72「NIGHT in shining armor」★シュヴァリエ
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夜の闇で龍が吠えている。
それは形容しがたい無数の化け物に襲われながらも、喰らいつき、引きちぎり、怒りに任せて暴れていた。
(あれが、勝の折神か……)
織歌が言っていた。
折神は使用者の精神によって形を変えるのだと。
ならばあの怒りを蓄えた龍は、勝の本心なのだろう。
何に怒っているのか、その本心までは言語の壁に阻まれた私にはわからない。
「ミシェル!」
勝がウヅマナキの注意を引きつけている間に、私は静かに病院に潜り込んだ。
物音ひとつ立てない様注意を払っていたが、空気の読めないドジっ子の嬉しそうな声が病院に響く。
だがどういうわけか、エンゼルの声を聞いても誰一人でてこない。
「院内の人間はみんな寝ています」
「何か盛ったのか?」
「……ちょっと、色々ありまして。後程ご説明します」
状況を問いただすとエンゼルは言いよどむ。
気になりはするものの、私の注目はエンゼルが抱えている幼子に向いてしまう。
「その子が……」
「あ、はい」
エンゼルの腕の中には、シーツでぐるぐる巻きにされた幼い子供がいた。
白いシーツの中に、夜の静寂のような黒髪が隠れている。
まだ蕾の花を開くようにそっとシーツをめくると、花弁にかかった水滴のようなピンクと水色のグラデーションの瞳が見える。
「織歌……」
体が幼く変わってしまっていてもわかる。
この人こそ、私が恋焦がれた最も美しい人。
私の――婚約者。
「記憶も6歳のころに戻っているようで、私たちのことは覚えていません」
「そう、か……」
思わず無遠慮に抱きしめたくなるが、 エンゼルの言葉で思いとどまる。
突然こんな大男が触れたら怯えてしまうだろう。
「この怪我は」
白いシーツにくるまれた女神の頬は、鬱屈とした紫色に変色している。
「”治療”で、やられたと……」
エンゼルの苦しそうな声が、私の胸を刺した。
(やはりもっと早く、ベインブリッジに屈するべきだった……)
これは私のミスだ。
私だけが、この病院を知っている。
治療と称される拷問を知っている。
秘密を抱える勝に妙な情など抱かず、悪に屈することを恐れず、ただまっすぐに織歌の為の選択をすべきだった。
自分の名前も、矜持も捨てて守り抜くと誓ったのに……
私は中途半端な選択をして、彼女を傷つけてしまった。
心に闇がかかるのがわかる。
どす黒い感情が渦を巻く。
「勝さんを助けないと……」
エンゼルの言葉が、虚しく脳に響いた。
「行かなくていい」
あいつをさっさと捨てるべきだった。
何が大切か、きちんと順位をつけるべきだった。
「ミシェル……」
私の声が沈んでいるのを感じたのか、エンゼルが不安げに名前を呼ぶ。
――その時だった。
「きし、さま」
白いシーツに包まれた織歌が、私を指さしてそう言った。
「……騎士?」
「織歌さんに私たちのことを説明しまして。ミシェルは騎士って呼ばれてると……」
「きれい」
織歌の瞳に私が映る。
(綺麗なわけがない。私はあなたの父を見殺しにしようとしているのに……)
どす黒い感情を抱える私を、美しい瞳が映している。
「ひーろー、みたい」
「子供は素直ですね……」
「は、ははは……」
乾いた笑いがこぼれた。
私がかつてあなたに感じたことを、あなたは今感じてくれているのだ。
私は決してヒーローではない。
愚かで傲慢な負け犬でしかない。
それでも、彼女は私の中に騎士を見てくれた。
冷たい涙が頬を伝う。
どこか遠くで、鐘の音が聞こえた。
◇ ◇ ◇
<あーあ、もう終わり?>
シュヴァリエと織歌が再開している頃、勝はじわじわと劣勢になっていた。
どれだけ蹴散らしても無限に湧いてくる触手に足を取られ、肝心のウヅマナキに手が届かない。
『はぁっ……はぁ……』
折神・蛟竜が操る水が空を裂く。
だがウヅマナキに届く前に、触手に当たって霧散する。
殺しても殺しても終わらない戦いに、対馬の大戦の悪夢が蘇る。
<君と言う個体が強くないことがわかったし、もう遊びはいいかな>
はじめこそ楽しそうに観戦していたウヅマナキだったが、苦戦する勝を見て玩具に飽きた子供の様に冷めた口調に変わる。
<もう、死んでいいよ>
『ガハッ……!!』
冷酷な言葉と共に、ウヅマナキの拳が勝の腹部を貫く。
握りこまれた臓腑と共に、背中からウヅマナキの手が飛び出していた。
<このままキミを死の国に連れて帰る。詳しい話はそっちでしよう。ボクは何百年だって待てるよ>
これが致命傷なことは言われなくてもわかる。
『うるせえ……っ!』
だが、勝は諦めていなかった。
ウヅマナキの腕を掴んで固定すると、指を突き出してウヅマナキの目を潰した。
ぐちゃりと水音がしたが、それは肉体が崩れる音ではない。
ウヅマナキの体は水そのもののようで、肉体の中に血も肉も流れていない。
<力を抜きなよ。もう決着はついた。人間ごときじゃボクに勝てるわけがない>
哀れな抵抗にウヅマナキは嗤う。
最後の攻撃すら機能しなかった勝は、それでも笑っていた。
『ごとき、か……じゃあ、お前は一生人間にはなれねえな』
その言葉は、ウヅマナキの薄ら笑いの仮面を剥がした。
<なんでそんな意地悪を言うのかな>
『なんだ……悔しいのか……?』
<ボクはキミと、仲良くしたいだけなのになあ……>
勝の腹部を貫くウヅマナキの拳に力がこもる。
ウヅマナキは怒っている――まるで、人間のように。
<もういいや。さっさと帰ろう――!?>
ウヅマナキの拳が引き抜かれようとしたとき、あたりが吹雪に包まれた。
――ヒュウウウウ!!!
「勝!!」
初夏の気候にあるはずのない、猛烈な雪風。
「シュヴァリエ……」
その奥から、輝く騎士が現れた。
knight in shining armor で正義の味方……ですが、シュヴァリエはNIGHTのin shinning armorです。
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