73「sing for me」★海神勝
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乙女は言っていた。
【破邪の歌】とは__想いによって生まれる歌。
命を讃え、邪を祓う。
海魔を消滅させるための人間の祈り。
それは時に人を切り裂く刃にもなりうる危うい旋律。
光も闇も併せ持つ、愛を知る人間だけが歌える賛歌。
「織歌はみんなと絆をつなげてきました。今ならみんな、歌を手に入れることができますよ」
◇ ◇ ◇
「勝!!!」
薄れゆく意識の中で、シュヴァリエの声がする。
その声の方へ体を動かすと、ずるりと生ぬるい音がしてウヅマナキの腕が抜けていくのがわかる。
体に穴が開いている。
脊椎までやられたせいか立つ事もできず、俺はみっともなくその場にへたり込んだ。
雪の結晶が月光を反射し、あたりが星の瞬きのようにきらめいている。
その奥から、氷霊術をまとったシュヴァリエが走ってきていた。
ぞっとするほどの美しさはまるで死を告げる天の使いのようだ、と柄にもない思考が脳をかすめた。
「”シュヴァリエ……”」
「っ――!」
どうにか絞り出した声で名前を呼ぶと、シュヴァリエは俺の命が消えかけていることに気づく。
シュヴァリエは息を呑んで青ざめる。
「すまない、私が……遅れたから……」
普段鉄面皮の男が、今にも泣きそうな声で俺に懺悔する。
ああ、これで本当に終わりなのか。
「”おるか” ”まもれ”」
これから死ぬ俺はもういい、織歌を守ってくれ。
そこまで細かく指示することができず、震える舌でどうにか絞り出した声。
シュヴァリエは静かに首を振った。
「私はあなたを疑い、裏切り、棄てた。その罪を抱えたまま、彼女の元に戻ることはできない」
「”おれも” ”かくしごと” ”たくさん”」
「あなたは、織歌は……私の目を覚まさせてくれた」
シュヴァリエが俺の体を支える。
冷たい体温。
だが死にゆく俺の体とは違い、生者の熱がしっかりと存在している。
「すべて捨てられる。家族のためなら」
<あははははははは!!!!>
しんみりした空気を裂くように、乾いた笑いがあたりに響く。
ウヅマナキの嗤い声……それは楽しいという感情だけではない、どこか怒りのようなものも含まれていた。
<素敵だよね、家族。ボクだって、ただそれが欲しいだけなのにな>
ウヅマナキは虚空に手をかざす。
海魔は氷漬けになって動かない。
だが、ウヅマナキの手の先には渦を巻く水龍が現れ、俺たちを睨んでいる。
――グァアアアアアアアア
水龍の吼え声に呼応して、薄い雲がかかっていただけの天に雷雲がかぶさる。
天から降る矢のような豪雨が地面を叩く、稲光が煙突を貫き、黒雲が上がる。
それは、神の本気だった。
<もう死んでいいよ>
慈悲のない神の声は死の宣言だ。
全身が震えるほど恐ろしく、指一本動かすこともままならない。
終わってしまう。
俺の命だけではない。織歌の婚約者すら、ここで失ってしまう。
「勝、織歌。あなたの家族になれてよかった」
シュヴァリエは死を前に、穏やかにそう言った。
俺がシュヴァリエのほほ笑む姿を見たのは、それが初めてだった。
【邪を祓う歌、【破邪の歌】。本来は公爵家しか使えないのですが、織歌と心を通じた人は歌えるようになるんです】
(もうこれしかない! 織歌との絆はできてる!)
俺はシュヴァリエの手を握りしめると、最期の願いを伝えた。
「”歌って”」
<っ!?>
雷鳴の奥でウヅマナキが息を呑む声が聞こえる。
奴に対抗できる唯一の手段【破邪の歌】、それに望みを託していることに気づいたようだ。
妨害される前に歌い始めなければ、もう勝機の目はない。
「……何故?」
だが、こんな極限状態でトンチキな願いを聞いてくれるだろうか。
俺だったらやらない。
「”聞きたい!!!!” ”お前の” ”声”」
だが、何としてでも歌ってもらわなければいけない。
「……ああ。そういうことか」
<くそっ、なんで即受け入れるんだ!!>
どんな手を使ってでも歌わせてやる……そんな覚悟をよそに、シュヴァリエは「お前がいい」という言葉をあっさりと受け入れた。
遠くで焦るウヅマナキの声が聞こえてくる。
慌てて水龍を放とうとしてきたので、最期の力で俺の折神の蛟竜で対抗する。
ほんの数分も持たない抵抗だが、それだけの時間があれば十分だ。
<人生の最後が男との安いフランス映画でいいの!? キミはもっと空気読めると思ってたよ>
「”聞くな!” ”お前” ”素敵!”」
<織歌ちゃんにはキミがお父様とラブロマンスして死んだって伝えておくよ>
「”友情!” ”友情!”」
歌わせたくないウヅマナキと、歌わせたい俺がシュヴァリエに怒鳴り散らす。
こんな馬鹿な状況、ダミアンなら「ふざけるな」と一蹴しただろう。
エンゼルなら恥ずかしがって言うことを聞いてはくれなかっただろう。
織歌なら……きっと歌っただろう。
「私に羞恥責めは聞かない。これを歌われると嫌なんだろう? ウヅマナキよ」
シュヴァリエと同じように。
(お前たちはよく似てる。心配性で、なのに豪胆で、自分が大好きなところが)
「――♪♪」
雷鳴の中でシュヴァリエは静かに歌った。
低い声が奏でる旋律は日本語ではないのに、不思議と俺はその歌を理解できる。
あたりが青白い光の粒に包まれる。
腹の底が疼いて、かけていた肉が埋まる感覚がする。
(治癒術か!? 脳筋ばかりの紐育支部にいないから、これは助かる!)
矢のように降る雨が片端から凍っていく。
あたりの気温がぐんぐんと下がり、そして――
病棟に掲げられていた時計の針が固まった。
稲妻は光ったまま停止し、ウヅマナキの放った水龍も動きを止めた。
「【Glace Éternelle】」
(時間止めちゃった……)
どうやら治癒術ではなく、時間まで氷漬けにして時を止める技の様だった。
俺の体に埋まっているものも復活した血肉ではなく、止血を兼ねて詰められた氷だ。
<【永遠の氷】……か。フランス人はおしゃれだね>
「私はアメリカ人だ。異国の神よ」
しかし、これだけの技を持ってもウヅマナキは無傷だった。
停止した時の中で呆れたように首をすくめている。
<わかったわかった。もういいよ。内陸じゃこれ以上やっても無駄だ>
やはり、海のない場所では全力を出し切れていないのだろう。
ウヅマナキは両手を広げると、海魔も雷雲も水龍も霧散して消える。
<生きている限り、ボクは絶対にあきらめないよ>
そう捨て台詞を吐いて、ウヅマナキは闇へ溶けていった。
***
「……どうやら、治癒はできないようだ」
俺の体は瀕死状態だ。
欠けた肉体は氷で埋まっているだけで、氷が溶ければ再び血肉を失うだろう。
だが、ひとつだけ案があった。
海魔は人の肉を喰らい、その形を保つ。
海魔の子であるエンゼルは【破滅エンド】で織歌の肉を食って生きていたというシナリオの記憶がある。
「”シュヴァリエ”」
俺が助からないと知ってシュヴァリエはまた瞳を伏せてしまう。
悲しそうな顔に、俺は静かに声をかけた。
「”髪の毛” ”ちょうだい”」
「何故?」
「”綺麗だから”」
「まあ、そうか」
変態そのものの台詞だが、シュヴァリエを褒めそやすとすぐに納得してくれた。
この異様な自己肯定感の高さ、織歌に似ていて可愛らしささえ感じてしまう。
シュヴァリエは鎖骨まであった長髪をナイフでバッサリと切り落とす。
すっきりとした頭髪は、海軍将校の威厳を取り戻していた。
そして俺は――
「どうぞ」
シュヴァリエから差し出された髪の毛をもさもさと食べてどうにか回復を計った。
パパが死ぬ死ぬ詐欺してますが、一応ほんとに死にかけてました。
シュヴァリエは「あなたが美しいから」と言えば何でも信じます。美しいから。
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