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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第二部【アメリカ横断編】第三章・インディアナ逃走

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81「ユダ」★エンゼル・A

キャラクター一覧はこちら!

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2873597/blogkey/3512592/

「きしさま、いちご! あーん!!」

「メルシー」


 ジョアンナにもらった白いドレスに袖を通し、念願のイチゴを手に入れた織歌はご機嫌だった。

 農家の木箱の上に腰掛けるミシェル(シュヴァリエ)の膝で、小さな手でイチゴを摘まんではミシェルやエヴラードの口に詰め込んでいる。


「しんぷさまも!」

「レディ。エンゼルさまか、牧師さま、と呼びましょうね?」

「あっ、そうだ……えっと、エンゼルさまも!」


 馴染みある呼び名がなかなか変えられないのか、織歌は私のことを”神父”と言ってしまう。

 KKKがどこにいるかもわからないインディアナの街では神父でさえも正体を隠したほうがいいと言われたが……私は心中複雑だった。


(突然牧師だなんて言われても……私は嘘がつけないし、ごまかしきれるだろうか)


 嘘は苦手だし、何より罪だ。

 エヴラードの言うことは正しいと思うが、私にこの作戦が遂行しきれるか不安だった。

 助けを求めるようにエヴラードをちらちらと伺うが、張り付けた余所行き用の笑顔のまま無言の圧をかけられるだけだった。


「おとうさんと、ダミアンにもあげたい!」 

「そうですね、そろそろ様子を見に行ったほうが……。サー・イス、どうしましょう?」

「私が一人で行こう。大人数で行くと目立ってしまう」


 気づけば陽は静かに傾きだしている。

 車に置き去りにしてしまった勝とダミアンは問題ないだろうか。

 ミシェルも彼ら気にしていたのか、籠いっぱいのイチゴから半分ほど抜き取ると、車の様子を見に行くと言った。

  

「エヴラード、織歌とエンゼルを頼んだ」

「はい。お任せください」

「いや、私は大丈夫ですからね!?」

 

 ***

 

「今晩は花火があるので、ファーマーズマーケットも夜までやるようですよ」


 エヴラードが言う通り、陽が傾いてもファーマーズマーケットはまだ続いていた。

 気づけば人は昼間よりも増えている。みな花火を見に来たのだろう。 

 

「あ、お姫様だ!」

「お祭りは楽しめてるかい?」

「牧師様、お姫様にドーナツどうだい?」

 

 サーカスのジャウストの演目の効果は良い方向に作用したらしい。

 綺麗なドレスを着て一躍姫となった織歌の周りには人が集まり、優しく声をかけてくれる。

 織歌も人見知りをしない性格なのか、かけられた声に嬉しそうに手を振り返したり、年の近い子とは仲良く話したりしていた。


「微笑ましいですね、エンゼルさん」

「そう……ですね。織歌さんが嫌な思いをしたままにならないでよかったです」

  

 人種を超えた友情のようなものが芽生えだしているのを見て、エヴラードが優しく微笑んでいた。

 だが、私はなぜか心に引っ掛かりがある。

 本来なら聖職者である私が一番喜ぶべきなのに。

 

(心のどこかで、これが人の本質ではないと思ってしまう)

 

 人の悪意は底が知れないが、みな神の子。

 その本質は善にあるはずだ。


【久しぶり、アンヘル】

  

 なのに、あいつの声が頭から離れない。


【ちゃんと呼ばなきゃ。お父さんって】


 【父】と名乗る男の声が。


【織歌ちゃんを返してあげる。だから――】



「エンゼルさま?」


 ぼんやりとしていると、織歌の不安そうな声が聞こえてきた。


(私は何を……)


「ドーナツ、どうしますか?」 


 エヴラードもまた心配そうに私をのぞき込んでいる。

 ぼんやりと考え事をして、仲間に心配をかけてしまうなんて……

 私は反省しながら、慌てて返事をする。

 

「あっ、え、えっと……ドーナツですよね。織歌さん、イチゴをいっぱい食べましたけど、お腹いっぱいじゃないですか?」

「たべれる!!」

「では、3つください。僕とエンゼル様と、レディの分」

「まいどあり!」

 

 そうだ。私の生活も愛情もすべて彼らとともにある。

 あの男のことなど、早く忘れてしまおう。

 

(あの男――)


 海魔の王であり、日本神話の神であり、私の父。

 ウヅマナキ。

 

 ◆ ◆ ◆


 ――シカゴ精神病棟

 

 あの男にあったのは、捕らわれていた織歌を救出するため乗り込んだ日の夜だった。

 

<久しぶりだねえ。もういい歳なんじゃない?>


 20年以上前に離別した父親・ウヅマナキは、()()()()()()()()()()()()()()()、私の前に現れた。


 「た、タタ(父さん)……」

<君も老いないね。僕の血のせいかな>

「……<その>話し方をやめろ!」


 奴の言葉が念派であることを察して、慌てて振り払う。

 言語の壁など簡単に乗り越えて、魂に刻み込まれる言葉は呪いだ。

 理解しあうための言語を捨てて直接脳に言葉を刻み込む、それが支配でなくて何だというのか。


「久々に会って、やることが<それ>か!」

「怒らない、怒らない。普通に話すからさ」


 私の言葉など聞く気はないのか、ウヅマナキはへらへらと笑いながら私の腕の中で眠っていた織歌に触れようとする。


「触るな!」

「えー、けちんぼ」

「何の用だ!?」


 人に怒鳴るのなんて何十年ぶりだろうか。

 慣れない怒号に声が枯れる、それでも、この男を前にすると冷静ではいられなかった。


「織歌ちゃん。可哀そうだね」


 織歌の晴れた頬を見て、ウヅマナキは痛ましそうな顔を取り繕った。

 これが本心でないことは、子供である私が誰よりも知っている。

 

「彼女の誘拐を貴様が手引きしているのは知っている! 何をしに来た!?」

「何をって……」


 どくん、と心臓が跳ねる。

 心の奥で、もしかしたら私に会いに来たのかも、という淡い期待が勝手に出てきてしまう。


「ワダツミマサルの秘密を手に入れたいんだ」


 だが、この男から私や母、実子同然に暮らしていた孤児院の子供たちに対する言葉は全く出てこなかった。

 

 この男が嫌いだ。


 人の悪意を、欲を、情を知り尽くして、簡単に心の中に入り込む。

 それはすべて【自分の仲間が欲しい】という身勝手な欲望のため。


 そのためなら、私のような半魔の化け物を産み落とすことすらいとわない。

 そのためなら、父を憎み、そして想う息子の心すら、簡単に棄ててしまう。

 

「無駄だ。彼は話さない」

「そうだね、だからお前に話してるんだ」

「私もお前に従う理由などない!」

「織歌ちゃんを助けたいんでしょ?」


 長年憎んできた父に再会できて、少なからず揺らいだ私の心など、この化物にはわからない。

 ただ自分の欲望だけを突き通し、そのために息子の気持ちを踏みにじる。


(私は……そんな言葉に屈しない……)

  

「ボクは織歌ちゃんを追わない。お前はその子を抱っこして、みんなの元に戻って、普通に過ごせばいい」

「やめろ」

「スパイとして忍び込んで勝の秘密を手に入れるんだ」 

「やめろ!!」

 

<ユダになれ。アンヘル・ジェリンスキ>


 その名前を出すのか。

 十二使徒の裏切り者――神の子を銀貨で売った男。

 その名を背負わせようとするのか、お前は……

エンゼルとエンゼルパパ(ウヅマナキ)の密約はまだ継続中。

エンゼルはイエスともノーとも答えていないです。


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