78「ファーマーズマーケット」★シュヴァリエ
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「その子、日本人かい……?」
白人至上主義の秘密結社・KKKがあふれるこの街で、有色人種の子供の存在がばれた。
KKKの過激な者たちはリンチで命を奪うことすら厭わないという。
――殺される前に、殺すしかない
ビリリと緊張が走り、それまでの穏やかな雰囲気は一変して、あたりは一触即発の緊迫した空気に変わった。
宿屋の夫人はその緊張する糸を解くように、慎重に口を開いた。
「あんたら、どういう関係だい……?」
「この子はアメリカ人ですよ。私の子供です」
私は簡単な噓でその場を取り繕った。
「えっ、でも……」
私の嘘にエンゼルが反応してしまい、ひやりと背中が冷える。
私は嘘がつけるが、エンゼルは嘘がつけない。
それはエンゼルの美しさでもあるが、今のこの場においては厄介な習性だった。
「エンゼル様、もう忘れてしまったんですか?」
幸いなことに、ここには最上の嘘つきがいてくれた。
エンゼルが何か言おうとした口を慌ててエヴラードが抑え、言葉を奪う。
「奥様を亡くされた退役軍人と、その養子だと説明したではないですか。”牧師”様」
「えっ、えっと」
「これから奥様の墓参りとご家族と遺産の分配をするからと、牧師のあなたと弁護士の私がいるんですよね?」
「あっ。はい……そうですね……」
私の意を汲んでエヴラードがさらに嘘を塗り固めてくれる。
KKKの悪意は有色人種だけではなく神父にすら及ぶという。
さりげないエヴラードのフォローに感謝しながら、まっすぐに宿屋の夫人の目を見つめる。
「そういうことです」
「そ、そうかい……」
夫人の瞳の中に私が見える。
夫人はうっとりと私を見つめた後、はっと正気を取り戻して、気丈な女性の顔に戻った。
「余計なこと言って悪かったね。ただ、ここは異人嫌いの偏屈が多くてね。泊まるんだったらうちにしときなよ」
「おい。日本人を泊めるのは……」
「ほらね。こういうつまらない奴ばっかさ。アンタ、くだらないこと言うんじゃないよ」
「はは。車が直らなかったらお世話になります」
宿屋の店主は慎重な慎重な性格らしいが、夫人の勢いに圧倒されて渋々と承諾した。
長居をするつもりはないが、下手に固辞し続けて車の中にいるダミアンと勝の存在を気取られるわけにはいかないので、曖昧な返事で場を濁す。
「ねえ! イチゴは!?」
「ああ。そうだったね。お嬢ちゃん、パパにたくさん買ってもらいな」
織歌のかわいらしい我儘に、あたりはまた穏やかな雰囲気に戻る。
私たちを【未亡人と養子と弁護士と牧師】という奇妙な団体だと受け入れてくれた夫人は、笑顔で私たちをファーマーズマーケットへ見送ってくれる。
(頼むから車を覗かないでくれよ……)
曖昧に笑ったまま、私は後方にある車を一瞥した。
幸いなことに隠れているのはマフィアとヤクザだ。
忍耐力もあるし、荒事への対処も慣れているだろう。
(すまない。ボス、勝……)
彼らを車の中に押し込めて場を離れることに後ろめたさを感じるが、今はこれが最適解だろう。
私たちは場の流れに合わせて、勧められた通りファーマーズマーケットへ足を進めた。
◇ ◇ ◇
「ファーマーズマーケットっていうのは、地元の人たちが特産品を売りあう市場であり、人々が集うお祭りのような側面もあるんですよ」
朝から昼に変わる照り付けるような日差しの下、人々は農園近くの広場に集まっていた。
エヴラードの説明がかき消えてしまうほど会場は賑やかだった。
「この辺りはかなり大規模だな」
「スポンサーの農場が創立50周年記念だとか。サーカスも呼んでいるようですね」
私のふとした疑問に、待ってましたと言わんばかりにエヴラードが答えてくれる。
(同じ道を歩いているだけなのに対した情報収集能力だ……)
エヴラードの言う通り、あたりには農家の新鮮な野菜や果物の屋台のほか、家畜の品評会、子供向けの人形劇など様々な催しが行われている。
普通のファーマーズマーケットよりもかなり大規模な催しのようだった。
「しんぷさま! よろいむしゃがいる!」
「中世の騎士ですね。なにか演目があるかもしれませんよ」
小さな織歌はエンゼルの手を引いてサーカスの演者を指さした。
銀色に輝く鎧を着た男たちが馬の手入れをしており、近くには長い木製の槍がと、木製の盾。
おそらく馬上槍試合のパフォーマンスをする集団だろう。
「しんぷさまとどっちがつよい!?」
「ど、どっちでしょう……私は馬に乗れないので……」
「うま! わたしうま、のれるよ!!」
織歌はエンゼルにしがみつきながらあれやこれやと騒いでいた。
病院で再会した時から思っていたが、今の織歌はエンゼルに一番なついている。
彼女がまだ成人女性姿だったときは同時婚約という狂気の沙汰の状況だったこともあり、彼女も私たちに優劣をつけないよう平等に接していてくれたが、今の彼女にそんな忖度はない。
一番好きなのはエンゼルだ。
そう言わんばかりの態度に、胸の奥が少し痛んだ。
「サー・イス。相手は子供ですよ」
「…………わかってる」
思わずじとりとふたりを睨みつけてしまうと、エヴラードのあきれた声が聞こえてきた。
彼の言うとおりだ、子供相手に情けない。
(私はただ、織歌に喜んでもらえることをしよう)
「お兄さんたち! イチゴどうだい!?」
ちょうどいいところに、織歌のお目当てのイチゴ売りが声をかけてくれた。
朝どれのイチゴはどれもみずみずしく輝いていて、まさに今が食べごろだ。
「織歌、イチゴを選ぼう」
あれだけ楽しみにしていたのだ。
織歌もきっと目を輝かせて喜んでくれるだろう。
赤い唇を真っ赤なイチゴの果汁で染めて、太陽のように微笑んでくれるであろう織歌の姿を思い浮かべて、私は織歌を呼び寄せた。
***
「…………悪いが、もう売り切れだよ」
そして、そのイチゴは手に入らなかった。
いざ織歌を呼び寄せて、その小さな体を抱きかかえてイチゴを覗きこませたとき。
それまでにこやかに笑っていたイチゴ売りの夫人は途端に仏頂面になり、イチゴに籠をかぶせて隠してしまう。
「うそだ! いっぱいある!」
「ああ、言い方が悪かったね。外国人に売る物はないって話だよ」
「そんな……」
きっとイチゴ売りは私とエヴラードしか視界に入っていなかったのだろう。
連れに日本人がいると分かったとたんに心の壁を閉ざし、じろりとこちらを睨みつける。
「夫人。それはあまりにも意地が悪い」
「ぐう……そんなきれいな顔で人をたぶらかすんじゃないよ! せっかく白人に生まれたのにアジア人なんか連れて! この裏切り者が!」
「誑かしてはいないし、あなたの物言いは非常に不愉快だ。私の連れに謝罪を――」
「もういい」
イチゴ売りの夫人の態度があまりに酷いので文句を言った私の口を、織歌が手で押さえて止める。
織歌は見るからにしょんぼりとした様子で「いらない」とだけ言うと、私の胸に顔を押し付けて黙り込んでしまった。
「どうしたんですか織歌さん!? 怒っていいんですよ!?」
「そうだ……いつものあなたなら怒鳴り散らかして暴れていただろう」
「いいもん。むだだもん」
織歌はふるふると頭を振ると、ぎゅうと私のシャツを掴んでしがみつく。
あなたはそんな殊勝な子じゃなかっただろう、そう詰め寄る私たちをエヴラードが静かに制止する。
「サー・イス。レディが正解です。あまり騒ぎを起こしたくない」
「わたし、おとなだから」
「そうですね。引くのも作戦です。レディはとても偉いですね」
織歌は変わった。
大人の頃にあった愚直なまでの正義感ではなく、賢く立ち回るすべを覚えている。
いや、覚えてしまったのだ。
シカゴの騒動が織歌を変えてしまった。
私が嘆息するよりも先に、エンゼルの零れるようなため息があたりに響いた。
だが、私は諦めたくない。
私のヒロインは気丈で傲慢で横暴で、だからこそ美しかった。
「あなたに相応しい扱いを、私が教えてあげよう」
こんなところであの輝きを失いたくない。
私は織歌の額にキスを落とすと、そのままある場所へ向かった。
当時のKKKは一般的にイメージされる白い被り物をした過激な集団というだけではなく、地方でのコミュニティも持っていました。
イチゴ売りのおばさんは酷い人に見えますが、優しくしすぎるとおばさんも村八分にされてしまうのです。
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