76「ごめんなあ」★海神勝
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「どうにか、全員合流できましたね」
エヴラードの安堵のため息が車内に広がる。
精神病院でのウヅマナキとの決戦の後、俺たちはどうにか合流を果たし、ついにシカゴを抜け出していた。
「キャデラックなんて初めて乗りました……」
「ボス。逃亡用にキャデラック購入なんて贅沢です」
「うるせーな。金使いたかったんだよ」
俺たちは大人5人に子供1人という大所帯を、巨大な車に押し込んでシカゴから逃亡していた。
キャデラックとかいう高級車だが、内部はたっぱのある男たちがひしめき合っていて優雅さは無い。
前列では一番左に運転手のエヴラード、中央にエンゼル、右にシュヴァリエ。
後列は俺とダミアンで織歌を挟む形でぎゅうぎゅうと押し込められていた。
「わるいやつ、おいかけてくる……?」
織歌は後部座席の小さな窓からしきりに後ろを気にしていた。
「ベインブリッジ少将の独断専行とはいえ、軍人殺しですからね。バレたら即追いかけてきますよ」
「エヴラード、子供には難しいだろう」
「サー・ヘイダルに言ってますから」
「……殺すしかねえだろ、あんな奴」
男たちが言い合いをしている間も、織歌はそわそわと落ち着かない。
織歌からしたら突然異国の地に監禁され、虐待され、初対面の男たちと移動を強いられている状況だ。
恐怖も不安もひとしおだろう。
(だが俺はあまり関わらない方がいい)
織歌に差し伸べた手を止め、織歌から目を背ける。
【ボクにはシナリオの知識がある。この情報を使って、キミが最も嫌がる形で妨害する。】
ウヅマナキの言葉が呪いのように反響する。
ウヅマナキはまだ殺しきれていない。
これからもあいつは俺を狙い続ける――そのためにこの子を傷つけようとする。
幼くなってしまった織歌を、その痛々しく腫れた頬を見る度胸が苦しくなる。
突き放してこの子が守れるなら、俺は――
「だいじょうぶ」
そう悩んでいた時、小さな手が俺の頬に触れた。
「わたしがまもってあげる」
黙ってしまった俺が、追手に怯えていると思ったのだろう。
織歌は微笑みながら俺の頬に触れ、目を見つめ、優しく言ってくれる。
ああ、この子はずっとそうだ。
俺が正体を隠して行動していた時からずっと、俺のことを守り続けようとしてくれていた。
その主人公然とした魂は、小さな体になっても変わらない。
『ごめんなあ……』
情けなくて、悔しくて、俺は織歌を抱きしめて謝った。
声が震えていて、目から何かがこぼれているのがわかる。
情けなく嗚咽する俺を、織歌の婚約者たちはみな見て見ぬふりをしてくれた。
***
『おっとんが、あんたやったと!?』
『ああ。おまえといっしょに、しごつば来とったとばってん……』
『しごつ!? うち、えらかもんな?』
『そうやなぁ、えらかごたるばい』
『ありゃ、うちのこぶんたい!』
『まあ、間違うとはおらんばってんが……』
「何語で話してんだ、それ」
織歌との再会を噛み締めた後、俺たちは郷土弁で状況を報告しあっていた。
大人の織歌なら「英語習得に支障が出る!」と決して許してはくれない熊本弁が懐かしい。
会話に花を咲かせていると、隣に座るダミアンが呆れて突っ込んでくる。
「ミシェル、このままニューヨークに戻りますか?」
「軍に無実を訴えるにしても、軍と戦うとしても、ニューヨークに行くしかない」
「子供連れだと1週間ほどでしょうか」
初夏の爽やかな風と共に、エンゼルとシュヴァリエの会話が聞こえてくる。
シカゴとニューヨークは列車で1日の距離だが、車だとかなりの時間がかかるらしい。
「ではインディアナを通ってオハイオ方面ですかね」
「リンカーン・ハイウェイを使うならそれしかない。エヴラード、運転は私と交代でやろう」
「はい。では――」
どこか他人事の気持ちで前の座席のエヴラードとシュヴァリエの話を聞き流していると、突然エヴラードが振り返った。
「私が「いい」と言うまで隠れていてくださいね、お三方」
◇ ◇ ◇
「一体どうなっている!? 海神少尉は何をしているんだ!」
同じ時刻、琅玕隊紐育支部は大荒れしていた。
日本海軍大将・姫宮一六八の怒号がポセイドンシアターに響き渡る。
鳴り物入りで日本からアメリカに送り出した女性少尉の活躍は全く聞こえてこない。
人員不足に現地軍との不和の情報が電報で送られてくるばかりで、追加人員まで派遣する羽目になっている。
ただでさえ関係性の良くないアメリカとの共同任務を失敗に終わらせるわけにはいかないと、怒り心頭で現地に乗り込んできたはいいものの、そこはもぬけの殻。
それどころか――
「海神少尉はマフィアのボスと共謀しベインブリッジ少将を殺害。現在琅玕隊の隊員を引き連れ逃亡中です」
想像しうる限り最悪の事態まで巻き起こしていた。
「セレスト君だったか? ずいぶん情報が早いな」
「僕の兄は情報将校ですから。今も海神少尉の元で潜伏任務中です」
「イス大尉か……」
”現地徴兵隊員”であるセレスト・イスが鈴の鳴るような声で状況を報告する。
うら若き少年の口から情報が明らかにされる度、一六八大将は頭を抱える。
この少年の言葉がどこまで信用に値するのか、果たして何が真実なのか、それに答えられる海神少尉はいない。
「もういい。奴を捉えればすべて明らかになるだろう。海神少尉を捉えるぞ! セレスト・イス、それと――」
一六八大将はテーブルをがんと殴りつけ、たった”2人”の隊員に命令を下した。
「若桜水虎少尉!!」
水虎と呼ばれた大柄な少尉は、静かに微笑んで敬礼した。
やーーーーーっと水虎の影が登場しました!
2部ではばっちり出てくる予定です!
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次回は10/17(金) 21:10更新です。




