら」
だが、神父の口から発せられたのはとても小さな声の別れの言葉だった。
「さよならじゃないよ、エンゼルさま」
「そ、そうですよ。やだな、こんなところで間違えちゃって」
織歌と僕の声が重なる。
(またいつものドジか?)
と思って、どちらも真剣に受け取ってはいなかったが、エンゼル神父の顔は真剣だった。
泣きそうな顔で、静かにほほ笑んでいる。
これはよくない状況だ、きちんと時間を取って話をした方がいい。
彼に話しかけようとした時、コンコンと控えめなノックが聞こえた。
「神父様」
若いカップルが戻ってきたのだ。
「お話はあとで。まずは彼らの結婚式をしましょう」
エンゼル神父は振り返らず、倉庫の扉を開ける。
「神父に、弁護士に、アジア人――こいつらだな」
「KKK――!?」
思わず悲鳴のような声が漏れる。
扉を開けた先にいたのは、真っ白な覆面姿のKKKの集団だった。
エンゼル神父の背中に阻まれて詳細はわからないが、少なくとも先頭にいる人間は武装している。
(まさか神父が奴らを招いたのか――!?)
突然の結婚式の承諾も、あの意味深な言葉も、ここにつながるというのか。
なぜ突然裏切るような真似を……
意味が解らず、呆然としながらエンゼル神父の顔を覗いた。
「な、なんですかあなた方!?」
「こいつが神父だな! 吊るせ!」
(あ、違うんだ)
しかし、エンゼル神父は僕と同じくらいに驚いていて、しかも真っ先に連れ去られてしまった。
◇ ◇ ◇
勝、ダミアン、シュヴァリエは村の端に止めた車の中にいた。
「”エンゼルが” ”裏切る”」
眠りについている勝の声が、静かな車内に響く。
「おい、勝。どういうことだよ」
「勝。冗談が過ぎるぞ……だめだ、起きない」
ダミアンとシュヴァリエはまだ本気で受け止めてはいなかった。
勝の寝言に苦笑しながら彼を揺すって起こそうとするが、全く起きる気配がない。
「うっ……ううっ……」
揺すっても、叩いても、少し抓っても起きる気配がない勝に激しい違和感がある。
勝はもともと極道者で、その後は軍人をしていたはずだ。
こんな状況で眠り続けるほど緊張感のない男ではない。
「ボス、何か盛られたりは?」
「ありえねえ。俺たちはずっと車に隠れてて、その間なんも食ってねえ」
明らかに何か異変が起きている。
ダミアンとシュヴァリエはそれぞれ武器を構えてあたりを警戒する。
ダミアンは物音に耳を澄ませる。
風の動き、草の匂い、虫の鳴き声――自然の流れから周囲の変化を感じ取るのはダミアンの血であるネイティブアメリカンの得意とする技だ。
「……煙の臭い、かなり遠くだが」
「ファーマーズマーケットかもしれない。花火があるらしいが、それとは違いますか?」
「ガソリンくせえ」
「KKKかもしれない」
ダミアンが指し示す先にはシュヴァリエが先ほどまでいたファーマーズマーケットがある。
そこにはまだ織歌・エンゼル・エヴラードがいたはずだ。
「私が見てきます、ボスは至急車の準備を」
「チッ、留守番かよ」
「勝の護衛も頼みます」
ダミアンとシュヴァリエが話している間にも、勝は苦しそうに呻いていた。
「”えんぜる” ”は”」
「わかった、わかった」とダミアンは勝をポンポンと叩き、車内から離れる。
勝の状況も気になるが、トラブルが起きているのならば急ぎ車を直さなければならない。
シュヴァリエもまた走ってファーマーズマーケットへ戻っていく。
「”かわって” ”しまう”」
勝の声は、誰にも届くことなく車内に響いた。
◇ ◇ ◇
秘密裏にカトリックの結婚式を上げたいというカップルに騙され、KKKの襲撃を受けた。
彼らは真っ白なローブと覆面をまとい、火のついた十字架を持って我々を威嚇している。
その直前にエンゼル神父の謎めいた謝罪……僕は完全にエンゼル神父を疑っていた。
「神父だ! 吊るせ!」
「ちょっと貴方、十字架燃やしちゃダメでしょう!!!」
だが、違った。
KKKの集団は真っ先にエンゼル神父を狙い、エンゼル神父は教義に反する行為を叱咤した結果……エンゼル神父がまず攫われていく。
「あっ、ま、待ちなさい!」
裏切者じゃなかったのか。
なんであんな紛らわしい行為を……と思いながら慌てて追いかける。
呆然としている間に、エンゼル神父は大勢に囲まれて暴力を受けていた。
「エンゼルさまにひどいことするな!」
「アジアのガキが! お前も動くな!」
「やだ、やめて……!」
次の標的は日本人の織歌だった。
暴れる織歌をひょいと捕まえて暴力をちらつかせると、織歌は怯えたように固まってしまう。
(大人のレディは暴力に屈しない気丈な女性と聞いていたが……)
明らかに暴力にトラウマを持っていそうな反応だ。
精神病院で何かされたのだろうか……だが今はそれどころではない。
隠し持っていた銃を構え、織歌を抱える男に突きつける。
「その子を下ろしなさい」
幸いにも彼は銃を持っていないらしい。
男はぎょっとして固まり、しばし逡巡する。
「我々はすぐに出ていきます。神父もすぐに開放しなさい」
(暴力を盾にした交渉は好むところではないが……)
ここまで脅せば言うことを聞くだろう。
「駄目だ、異端者は殺す! 撃つなら撃て! 神は我々の盾だ!!」
しかしKKKの狂信は僕の想像をはるかに超えていた。
彼らは本当に正しいと思っているのだ。
正義を前に暴力などなんの力もない。
僕は弁護士として、それを知っていたのに――
引き金に力がこもる。
ここを乗り越えるためには、暴力と殺人の境目を一歩越えなければならない。
KKKは白人・アングロサクソン・プロテスタント”以外”を標的にしていました。
神父やシスターを脅す事件もありましたが、作中でこんなにも過激なのには理由があります。
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