57「お料理回」★海神織歌
「えっと……皆さんとはすでに知り合いではありますが……改めてよろしくお願いいたします」
エンゼル神父と婚約してから数日後、私たちは改めて顔合わせをしていた。
私の職場でもあるポセイドンシアターの一室には、そうそうたる面子が揃っている。
帝国公爵家の使いの父――海神勝。
マフィアのボス――ダミアン・ヘイダル。
元海軍大尉――シュヴァリエことミシェル・イス。
神父――エンゼル・A。
「いやあ、壮観だな」
「新入りの挨拶の時間まで必要になるんだからな」
思わず感嘆の声が出ると、ダミアンが冷たく突っ込んでくる。
「”あと” ”一人欲しい”」
「サー、まだ増やす気ですか」
「織歌さん入れて6人だと2人組が作りやすいですよ」
「学校じゃねえんだからよ」
やいのやいのと話し合う婚約者(と父)達を見て感慨深くなる。
ニューヨークに来た時は一人ぼっちだった私の周りもにぎやかになったものだ。
まさか任務を超えて全員と恋愛関係になるとは思わなかったが……
「……あなたたちはみんな違う人生を歩んできた。そして、未来の時間を私と共有してくれる」
だから、私は彼らに改めて伝える必要があった。
「私は私の人生をかけて、必ず貴方たちを幸せにします!」
――私の覚悟と、 愛情の全てを。
「……別に、もう、十分だし……これ以上何も求めちゃいねえよ」
「私も、あなたを幸せにすると誓う」
「わ、私は、今もうすでに幸せです……」
ダミアン、シュヴァリエ、エンゼル神父、それぞれが返事をしてくれる。
思いが通じ合うことがこんなに幸せなことなのかと、心が温かくなった。
「”あの” ”あと” ”一人”」
「お父さん。これ以上増やす予定はないです」
「”あるの”」
――なぜか焦っている父の心だけは、いまだによくわからないが。
◇ ◇ ◇
「というわけで、親睦会をしよう!」
私たちは全員出自も身分も違う。
今回のデートの目的は、そんな私たちの仲を深めることだった。
ポセイドンシアターの閉館後、食堂に集まり、皆で料理を作ろうと提案した。
ダミアンはネイティブアメリカン、シュヴァリエはフランス系、エンゼル神父はポーランド系だ。
いろんな料理が楽しめることも、単純に楽しみだった。
「”焼いてきた” ”サバ”」
「日本料理なのか、それ?」
「”味噌” ”醤油” ”ない” ”お手上げ”」
一番手は父。
日本食を振舞えたらよかったのだが……
日本人の数が少なすぎるニューヨークでは味噌も醤油も簡単には手に入らず、苦肉の策で魚料理にしたらしい。
「せめて日本食っぽくしようと思って、一尾丸ごと炭火の塩焼きにしたらしい」
「串焼きで、味付けは塩だけか。珍しいな」
シュヴァリエが興味深そうにしている。
よかった。欧米ではサバは香草と一緒にグリルで焼くのが一般的らしいので、珍しさは感じてもらえたようだ。
「炭火焼きはうちの教会でやったんですが……」
「”こちら” ”です”」
炭火焼きは劇場のキッチンじゃできなかったので、エンゼル神父の教会の敷地を使わせてもらったらしい。
微妙な表情の父が差し出してきた皿に乗った丸ごと1尾のサバは……ぐちゃぐちゃになっていた。
「ぐちゃぐちゃじゃねえか!」
「”エンゼルが” ”倒れてきた”」
「すみません……」
父とエンゼル神父が2人で調理した、という情報の時点で相当心配していたが、予想は的中した。
何も説明されなくてもわかる。
調理中にエンゼル神父がずっこけて、炭の上にダイブする姿が……
「怪我はありませんでした?」
「ちょっと火傷しただけですので、大丈夫です……」
「”まあ” ”食べれる” ”から”」
ぐちゃぐちゃのサバだが、可食部をどうにか抽出して皿に盛って来たらしい。
5人で食べるには心許ない量ではあるが……、私は言いたいことをぐっとこらえた。
「じゃあ、次は私だな。おにぎりを作ってきたんだ」
「おにぎりってなんだ?」
「コメを握って固めたものだ。日本では一般的な食事なんだが……」
私がおずおずと差し出した皿の上には――小さく盛られた米の山がぽつんと置かれていた。
「握れてねえ!」
「コメの種類が違くて……固まらなくて……」
私の料理も盛大に失敗していた。
日本米が手に入らなかったので別の米を買ってはみたが、まさかこの世に握れない米があるとは思ってもいなかった。
「……俺はこれを食って、日本食を食った気になっていいのか?」
「いや、やめてほしい」
「”今度” ”日本に” ”おいで”」
各国の料理を食べてみよう――そう企画立案した私の国から盛大に失敗した。
だが、米が握れなかった時点で失敗を確信した私は、すでにリカバリーを考えていた。
「日本人は食材を無駄にしない! なのでこの米はシュヴァリエに託した!」
「ライスを使ったデザートレシピがあるので、私はレディとガトー・ド・リを作りますね」
食事のことは美食の国に相談するのが一番だ。
私はシュヴァリエに泣きついたところ、使えなかったライスのレシピを教えてくれたので、急遽合作にすることにした。
「ガトー・ド・リってなんですか?」
「リ・オレに卵を加えて、カラメルと合わせてバンマリしたものです」
「”わからない” ”なにも”」
「甘く煮た米を固めて、焦がし砂糖を合えたケーキみたいなものだと思ってください」
私が煮てきた米を、シュヴァリエが牛乳や砂糖と絡めて固める。
フランス系だから料理が上手いと思うのは偏見だろうが、シュヴァリエは料理が得意らしく器用にこなしている。
「ボスの食事も私が作っていますので」
「いいな、毎日シュヴァリエの料理が食べれるのか」
「うちで一緒に暮らせば食えるぜ」
「いや、それは……」
魅力的な提案過ぎる……
だがダミアンとシュヴァリエの家に転がり込んで私の理性が持つ気がしないので、ぐっとこらえた。
「いつかこうやって、ふたりで料理を作る日が日常になるといいな」
「シュヴァリエ……」
「そいつ米潰しただけだろ」
シュヴァリエは温かい瞳で私に微笑んでくれる。
ダミアンの冷たい突っ込みも追いつかないほど、甘い空気が私たちの間に流れていた。
「――1時間ほどライスを煮るので、その間やることがある方はどうぞ」
「……じゃあ、俺がやる」
次に名乗りを上げたのはダミアンだった。
ダミアンは作業台の上にかぼちゃ、トウモロコシ、インゲンを並べた。
「三姉妹のスープなら、俺でも作れそうだから」
「三姉妹……この3つの野菜か?」
「かぼちゃ、とうもろこし、インゲンはネイティブの方々の主要農耕物なんですよ」
「”詳しいね” ”神父”」
「とうもろこしはインゲンの弦を支え、インゲンは土に栄養を作り、かぼちゃは大きな葉で雑草を防ぐ……支えあう3つの植物を姉妹と表現しているそうです。素敵ですよね、私たちみたいで」
「お兄ちゃんに投獄されかけたけどな」
ダミアンはエンゼル神父に劇場で襲われた皮肉を交えながらも調理を進めていく。
普段あまり調理をしないのか、おぼつかない手つきで野菜を切る姿が不安だ。
(手を切りそうだ……)
シュヴァリエも何か言いたそうにしているが、ダミアンの矜持を守るため、黙っていることにした。
「……昔、婆さんが作ってくれてた」
「おばあちゃんと暮らしてたのか」
「普通の家族だよ。爺さんと婆さんとおふくろがいて。兄貴と姉貴は学校行ってたし、親父は出稼ぎでいなかったけどな」
「いいな、大家族」
故郷を語るダミアンの目は少し遠くを見ている――包丁を持っている時にその目つきは危なっかしいが。
彼の家庭事情は複雑だからあまり深入りはできないが、ずっと母と二人暮らしだった私には、大家族はうらやましかった。
「ああ、楽しかったよ」
ダミアンの返事は優しかった。
故郷のことを思い出して温かい気持ちになってくれたのなら、この親睦会は成功だ。
「俺も1時間くらい煮る。次、エンゼルだろ」
「は、はい! 私も用意してきました!」
――というわけで、このお料理回はもう少し続くのであった。
雰囲気は変わってほのぼのお料理回。
ガトー・ド・リ以外はおうちで作れるので試してみてください!
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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。
次回は9/13(土) 21:10更新です。




