60「ヒロインパワー」★海神勝
「私、気づいちゃったんです。この夢の中はカスタムできるって!」
夢の中は死の世界と繋がっている。
俺を蘇らせるために魂を捧げた乙女は半死半生の存在として、夢の中に囚われていた。
あたり一面真っ暗な海の底。
子供独りぼっちではつらかろうと気にしていたが、どうやら好き放題して楽しんでいるらしい。
「お屋敷を再現してみました! 人間に見えるのはタイやヒラメですよ。ほら、浦島太郎みたいな」
何もなかったはずの夢の中には豪勢な日本の屋敷が構えられ、品のいい着物を着た家族が食卓を囲んでいる。
俺と乙女は知らない家の知らない家族と同じ食卓に座って、出された麦飯と味噌汁を頂戴していた。
【一、中学の調子はどうだ】
【励んでおります、父上】
「で、会っちゃったんですね。ウヅマナキに……」
【弟の良い手本になるのですよ】
【兄様、この子は赤子なのにとても静かなのです。男らしく鍛えてあげてくださいませ】
「ああ。エンゼル神父の父親らしい」
「ぐあー! 悪役令嬢がラスボスだったのに! メインキャラの血縁の男子作るなんてずるいじゃないですか!!」
「知らねえよ……」
【まあ汐ったら、女の子が厳しいことをいうものではありません】
【何を言う。これからは女の時代だ。汐、お前も中学に――】
「あー--、うるっせ!!」
知らない夫妻と兄姉弟の三兄弟と、俺と乙女の会話が交錯してまともに話せない。
【何か、きな臭いことがあるかもしれぬ】
「止まらねえな、こいつら……」
思わず叫ぶものの、この家族は演技をしている魚なので、俺がわめいても驚くこともなく会話を続けている。
「気にしないでください」と、乙女が素知らぬ顔で話を続けさせようとしているので、根負けした俺はそのまま話し続けることにした。
「ウヅマナキは死んで生き返った俺の作り方を気にしていたが、お前のことは知らなさそうだったな」
「なるほど。ぽっと出クソラスボスにはこの秘術が使えないんですね」
【怖いですわ、あなた】
【耐えろ。すべて耐えねばならん】
乙女との話が核心に迫ってくると、隣の家族もどうやらまじめな話をしだしているらしい。
互いにひそひそと声を絞って話しているので、さっきより少しだけましになった。
「そもそも、俺ってなんなんだ? ウヅマナキが欲しがるような何かを持ってるのか?」
俺の言葉に乙女は目を見開き、しばし呆然とする。
「……わかりません」
「どこまでも適当言いやがって……」
「いだだだだ!! だってしょうがないじゃないですか! ババアにシナリオ書き換えられちゃったんですもん!」
お前は何も知らないな、と頭を掴んで揺さぶると、乙女はぎゃあぎゃあと手のひらの下でわめいている。
「私の設定では神の血を引く一族だったんです! でも、勝違うみたいだし、だからってババアが考えてた設定なんて思いつかないですよ!」
「口が悪い!」
「アイツ嫌いなんですー!!」
どれだけ揺さぶってもこのガキの頭は空っぽのようだ。
だが、ウヅマナキに脅されている以上、俺も知らないままではいられない。
【いつまでも皆で一緒に暮らせますよね? 父上、母上、兄上……】
【泣くな汐。赤子は泣いていないというのに】
【この子は何も知らないのです】
「「…………」」
俺たちがぎゃあぎゃあわめいているのと反対に、隣の家族はしんみりしだした。
めそめそと泣く女の子の声が哀れで、俺も思わず冷静になる。
【私たちふたりの子供だ。どんな環境でも、強く生きていけるはずだ】
「子供……そうか。勝はふたつの魂を依り代に作った【神懸かり】……かも……」
「と、いうと……?」
「勝を蘇らせると決めた時、私は本当の姫宮乙女と協力しました、二人の力を使ってあなたをよみがえらせた。それはまるで国生みの儀式、神の力の――」
……わ
…………わかんねえ!!
何かひらめいた乙女がとうとうと説明をしてくれるが、俺には何もわからない。
困っていると「親にオタクの話してるみたいで嫌だ」と乙女が大きくため息をつく。
「つまり、ふたり死ねばひとりが蘇る。そのひとりは【神懸かり】というニュータイプの海魔。ウヅマナキがそれを実行しようとしたら、人類は激減しちゃう! わけですね」
おお、ちょっとわかりやすくなった。
「つまり俺は人類のためにもこの秘密を守り抜く必要がある、と」
「そう! それであってます!」
「だが神相手にどうすりゃいいんだ……」
「対策はあります! あなたたち全然言及しないんですが、この物語には【歌】の要素があるんです!」
「あー……なんか歌の話あったな」
「そう! 海神別奏の最大の商材ですよ!」
「……でも、公爵家しか使えないんだろ?」
「それがみんな使えるようになるのが、この物語の核なんです~!!」
隣の家族のしんみりとした空気を振り払うように、乙女はいつも以上に早口でまくし立てる。
「邪を祓う歌、【破邪の歌】。本来は公爵家しか使えないのですが、織歌と心を通じた人は歌えるようになるんです」
「なんで? 公爵家関係ねえだろ、織歌は」
「それがラスボスチートを超える最強最悪の能力「ヒロインパワー」なんですね」
都合がいいな……という突っ込みはもう今更なので俺は乙女の長話を静かに聞いていた。
「【歌】は人の心から生まれるんです。正しい心で歌えば邪を祓えますが、心乱れれば人の精神に干渉し霊能力をまき散らして人を害する大変危険なものです」
「物騒な……」
「そしてその【歌】の取得はイベントで行われます。隔週でキャラごとのイベント展開して、歌出して、衣装付きのカードを売る……これがこの海神別奏のマネタイズです」
「……うん」
「若桜が出てこないのが気になりますが……一通りの攻略は済んでいるので、これからはイベント取得をしていきましょう!」
「イベント……」
「誰かの人生で、物語として残るような。想い出、みたいなやつです」
「要は、織歌と婚約者たちが想い出を作っていけばいいんだな?」
「そうそう! 勝は引き続き、そのサポートをしてください!」
話の方向が決まると、乙女は静かに頭を下げた。
それは小娘とは思えない大人びた所作で、まるで子の失態を詫びる親のようだった。
「この世界が破滅エンド確定の、あほ作家の作った三流シナリオだって知ってても、一生懸命生きてくれて、ありがとうございます」
「…………俺は何も、できてねえよ」
乙女に返した言葉は謙遜なんかじゃない。
***
「勝! 寝てるとこ悪ぃけど、すぐに来てくれ!!」
「ボス、私はエンゼルを呼んできます」
けたたましく扉を叩くダミアンと、焦っているシュヴァリエの声が聞こえる。
ふたりの声が切羽詰まっていて、嫌な予感がしてすぐに目が覚めた。
「織歌が攫われた!」
心臓を掴まれるような恐怖が俺の体に走る。
ウヅマナキはもちろん、待ってなどくれなかった。
最短距離で、俺を追い詰めにかかってきていたのだった。
――俺は何もできない。
このくそったれの世界から娘を守ることも、精いっぱい生きることさえも。
◆ ◆ ◆
勝の覚醒とともに、彼は夢の世界から消えていった。
残された乙女は知らない家族の話を、ぼんやりと眺めている。
知らない家族はこれから起こるであろう戦争という宿命を悲しみながらも、赤子に希望を託す。
【この世界を強く生きてくれ、勝】
赤子は何も答えない。
死と隣接する夢の世界で、タイとヒラメによる演目は終わり、家族は泡になって消えた。
それは「1875年夏、海神勝生後ひと月目」の演目であった。
勝の父は丈、母は摩耶、兄は一、姉は汐です。
一字の名前が海神家の流行りでした。
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