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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第二部【アメリカ横断編】第一章・シカゴ狂騒曲

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70「quintet」★ダミアン・ヘイダル

キャラクター一覧はこちら!

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2873597/blogkey/3512592/

「お前に渡せるのは死体処理の仕事だ。汚い仕事だが、明日からよろしくな」


 ダクウェランの明るい声があたりに響く。

 食事は気まずい空気になってしまったものの、このコミュニティは俺を受け入れ、仕事をまわしてくれた。

 何故マフィアのボスの俺が正体を隠して暗躍しているのかすら「知る必要はない」と何も聞かないでいてくれる。


 俺は礼を言うと、寝床を探すためにその場を離れた。

 

「ここに泊まってもいいのに」

「訳アリなんだ。これ以上迷惑はかけらんねえ」


 夜が更けるとシカゴはさらに活気づいていく。

 表通りを走る車のホーンが、人々の話声が、劇場から漏れてくる音楽が、こんな裏通りにも届いてくる。


 きらきらとした街の光の裏、明かりも差さない暗い通りを静かに歩く。


「……ニューヨークでは、上手くいかなかったか?」


 少しの沈黙の後、ダクウェランが気まずそうに切り出した。


(俺が失敗して逃げてきたと思ってんだな)


 実際のところ、当たらずも遠からずだ。

 俺はニューヨークで恋をして、愛する女が攫われたと知って、何もかも放棄してこの街に戻って来た。

 

「仕事は好調だよ。惚れた女に逃げられちまってな」

「なんだ……そんなことかよ。よかった。いや、良くはねえか」


 だが久々に会った友人に全てを伝える必要はないだろう。

 奪い取った立場は失っていないと伝えると、ダクウェランは安心したように笑った。


「どんな女だ? 白人じゃないだろうな?」

「日本人だよ」

「ニホン? どこだそりゃ」

「中国の近く、ずっと東の国だ。俺も日本人と話したのは初めてだった」

「へえ。アジア人か。気が強いんだろ? だから逃げられたんだ」

 

 女の話になるとダクウェランは突然興味を持ちだした。

 「やるじゃねえか」と肘でつつきながら、ぐいぐいと俺の話を聞こうとする。

 このやり取りも懐かしい。

 ニューヨークを支配した俺に対してこんな気軽に話してくる人間なんて、織歌と勝しかいなかった。


「気は……強いな。滅茶苦茶。放っておくとそこら中で喧嘩してる」

「やっぱり! でも強い女は家を守れるからいいな。トラブルは受け止めてやるのが男の甲斐性だ」

「勝手に婚約してるって周りに吹聴して、無視しても、何度も告白してきて……俺のことなんか、何も知らないくせに」

「……あんまりいい女じゃないな」


 ダクウェランが隣で絶句している。

 確かに、改めて口にすると滅茶苦茶な女だ。

 

「そう言ったら、あいつは「教えてくれ」って言ってくれたんだ」

「……」

「教える事なんてなんもないのにな。俺には家族もいない、友もいない、何のアイデンティティもないのに」

「…………ほんとに惚れてるんだな」


 シカゴの裏道を男二人で静かに歩く。

 ここは6歳の俺がギャングに攫われたあとにたどり着いた、地獄の入り口だった。

 

 人権もなく、獣みたいに鎖につながれて、でたらめなネイティブアメリカンの衣装を着せられて、値をつけられた。

 誰も俺のことなど興味はない。

 ただ俺にまとわりつく、野性的な文化の名残にいくばくかの価値を感じただけ。


 そんな俺のことを、知りたいと言ってくれた。


「あいつは、俺のヒロインなんだ」


 穢れなく、この世に希望を抱いて、正義を胸に戦い続ける。

 あの子を見ていると、幼い頃の俺を救ってくれるような気がする。


「詩人になっちまったなあ」

「……そうだな」


 どこかから歌が聞こえてくる。

 おそらくは劇場から漏れてくるミュージカルだろう。

 表通りに近づいてきた証拠だ。

 ネイティブアメリカンがつるんでいると絡まれかれないから、ダクウェランとはそろそろ離れておいた方がいいだろう。


「見送りはここでいい。寝床にはあてがある」

「……そう、か。まあ、明日会えるからな」


 ダクウェランは少し名残惜しそうだったが、言われたとおりに立ち止まった。

 軽く手を振って別れると、俺は光り輝く表通りの中を身をすくませて道のわきを通る。


 街の灯りが俺を照らさないように、目立たないように、目を付けられないように、俺は帽子を目深にかぶって静かに歩く。

 表通りは光と音にあふれていた。

 

「――♪♪」 

 

 旋律に合わせて、歌を口ずさむ。

 何の歌かは知らない。

 だが、喉からこぼれるように出てきた。


 俺の声は誰にも届くことはなく、この街の喧騒に溶けていった。


 ◇ ◇ ◇


「よく来たね。ミシェル・イス……いや、今はシュヴァリエだったね」

 

 ――ザ・ブラックストーン・ホテル

 

 シカゴの中央に聳え立つ、通称”大統領のホテル”。

 ボザール形式で造られた豪華なホテルの男性用の社交場で、シュヴァリエは再びベインブリッジと会っていた。


「このホテルは東側の眺めが最も美しいと思う。ご覧よシュヴァリエ。あれがミシガン湖――化物の出てくるクソったれの海とは違う、アメリカの命の水源だ」

 

 革張りの椅子に沈みながら、ベインブリッジが窓の外を指す。

 木枠の重厚な窓ガラス越しに見えるのは、月明かりを反射する広大な湖。


「で、ここまで来たということは。良い返事を期待していいのかな?」

 

 ベインブリッジの言葉は煙と酒にまみれて、だがどこまでも洗練されていた。

 

「神父や弁護士を使ってこそこそ動き回るのもいいが。それでは時間がかかるだろう」

「……………………」


 シュヴァリエはすぐには答えない。

 だが、ベインブリッジに答えは見透かされていた。

 織歌と同じく、シュヴァリエもあの精神病院に監禁されていたのだ。

 あそこでの立場が、扱いがどういうものかを知っている。


 知っているのだ。

 あの子が五体満足で戻ってくるには、もう一刻の猶予もないことを。


「……私は、海神織歌を愛している」

「情熱的だ」

「あの人には光が似合う。残酷なまでに美しく、正しく、輝いていてほしい」

「――つまり?」


 シュヴァリエはごくりと唾を飲み込むと、ベインブリッジに伝えた。


「海神勝を引き渡す。織歌に指一本触れるな」

「……もっと早くそれが言えたらよかったのになあ。ああ。安心したまえ。”これからは”手を出さない」


 ”これからは”

 その言葉に心臓が早鐘を打つ。

 決断が遅かった、彼女はもう、苦しみを受けてしまった……

 

「――脱走計画を立てている」


 だが、今ならまだ、これ以上酷くなることはない。

 シュヴァリエは怒りと絶望を飲み込んで、ベインブリッジに全てを明かした。

 

「詳しく聞かせてくれたまえ。すべてだ」


 ***


 シュヴァリエとベインブリッジが密談をするホテルの裏を、ダミアンが静かに歩いていた。

 

 かつては影のようにダミアンに付き従っていたシュヴァリエ。

 だが、ここにきてとうとう、二人の立場の違いが明確に浮き彫りになっていく。

 摩天楼の光の中で悪に屈するシュヴァリエと、地獄の底を彷徨うダミアン。

 

 織歌によって救われた男たちはどちらも、本来あるべき姿に戻っていった。


 ◇ ◇ ◇

   

――Aaa, kotki dwa,(子猫が二匹)


  Szarobure obydwa,(灰色の子猫)


  Nic nie będą robiły,(何も悪さはしない)


  Tylko dzieci bawiły.(ただ子どもと遊ぶだけ)

 

 各々の夜が静かに開けていく。

 

 閉鎖された精神病院の中で、エンゼルが織歌に子守歌を歌っていた。

 届くはずのない天使の歌声が、シカゴの夜に溶けていった。

皆織歌が大好き!

次回、助けに行きます!!


感想・評価・ブクマが本当に励みになります!

【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。

次回は10/6(月) 21:10更新です。

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