82「結婚式」★エンゼル・A
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「エンゼル様!」
「はい!?」
またぼんやりしてしまった。
エヴラードの少し大きな声が耳元に届いたとき、目の前には若い男女もいた。
「話、聞いてなかったでしょう?」
エヴラードの言う通り、私は何も聞いていなかった。
目の前の男女が何者なのかはわからないが、エヴラードは少し警戒をしている。
張り詰めたような空気があたりに流れており、なにか面倒なことに巻き込まれていることが分かった
「す、すみません……なにか……?」
「あのね、このひとたち、けっこんしきしたいんだって。エンゼルさまにきてほしいって」
「ああ、誓いの儀式ですか。ですが私はよそ者ですし、こちらの牧師にお願いされた方が」
私は神父だし、牧師のやり方は知らない。
やんわりと断りを入れると、カップルは周りの目を気にしながら非常に小さな声で私に囁いた。
「僕たちはカトリックなんです……」
「この町では迫害されてしまう。だからあなたしか頼れる人がいないのです、エンゼル神父様」
そういうことか……。
どこからどうやって私が神父であることを聞きつけたのかはわからないが――織歌さんはずっと私を神父さまと呼んでた気がするが――、彼らはわざわざ身分を偽っている私の元へ儀式を依頼しに来たということだ。
「だめですよ」
エヴラードが小声でささやく。
KKKが神父を標的に反カトリック活動をしていることは有名だ。下手な動きをすれば標的にされてしまう。
ただでさえ軍人殺しで逃亡している身なのに、これ以上の厄介ごとは背負えない。
「お願いします、神父様……」
だが、救いを求める信者の手を振りほどくことを、神は許すだろうか。
「……わかりました」
私は断れなかった。
「お人よし……!!」
「ありがとうございます!!」
渋々承諾すると、エヴラードのあきれたような声が響くよりも先に、若い男女の喜びの声が聞こえた。
彼らの安堵の表情を見ると胸が軽くなる。私の決断は間違っていない。
……エヴラードには怒られてしまうだろうが。
「本来は突発的に式は行いません。ここが信仰を貫くのに困難な地であるから、特別に。ですよ」
「存じております!」
「では今から――」
「いえ」
どこか人気のない場所で誓いの儀式をしようと言いかけた時、新婦が制止する。
「少しだけ時間をくれませんか?」
「それはどれくらいですか?」
エヴラードが間髪入れずに問い詰めると、新郎が少しうろたえた。
「ひ、陽が落ちたらすぐ。人目を避けるに、陽が落ちて花火の時間になったほうがよいかと」
「あと小一時間ほどか……」
「それまでうちの倉庫でお待ちください。家族はみなマーケットに出払っていて、安全です」
「わかってるとは思いますが、秘密の式です。あなたたちだけで来てくださいね。ほかの人を呼ばないように」
「……それは、もちろん」
エヴラードの隙のない責め文句にうろたえつつも、新郎新婦は約束をしてくれた。
なんだか気の弱そうな雰囲気の二人なので、秘密を守り切れるか不安はあるが、彼らの信仰心を信じるしかない。
「では、陽が落ちるころ」
「はい。陽が落ちたら」
そう誓い合って、私たちは新郎新婦と別れた。
***
「けっこんしきって、なにやるの?」
ひょんなことから巻き込まれた秘密の結婚式のため、私たちは新郎の家の倉庫に身を隠していた。
本当に式を挙げる気はあるらしく、大量の荷物は脇に置かれ、中央に人が集まれるような空間ができていた。
窓もない倉庫には夕焼けの赤色も差してこない。暗い倉庫の中、ろうそくの明かりだけが頼りだった。
「神様にお祈りして、聖書を朗読して、新郎新婦が誓いを立てる。そして指輪交換、神父が結婚を宣言――」
「あれ、キスはしないんですか?」
「ぎゃっ! くちすいばしよっとね!!」
口吸いの話になると、小さな織歌は顔を真っ赤にして恥じらっている。
かつて地下水牢で熱いキスをしたことがあるが、今の織歌さんは覚えていないのだろう。
「しませんよ! それは民間発の流行ですからね!」
「へえ。でも神父は大人だったレディとはしたんですよね?」
エヴラードがにやにやと揶揄ってくる。
「あ、あれは……特別で……。そ、それに私は神父ですから! 結婚はしません!」
「へえ。じゃあただの愛のキスだったと」
「そもそも誰からそんな話……!? あ、ダミアンさんですね!」
「情報元は機密事項です」
エヴラードはさわやかに笑っている横をすり抜けて、織歌が私に飛びついてくる。
「わたしも、けっこんしたい!」
「こ、こら!」
これからの結婚式が待ちきれないのか、子供のような駄々をこねだしてしまう。
エヴラードはそれをとめることもせず、むしろ焚きつけるように私を指さした。
「エンゼル様がしてくださるそうですよ」
「私は神父だから――」
「やだー! エンゼルさまとする! けっこんする!!」
(う……うれしい)
正直、ものすごくうれしかった。
今の小さな織歌は、かつてした婚約など忘れてしまっている。
それでも、私を見て同じ答えにたどり着いてくれた。
「では僕が神父役をしますね」
なんと不敬な……! と思ったが、エヴラードは今の私たちの状況に気を使ってくれているのだろう。
織歌が攫われてから、シュヴァリエの裏切り、勝の沈黙、ダミアンのベインブリッジ殺しと、私たちはバラバラになりかけている。
(私も、裏切りを父に唆されて――)
そんな状況を少しでも良くしようと動いてくれるエヴラードの気遣いを知って、私はこの遊びを受け入れることにした。
「私はあなたを妻として迎え、喜びの時も悲しみの時も、病める時も健やかなる時も――
あなたを愛し、尊び、死が二人を分かつまで、あなたに真実を尽くすことを誓います」
結婚式は何度も立ち会っているが、新郎の台詞を言うのは初めてで緊張する。
難しい言葉を並べていると織歌が困っているので、エヴラードがわかりやすく彼女を促してくれた。
「新婦の織歌さん、誓えますか?」
「ちかえます!」
薄暗い倉庫の中でろうそくの光が照らす織歌は、白いドレスを着た本物の新婦のようだった。
体が大人に戻ったら、いつかこんな姿を見る日が来るのかもしれないと胸が熱くなる。
「では誓いのキスを――」
「それは彼女が大人になるまでしません!」
「ははは、冗談ですよ」
だが、今はここまでだ。
私は誓いのキスの代わりに、彼女の小さな手を握った。
「織歌さん――」
◇ ◇ ◇
一方そのころ、勝とダミアンは車の中に押し込まれ続けていた。
『んん……しんきゃら? えぶらーど……』
「勝、すげえ寝言言うんだよ」
「疲れてるんでしょう」
様子を見に来たシュヴァリエからの差し入れのイチゴをほおばりながら、ダミアンが寝ている勝を指さす。
勝はあの後からずっと眠り続けており、時たま謎の日本語でつぶやいているらしい。
「”あっぷでーと” ”で” ……」
「お、英語だ」
「寝言でも英語を話すようになりましたね」
時たま英語でしゃべる勝の寝言を微笑ましく見ながら、ダミアンとシュヴァリエは今後の予定などを確認しあう。
それはほんのつかの間の、穏やかな時間だった。
「”エンゼルが” ”裏切る”」
――この声を聞くまでは。
ダミアンはエヴラードと仲良しなので、いろんな情報を共有しています、
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