59「ヒロインが6歳になっちゃった」★海神織歌
崩壊というのは、あっけなく起きるものだ。
「――以上が、海魔討伐の報告です。サラトガ大佐」
「わかった。隊員の調子はどうだ?」
ニューヨークにきて2か月ほど経った。
表の職業は劇場職員として勤務しつつ、裏では軍人として働く。
海魔の動向を調査し、討伐し、それを報告する。
そんな生活が、極秘任務中の琅玕隊の隊長である私の日常になっていった。
――この日もそうだった。
「兵曹・エンゼル神父・シュヴァリエは私よりもベテランですから頼りになっています」
「あのマフィアは?」
「ダミアンです。名前で呼んでください」
「……ダミアン・ヘイダル君は?」
「霊力を使っての戦闘はまだ不慣れなようで、火力がやや不安定です。精神面の鍛錬が必要かと思われます」
深夜。
劇場地下の軍事施設にて、私とサラトガ大佐だけで行われる週に一回の定例報告の時間。
極秘部隊であることと、軍の上層部の嫌がらせで人員がふたりきりだけという、気まずい定例会だったが、回を重ねるうちにだんだんサラトガ大佐とは打ち解けてきた。
(ベインブリッジ少将は差別意識が強すぎて取り付く島もないが、大佐は話を聞いてくれる)
サラトガ大佐は良くも悪くも常識的な人だ。
この世界の一般的な感覚で有色人種の女性である私を下に見るが、軍人としての良識があり、実力を示せばそれを認めてくれる。
「そうだ。若桜が西海岸についたらしい。あと数日でニューヨークに着くぞ」
「本当ですか! 結界がまだできないので、戦力増強は心強いです」
「結界……スピリチュアルだな……」
「また嫌な顔する……海魔も受け入れたんだから霊能力も受け入れてください」
そして常識的が故に、霊能力という目に見えない話になると露骨に嫌な顔をする。
もう科学の時代だだの、魔法なんてありえないだのぶつぶつ言っている頭の固いおじさんに私は嘆息して、もう何度もした説明を改めてしてやる。
「海魔は人の命の数だけ生まれてくるので、よっぽど厄介な個体以外はいちいち討伐してもキリがないんです」
「はいはい。何度も聞いたよ」
「だから【破邪の歌】と呼ばれる特殊な歌をもって結界を張り、近寄れなくするんです。歌と武力を持って戦う、それが琅玕隊」
「で、それができるのが日本の公爵家の血縁だけなんだろ……”令嬢代行以外”の」
痛いところを突かれた。
そう、本来来るはずだった公爵令嬢・姫宮乙女の最大の任務は歌の力をもって海魔を退ける結界を張ることだったのだ。
だが、どういうわけか乙女は失踪し、代行の兵曹は歌の力が使えない。
(いや、乙女から力を授かった以上、お父さんは【歌】を使えるはずなんだ。だが、やり方がわからない……)
「ま、まあ……あなたがたが戦力を出し渋っているのと同じように、こちらも簡単には華族を派遣しませんよ」
「……痛いところ突きやがる」
その結果、日米両軍が互いに戦力を出し惜しみしている状況になっている。
「そのうち、偉い人にちゃんと話付けてもらないとなあ」
「大将に電報を打ちましたので、じきに時間を作るでしょう」
そして、互いの上層部の陰謀を、私とサラトガ大佐という現場の人間でどうにかごまかしている。
鳴り物入りで仕上がった琅玕隊紐育支部――それは砂上の城のような危うい組織になっていた。
「今度食事でもどうだ? あ、デートじゃないからな。家族に会わせてやる」
互いの苦労が一致して、私とサラトガ大佐は仲良くなっていった。
上層部のいがみ合いなど、現場で顔を突き合わせている私たちにはあまり関係ないというのも、滑稽な話だ。
「いいですね。私の婚約者を連れて行っても?」
「4人もいんだろ! だが、まあ。いいだろう。せっかくだ、全員連れてきな」
「やった! 親睦を深めましょ――」
「知らない間に、ずいぶん仲良くなったものだな」
会議の終わりの雑談の弛緩した空気が、一人の男の声でピンと張りつめる。
「ベインブリッジ少将!?」
「……少将。いらしてたんなら、俺にくらい連絡をくれてもいいんですよ」
「なに。ちょっと様子を見に来ただけだ」
いつもはいないはずのベインブリッジ少将が、何の連絡もなしにぬらりと現れる。
私とサラトガ大佐は慌てて敬礼のポーズをとって、上官に挨拶をする。
――パァン!
崩壊とは、あっけなく訪れるもの。
なんの予兆もなく、一発の弾丸が私の腹部を狙って放たれた。
「……ぐっ…………!!!」
「少将! アンタ何のつもりだ!?」
それは少将の放った弾丸だった。
あまりに至近距離から撃たれたものだから、避けることができない。
「……ほう。大した魔法だな」
「海神! 無事なのか!?」
だから、折神で受け止めた。
私の鯱の折神は瞬時に弾丸を砕き、飲み込む。
とはいえ衝撃を殺しきれなかったので、愛らしい白黒の巨体が丸ごと私に吹き飛んできて私はデスクの向こうに吹っ飛ばされた。
「大した瞬発力だ。それも日本の魔法かね?」
「……あなたはいつも、私をぶっ殺したいって目をしてたので……警戒してたんですよ」
「それだけか? 何か、余計なものを見聞きしたんじゃないかな」
「いい加減にしろ! ふたりともそこまでだ!!」
私とベインブリッジ少将の間にサラトガ大佐が入る。
非常に焦っている姿から、この騒動にサラトガ大佐は全く関係がないことがうかがえる。
「少将! いくらなんでもこれは問題だ! しかるべきところに報告させてもらう!」
「ジョージ、ジョージ、ジョージ……私にずいぶんな口を聞けるようになったじゃないか」
「アンタの差別は行き過ぎてる! 俺の知らないところで勝手に動き回るのもいい加減にしてくれ!」
(……口を挟む隙がない)
一番被害を被ったのは私だが、私を置いてアメリカ軍同士が喧嘩してしまったので黙るしかない。
行く末をハラハラと見守っていると、のんびりとした男の声が響いてくる。
「こらこら。ふたりとも、織歌ちゃんのために喧嘩しないで」
「!? 誰だ、貴様――」
突然現れた男はのんびりとした口調で、にこやかに私に微笑みかける。
高級なスーツに身を包んだ体はやや痩せ気味で、軍人ではなさそうだ。
アイスブルーの瞳に亜麻色の髪……どこか、エンゼル神父に似ている気がして――
「じゃあね、織歌ちゃん」
その瞳に目を奪われた一瞬のうちに、私の意識は途絶えた。
◇ ◇ ◇
説明しやがれ! このクソ共が!
そう叫びたい言葉をサラトガ大佐は必死に飲み込んだ。
突然の上官の暴走に、謎の男の登場。
息つく暇のない状況の変化を飲み込もうとした瞬間、謎の男は海神少尉に手をかざし――魔法を発動した。
魔法? いや霊能力というやつか?
もうなんでもいい。
謎の光に包まれた後、海神少尉は消えた。
そして、海神少尉がいた場所には……
『なんもんか、あんたたちゃ!』
異国の言葉を話す6歳ほどの子供がいた。
「どうなってる!? これが魔法なのか!?」
「ウヅマナキ君。死んではいないようだが」
「人質だからまだ殺さない。この子を7日くらいで死ぬ場所に入れといてくれる? ジョン君」
「ファーストネーム呼びは控えていただきたい」
「なんでアンタは平気なんだ! ベインブリッジ少将!! 見たことあるのかこんな魔法!?」
サラトガ大佐が驚いている間にも、素知らぬ顔で謎の男――ウヅマナキと、ベインブリッジ少将の会話は続く。
「いい場所を知っている。7日後に死ぬよう手配しよう」
慌てていたサラトガ大佐だが、きな臭い会話に我に返る。
この子供が海神少尉かどうかなど最早どうでもいい。危険が迫っているならば保護せねば……
「キミ、こちらに来なさい!」
海神少尉の代わりに現れたのは、サラトガ大佐の娘くらいのまだ小さな子供だった。
『さわんな! わるかもんが!』
「クソガキ!」
手招きして保護しようとするが、言葉も通じないらしく暴れまわって掴むこともできない。
少女も怖れを感じているのか、捕らわれた野生動物のように部屋の中を駆けまわる。
「あはは。元気だねえ」
ウヅマナキとベインブリッジ少将も暴れる少女を捕えかねているのは、サラトガ大佐にとって幸いだった。
野良犬を安心させるように甘い声をかけ、サラトガ大佐の元へ誘導しようとする。
「ほら、おいで。おじさんは怖くないから」
『せからしか!!!!』
だがこの子供は警戒心が強すぎて、まったく心を開かない。
グルル……と唸って部屋の隅でうずくまっている。
「相変わらず甘いな。サラトガ大佐」
はあ、と小さなため息をついてベインブリッジ少将は少女の前に現れると音が出るほど強い勢いで少女を蹴り上げた。
「ぐぁっ……!!」
少女は悲鳴を上げることもなく、嗚咽して気を失った。
「アンタ、子供になんてことをするんだ!!」
「そうだよ。女の子蹴るなんてひどいなあ。ジョンくん」
「ああ。うるさい、うるさい」
ベインブリッジ少将は銃でサラトガ大佐を威嚇しながら少女を拾い上げると、ぽいとウヅマナキに渡す。
「日本の兵曹に「待っている」と伝えておけ。それと――」
銃口を突きつけられて固まるサラトガ大佐に、ベインブリッジ少将は冷たく言い放った。
「君は左遷だ。ジョージ・サラトガ大佐」
サラトガ大佐と織歌少尉、中間管理職ポジは仲良くなりがち。
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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。
次回は9/17(水) 21:10更新です。




