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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第二部【アメリカ横断編】第二章・決戦!精神病棟!

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72「NIGHT in shining armor」★シュヴァリエ

キャラクター一覧はこちら!

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2873597/blogkey/3512592/

 夜の闇で龍が吠えている。


 それは形容しがたい無数の化け物に襲われながらも、喰らいつき、引きちぎり、怒りに任せて暴れていた。


(あれが、勝の折神(おりがみ)か……)


 織歌が言っていた。

 折神は使用者の精神によって形を変えるのだと。


 ならばあの怒りを蓄えた龍は、勝の本心なのだろう。

 何に怒っているのか、その本心までは言語の壁に阻まれた私にはわからない。


 「ミシェル!」


 勝がウヅマナキの注意を引きつけている間に、私は静かに病院に潜り込んだ。

 物音ひとつ立てない様注意を払っていたが、空気の読めないドジっ子(エンゼル)の嬉しそうな声が病院に響く。

 だがどういうわけか、エンゼルの声を聞いても誰一人でてこない。


「院内の人間はみんな寝ています」

「何か盛ったのか?」

「……ちょっと、色々ありまして。後程ご説明します」


 状況を問いただすとエンゼルは言いよどむ。

 気になりはするものの、私の注目はエンゼルが抱えている幼子に向いてしまう。


「その子が……」

「あ、はい」


 エンゼルの腕の中には、シーツでぐるぐる巻きにされた幼い子供がいた。

 白いシーツの中に、夜の静寂のような黒髪が隠れている。

 まだ蕾の花を開くようにそっとシーツをめくると、花弁にかかった水滴のようなピンクと水色のグラデーションの瞳が見える。


「織歌……」


 体が幼く変わってしまっていてもわかる。

 この人こそ、私が恋焦がれた最も美しい人。

 私の――婚約者。

 

「記憶も6歳のころに戻っているようで、私たちのことは覚えていません」

「そう、か……」

 

 思わず無遠慮に抱きしめたくなるが、 エンゼルの言葉で思いとどまる。

 突然こんな大男が触れたら怯えてしまうだろう。


「この怪我は」

  

 白いシーツにくるまれた女神の頬は、鬱屈とした紫色に変色している。

 

「”治療”で、やられたと……」


 エンゼルの苦しそうな声が、私の胸を刺した。


(やはりもっと早く、ベインブリッジに屈するべきだった……)


 これは私のミスだ。

 私だけが、この病院を知っている。

 治療と称される拷問を知っている。


 秘密を抱える勝に妙な情など抱かず、悪に屈することを恐れず、ただまっすぐに織歌の為の選択をすべきだった。


 自分の名前も、矜持も捨てて守り抜くと誓ったのに……

 私は中途半端な選択をして、彼女を傷つけてしまった。


 心に闇がかかるのがわかる。

 どす黒い感情が渦を巻く。


「勝さんを助けないと……」


 エンゼルの言葉が、虚しく脳に響いた。


「行かなくていい」


 あいつをさっさと捨てるべきだった。

 何が大切か、きちんと順位をつけるべきだった。


「ミシェル……」


 私の声が沈んでいるのを感じたのか、エンゼルが不安げに名前を呼ぶ。

 

 ――その時だった。


「きし、さま」


 白いシーツに包まれた織歌が、私を指さしてそう言った。


「……騎士?」

「織歌さんに私たちのことを説明しまして。ミシェルは騎士(シュヴァリエ)って呼ばれてると……」

「きれい」


 織歌の瞳に私が映る。


(綺麗なわけがない。私はあなたの父を見殺しにしようとしているのに……)


 どす黒い感情を抱える私を、美しい瞳が映している。


「ひーろー、みたい」

「子供は素直ですね……」


「は、ははは……」

 

 乾いた笑いがこぼれた。

 私がかつてあなたに感じたことを、あなたは今感じてくれているのだ。


 私は決してヒーローではない。

 愚かで傲慢な負け犬でしかない。


 それでも、彼女は私の中に騎士を見てくれた。

 

 冷たい涙が頬を伝う。

 どこか遠くで、鐘の音が聞こえた。

 

 ◇ ◇ ◇


<あーあ、もう終わり?>


 シュヴァリエと織歌が再開している頃、勝はじわじわと劣勢になっていた。

 どれだけ蹴散らしても無限に湧いてくる触手に足を取られ、肝心のウヅマナキに手が届かない。


『はぁっ……はぁ……』


 折神(おりがみ)・蛟竜が操る水が空を裂く。

 だがウヅマナキに届く前に、触手に当たって霧散する。

 殺しても殺しても終わらない戦いに、対馬の大戦の悪夢が蘇る。


<君と言う個体が強くないことがわかったし、もう遊びはいいかな>


 はじめこそ楽しそうに観戦していたウヅマナキだったが、苦戦する勝を見て玩具に飽きた子供の様に冷めた口調に変わる。


<もう、死んでいいよ> 

『ガハッ……!!』


 冷酷な言葉と共に、ウヅマナキの拳が勝の腹部を貫く。

 握りこまれた臓腑と共に、背中からウヅマナキの手が飛び出していた。

  

<このままキミを死の国に連れて帰る。詳しい話はそっちでしよう。ボクは何百年だって待てるよ>


 これが致命傷なことは言われなくてもわかる。


『うるせえ……っ!』

 

 だが、勝は諦めていなかった。

 ウヅマナキの腕を掴んで固定すると、指を突き出してウヅマナキの目を潰した。

 ぐちゃりと水音がしたが、それは肉体が崩れる音ではない。

 ウヅマナキの体は水そのもののようで、肉体の中に血も肉も流れていない。

 

<力を抜きなよ。もう決着はついた。人間ごときじゃボクに勝てるわけがない>


 哀れな抵抗にウヅマナキは嗤う。

 最後の攻撃すら機能しなかった勝は、それでも笑っていた。


『ごとき、か……じゃあ、お前は一生人間にはなれねえな』 


 その言葉は、ウヅマナキの薄ら笑いの仮面を剥がした。

  

<なんでそんな意地悪を言うのかな>

『なんだ……悔しいのか……?』

<ボクはキミと、仲良くしたいだけなのになあ……>


 勝の腹部を貫くウヅマナキの拳に力がこもる。

 ウヅマナキ()は怒っている――まるで、人間のように。

 

<もういいや。さっさと帰ろう――!?>


 ウヅマナキの拳が引き抜かれようとしたとき、あたりが吹雪に包まれた。

 

 ――ヒュウウウウ!!! 


「勝!!」


 初夏の気候にあるはずのない、猛烈な雪風。

 

「シュヴァリエ……」


 その奥から、輝く騎士が現れた。


knight in shining armor で正義の味方……ですが、シュヴァリエはNIGHTのin shinning armorです。


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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。

次回は10/10(金) 21:10更新です。

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