70「quintet」★ダミアン・ヘイダル
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「お前に渡せるのは死体処理の仕事だ。汚い仕事だが、明日からよろしくな」
ダクウェランの明るい声があたりに響く。
食事は気まずい空気になってしまったものの、このコミュニティは俺を受け入れ、仕事をまわしてくれた。
何故マフィアのボスの俺が正体を隠して暗躍しているのかすら「知る必要はない」と何も聞かないでいてくれる。
俺は礼を言うと、寝床を探すためにその場を離れた。
「ここに泊まってもいいのに」
「訳アリなんだ。これ以上迷惑はかけらんねえ」
夜が更けるとシカゴはさらに活気づいていく。
表通りを走る車のホーンが、人々の話声が、劇場から漏れてくる音楽が、こんな裏通りにも届いてくる。
きらきらとした街の光の裏、明かりも差さない暗い通りを静かに歩く。
「……ニューヨークでは、上手くいかなかったか?」
少しの沈黙の後、ダクウェランが気まずそうに切り出した。
(俺が失敗して逃げてきたと思ってんだな)
実際のところ、当たらずも遠からずだ。
俺はニューヨークで恋をして、愛する女が攫われたと知って、何もかも放棄してこの街に戻って来た。
「仕事は好調だよ。惚れた女に逃げられちまってな」
「なんだ……そんなことかよ。よかった。いや、良くはねえか」
だが久々に会った友人に全てを伝える必要はないだろう。
奪い取った立場は失っていないと伝えると、ダクウェランは安心したように笑った。
「どんな女だ? 白人じゃないだろうな?」
「日本人だよ」
「ニホン? どこだそりゃ」
「中国の近く、ずっと東の国だ。俺も日本人と話したのは初めてだった」
「へえ。アジア人か。気が強いんだろ? だから逃げられたんだ」
女の話になるとダクウェランは突然興味を持ちだした。
「やるじゃねえか」と肘でつつきながら、ぐいぐいと俺の話を聞こうとする。
このやり取りも懐かしい。
ニューヨークを支配した俺に対してこんな気軽に話してくる人間なんて、織歌と勝しかいなかった。
「気は……強いな。滅茶苦茶。放っておくとそこら中で喧嘩してる」
「やっぱり! でも強い女は家を守れるからいいな。トラブルは受け止めてやるのが男の甲斐性だ」
「勝手に婚約してるって周りに吹聴して、無視しても、何度も告白してきて……俺のことなんか、何も知らないくせに」
「……あんまりいい女じゃないな」
ダクウェランが隣で絶句している。
確かに、改めて口にすると滅茶苦茶な女だ。
「そう言ったら、あいつは「教えてくれ」って言ってくれたんだ」
「……」
「教える事なんてなんもないのにな。俺には家族もいない、友もいない、何のアイデンティティもないのに」
「…………ほんとに惚れてるんだな」
シカゴの裏道を男二人で静かに歩く。
ここは6歳の俺がギャングに攫われたあとにたどり着いた、地獄の入り口だった。
人権もなく、獣みたいに鎖につながれて、でたらめなネイティブアメリカンの衣装を着せられて、値をつけられた。
誰も俺のことなど興味はない。
ただ俺にまとわりつく、野性的な文化の名残にいくばくかの価値を感じただけ。
そんな俺のことを、知りたいと言ってくれた。
「あいつは、俺のヒロインなんだ」
穢れなく、この世に希望を抱いて、正義を胸に戦い続ける。
あの子を見ていると、幼い頃の俺を救ってくれるような気がする。
「詩人になっちまったなあ」
「……そうだな」
どこかから歌が聞こえてくる。
おそらくは劇場から漏れてくるミュージカルだろう。
表通りに近づいてきた証拠だ。
ネイティブアメリカンがつるんでいると絡まれかれないから、ダクウェランとはそろそろ離れておいた方がいいだろう。
「見送りはここでいい。寝床にはあてがある」
「……そう、か。まあ、明日会えるからな」
ダクウェランは少し名残惜しそうだったが、言われたとおりに立ち止まった。
軽く手を振って別れると、俺は光り輝く表通りの中を身をすくませて道のわきを通る。
街の灯りが俺を照らさないように、目立たないように、目を付けられないように、俺は帽子を目深にかぶって静かに歩く。
表通りは光と音にあふれていた。
「――♪♪」
旋律に合わせて、歌を口ずさむ。
何の歌かは知らない。
だが、喉からこぼれるように出てきた。
俺の声は誰にも届くことはなく、この街の喧騒に溶けていった。
◇ ◇ ◇
「よく来たね。ミシェル・イス……いや、今はシュヴァリエだったね」
――ザ・ブラックストーン・ホテル
シカゴの中央に聳え立つ、通称”大統領のホテル”。
ボザール形式で造られた豪華なホテルの男性用の社交場で、シュヴァリエは再びベインブリッジと会っていた。
「このホテルは東側の眺めが最も美しいと思う。ご覧よシュヴァリエ。あれがミシガン湖――化物の出てくるクソったれの海とは違う、アメリカの命の水源だ」
革張りの椅子に沈みながら、ベインブリッジが窓の外を指す。
木枠の重厚な窓ガラス越しに見えるのは、月明かりを反射する広大な湖。
「で、ここまで来たということは。良い返事を期待していいのかな?」
ベインブリッジの言葉は煙と酒にまみれて、だがどこまでも洗練されていた。
「神父や弁護士を使ってこそこそ動き回るのもいいが。それでは時間がかかるだろう」
「……………………」
シュヴァリエはすぐには答えない。
だが、ベインブリッジに答えは見透かされていた。
織歌と同じく、シュヴァリエもあの精神病院に監禁されていたのだ。
あそこでの立場が、扱いがどういうものかを知っている。
知っているのだ。
あの子が五体満足で戻ってくるには、もう一刻の猶予もないことを。
「……私は、海神織歌を愛している」
「情熱的だ」
「あの人には光が似合う。残酷なまでに美しく、正しく、輝いていてほしい」
「――つまり?」
シュヴァリエはごくりと唾を飲み込むと、ベインブリッジに伝えた。
「海神勝を引き渡す。織歌に指一本触れるな」
「……もっと早くそれが言えたらよかったのになあ。ああ。安心したまえ。”これからは”手を出さない」
”これからは”
その言葉に心臓が早鐘を打つ。
決断が遅かった、彼女はもう、苦しみを受けてしまった……
「――脱走計画を立てている」
だが、今ならまだ、これ以上酷くなることはない。
シュヴァリエは怒りと絶望を飲み込んで、ベインブリッジに全てを明かした。
「詳しく聞かせてくれたまえ。すべてだ」
***
シュヴァリエとベインブリッジが密談をするホテルの裏を、ダミアンが静かに歩いていた。
かつては影のようにダミアンに付き従っていたシュヴァリエ。
だが、ここにきてとうとう、二人の立場の違いが明確に浮き彫りになっていく。
摩天楼の光の中で悪に屈するシュヴァリエと、地獄の底を彷徨うダミアン。
織歌によって救われた男たちはどちらも、本来あるべき姿に戻っていった。
◇ ◇ ◇
――Aaa, kotki dwa,(子猫が二匹)
Szarobure obydwa,(灰色の子猫)
Nic nie będą robiły,(何も悪さはしない)
Tylko dzieci bawiły.(ただ子どもと遊ぶだけ)
各々の夜が静かに開けていく。
閉鎖された精神病院の中で、エンゼルが織歌に子守歌を歌っていた。
届くはずのない天使の歌声が、シカゴの夜に溶けていった。
皆織歌が大好き!
次回、助けに行きます!!
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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。
次回は10/6(月) 21:10更新です。




