58「最後の食卓」★海神織歌
「ピエロギを作ろうかなと思いまして」
エンゼル神父が用意したのは小麦、卵、チーズなど、一般的な食材だった。
(……あのエンゼル神父が卵を割らずに運べるなんて)
と、無駄に感動してしてしまう。
「”ピエロギ?”」
「小麦粉を練った生地で野菜などを包んで茹でる、ポーランドでは一般的な家庭料理です」
そう言いながらエンゼル神父は皮を作るため、小麦粉と卵と水を練っていく。
「……あれ、固まらない」
それは、決して器用な手つきとは言い難かった。
べちゃべちゃな生地は固まる様子が一向に見えず、エンゼル神父は食材を触った手で何もできずに困惑している。
「……粉増やしたらいいんじゃねえか?」
「あ、そうですね……あ、今度はぱさぱさに……」
「水、増やすか……」
見かねたダミアンが手を差し伸べるが、状況は微妙に悪化しているようだった。
「……普段料理しない人の会話はハラハラするな」
「”神父” ”炊き出し” ”週一”」
「なのになんであんな素人みたいな手つきで……」
「そろそろ手伝いましょうか、レディ」
なんとなくその様子を見ていたが、エンゼル神父とダミアンではどうしようもなくなった気配を感じる。
見かねたシュヴァリエが助け船を入れる。
シュヴァリエの手腕は見事なもので、みるみるうちに生地の体を成していなかった小麦粉が固まっていった。
「中に包むものは何だ、エンゼル?」
「マッシュしたジャガイモとチーズにしようかなと」
「なるほど。私がやっておくから、皮で包む準備をしておいてくれ」
先行きに不安を感じたシュヴァリエがさらりと具材作りまで引き取っていく。
皮は生地を適切な大きさにカットして伸ばし棒で伸ばしていくだけだ――その作業は私がしれっと引き取った。
「あとはこの皮で具材を包むだけなんですが……みんなで作ると、包み方に個性が出るのが好きなんです」
「よく作ってたんですか」
「はい。私の親は孤児院を経営してまして、私も子供たちと一緒に暮らしてました。大家族だったので、ピエロギを作るときはみんなでやるのが定番だったんです」
昔を思い出すかのように遠い目をするエンゼル神父。
その声も瞳も穏やかで、彼がかつて過ごしていた時代が幸せなものだったのだと思わせてくれる。
「確かに、個性が出ますね」
エンゼル神父の言う通り、ひとりひとりの包み方は違った。
几帳面な私のピエロギは具材のひとかけらも逃さないように折り目正しくまとまっている。
大らかな父のピエロギはやや具材がはみ出しているし、ダミアンのピエロギは他のものよりやや大きい。
シュヴァリエはピエロギさえも美しく作り上げている。
「なんでてめえが一番下手なんだよ」
「……なんか、上手く固まらなくて」
「まあ、茹でれば固まるだろうから」
肝心のエンゼル神父のピエロギは形を成していなかったが……これも個性ということだろう。
「これもあとは茹でるだけです。他の方の作業があればそちらを……」
「では、そろそろ先ほどのガトー・ド・リを冷やそうか」
シュヴァリエはそういうと折神を展開する。
使い方を教えたきりで実践は一度もしていないが、器用な彼は異国の霊術さえも完璧にこなしてしまう。
展開された折神は初めて見る形で、鷹の頭に獅子の体をしている奇妙な生き物だった。
「”おお……” ”これ、何?”」
「グリフォンか?」
「折神が動物なのは聞いてましたが……幻獣もありなんですね……」
「いや……私もこんな形は初めて見る……すごいなシュヴァリエは」
浮き上がってきたグリフォンは氷の息を吐き、ガトー・ド・リを冷やしていく。
「織歌。いいのか、こういう使い方?」
「まあ……禁止ではないが……ものすごくもったいない気はする……」
幻獣として展開される折神も、氷の能力も初めてだ。
折神やその能力は本人の才能に大きく左右されるので、シュヴァリエの素質は相当なものなのだろう。
……まさかこんなお料理回でそれを知るとは思いもしなかったが。
「ガトー・ド・リが固まった。私の方は完成だ」
「三姉妹のスープもできたぜ」
「あっ、ピエロギもできました……」
ぼんやりしている間に全員の食事が出来上がったらしい。
テーブルの上には、フランスのデザート、ネイティブアメリカンのスープ、ポーランドの家庭料理、そしてぼろぼろになったサバがある。
「”日本” ”恥ずかしいよ”」
「……いつか作り直しましょう」
日本料理だけ盛大に失敗したが、それ以外は完璧だった。
私たちはそれぞれ椅子に座り、テーブルを囲む。
『いただきます』
「いただきます!」
「父よ、あなたのいつくしみに感謝して、この食事をいただきます――」
「私たちの主によって。アーメン」
「……よく喋るな、アンタらは」
食前の儀式をそれぞれ済ませると、私たちは食事に手を付けた。
ピエロギは小麦の皮に包まれた少し塩気のあるチーズとじゃがいもの食感が美味しい。
三姉妹のスープは野菜の出汁の中にかぼちゃとコーンの甘みがじんわりと広がる。
シンプルなスープはサバの塩気と油と相性が良かった。
ガトー・ド・リは米とミルクの甘さを苦いカラメルが包んで、初めての感覚がたまらなかった。
「”おいしい”」
「日本じゃこんな贅沢な料理は食べられなかったから、本当に嬉しいよ」
「レディ、どれも簡単な家庭料理だ。いつでも作るよ」
「ミシェル……あなたの料理は相当手間かかってますよ」
「別にこんなシンプルなスープじゃなくてもよ……今度いいレストランでちゃんとした飯を食わせてやるよ」
ダミアンはしばらく黙っていたが、気まずそうにつぶやく。
「ダミアンさんは、フランス料理と比べられて恥ずかしいそうです」
「うるせえな、ドジ神父……」
何の話だろうと思っていると、エンゼル神父がこっそり耳打ちしてくれた。
ダミアンにはしっかり聞こえていたが。
「このスープが食べたかったんだ。あなたが小さい頃に食べてたんだなって思いたいから」
「……別に美味いもんじゃないだろ」
「美味しいよ。これを食べてたあなたの子供時代も想像できる」
ダミアンの子供時代……きっと可愛かったんだろうな。
すべて想像でしかないが、赤毛の小さな子供が家族に囲まれている姿が目に浮かぶ。
彼とそっくりな黒い瞳をした温かい家庭で、この温かいスープを飲んでいたんだろう。
「ピエロギも美味しいですよ」
「よかったです」
エンゼル神父の子供時代も同様に目に浮かぶ。
孤児院の子供たちと家族のように暮らしていた、賑やかな子供時代。
……昔からドジだった彼を、皆でフォローしていたんだろう。
「もちろん、ガトー・ド・リも!」
「よかった。作るのは初めてだったんだが」
シュヴァリエも昔から、こうやって困っている人に手を差し伸べていたんだろう。
料理慣れしている姿からすると、幼少期から家事を手伝っていたか、躾けられたか……
高い教育を受ける格式高い家の姿が浮かんでくるようだった。
私たちはみんな、まったく違う人生を歩んで、まったく違う生活をしている。
それが私を軸にして集まってくれていることが嬉しい。
愛しい婚約者たちのことを想うと、胸が温かくなる。
「またこうやってみんなで食事をしよう」
それは些細な約束のつもりだった。
この時の私はまだ知らなかったのだ。
私たちの絆が、壊れてしまう日が来ることを。
エンゼルのピエロギの失敗は作者と同じです(難しかった)
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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。
次回は9/15(月) 21:10更新です。




