56「クリティカルヒット」★海神勝
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聖暦1903年、対馬――
海が、吠えた。
荒れ狂う波の音に混じる亡者の咆哮。
空を割って飛ぶ黒い鱗、下半身が蜘蛛のような形をした女、頭を複数持つ蛇――子供のころにお伽噺で聞かされた化け物が俺たちの目の前に立ちはだかる。
それらは命も形も失い、魂だけになってなお現世を彷徨う、人ならざるもの。
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『これは……』
この世界は物語だと、乙女は言った。
死んで蘇ってなおその言葉には半信半疑でいたものの、こんなものを見せられては認めざるを得ない。
光る板の中には俺が死んだ場所、対馬の海岸と、見覚えのある海魔が映っていた。
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【付け剣!】
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『うわ、俺だ!!!』
『おお、かっこいーねー』
そして俺の姿が映し出された。
自分の姿を他人の視点から見ることなどなかったので、突然現れる自分に驚く。
だが驚いている俺のことなど待たず、物語は勝手に進行していく。
俺はあっさりとくたばり、時は20年後に移動した。
『勝くんの出番もう終わり? もうちょっと掘り下げてくれてもいいのにねえ』
『こんなもんだろ。別に何かしたってわけでもねえしな』
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【おかわりの紅茶をお注ぎしてもよろしいでしょうか、ミス・ワダ……ワダツミ?】
【おかわりをお願いします。それと、呼び方は織歌でいいですよ】
【申し訳ございません。ミス・オルカ】
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『おおー、織歌だ!』
しばらくすると織歌が登場する……なぜか、小さな枠の中に。
『なんで織歌はこんな小さいんだ?』
『織歌ちゃんの目線で話してるってことじゃない? 自分の顔は見れないでしょ?』
『へえー……?』
『あ、チュートリアルガチャ始まった!』
『ちゅーとりある……?』
たくさんの文字が浮かんできてはああしろこうしろと指示をされると訳が分からなくなる。
だがその都度ウヅマナキが助けてくれ、どうにか物語が進んでいく。
やいのやいの言いながら遊んでいると、乙女、ダミアン、シュヴァリエ、エンゼル……と知った顔が次々と現れる。
その中には、まだ俺は出会えていない水虎もいた。
(……俺は未だに会えてねえが、本来ならさっさと出てくるんだな)
不本意だが、ウヅマナキとする遊戯は意外と盛り上がった。
『じゃ、バッドエンドを見に行こうか』
もともとのバッドエンドは、攻略対象の因果が絡み合い全員で殺し合いになった結果、みんな仲良く死の世界で織歌を囲って暮らすというものだ。
悪役令嬢でありラスボスである乙女はまずダミアンを唆し白人を虐殺させる。
それを止めるためにシュヴァリエがダミアンと刺し違えて死亡。
それがきっかけとなって琅玕隊に亀裂が走る。
互いを信じ合えなくなった隊。
そんな仲で海魔に通じている者が居るという情報が流れ、海魔の子であるエンゼルを水虎が殺す。
そんな水虎に乙女は笑って伝える。
すべて自分が仕組んだことだった、と……
【……馬鹿な者たち。すべてウヅマナキ様の手の上だというのに】
だが、書き換えられた物語では、乙女の役割は違うものになっていた。
乙女はウヅマナキの使い走りでしかなく、乙女の代わりにウヅマナキがラスボスを担っている。
『……ほんとにあいつの原稿、誰かに書き換えられたんだな』
『可哀想だよねえ、せっかく頑張って書いたのに』
ウヅマナキはラスボスの名の通り、海魔を使役して大量に人を殺し、織歌と戦いを繰り広げる。
胸糞悪い悪役であり、悲しい過去を持つ男でもある。
作者も知らないうちに生まれた登場人物は語る。
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【穢れそのものとして生まれた神であるボクには、海の底と永遠の孤独だけが与えられた】
【だから、ボクは家族が欲しいんだ】
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――凶行に至るまでの、奴の想いを。
『……対馬で暴れたのも、そういう思いからだったのか?』
画面の物語と本人を比べるのはよくないと思いつつ、ウヅマナキに真意を尋ねる。
『うん。でも暴力は良くないね。琅玕隊が邪魔して全然進まない』
だが、ウヅマナキは自分の孤独も心中も、誰かの手によって作られたものだということをあっさりと受け止めていた。
(……いや、それは俺も同じか。何も感じねえ。俺の人生が誰かの手で作られてようが、いまいが……)
『対馬に行くずっと前に、人間に化けて混じろうともしてたんだ。日本だと琅玕隊が邪魔するから、海の向こうまで行って。人間と子供を作ってみたりもしたんだよ』
『そんなことができるのか……』
『キミは子供にはもう会ってると思うよ。アンヘル……あ、今はエンゼルって名乗ってるんだっけ』
『エンゼル!?』
エンゼル……あのドジ神父のことか。確かに乙女の資料に“海魔との子”とはあった。でも、まさかこいつのガキだったとはな。
『個体としては良かったと思う。ノーリスクで死の世界までこれるしね。でも、あいの子は精神不安定になりやすいみたいで、途中で狂っちゃったんだよねえ』
その言葉に、すっと心臓が冷えた。
ウヅマナキに感じていた奇妙な同情心は消え、目の前の男は人の形をした異物でしかないことを自覚する。
(こいつは神なんかじゃねえ、ただの化け物だ)
『そんな時、キミを見つけた。キミは僕が使役する海魔と同じ存在でありながら、肉体を得て地上で生活できている』
『…………』
『死者の魂に肉体を与え、復活を与える。そんな存在で世界の人類を塗り替えれば、海の上はボクの同族――家族で満たされる』
ウヅマナキは俺の軽蔑の目に気づかぬふりをして、淡々と言葉を続ける。
『キミを作ったのは誰だ?』
ウヅマナキは、友好的な仮面を装うのをやめた。
俺の目をまっすぐに見据え、威圧的に質問をしてくる。
心臓を掴まれたような感覚に体が強張る。
この雰囲気はエンゼルに似ているな、と、心の奥でぼんやりと感じた。
『……知らねえな』
こいつは他の奴が手を入れた完成品の内容しか知らない。
初期の設定では乙女がウヅマナキに匹敵する最強の存在であること。
そしてその設定がまだこの世界で生きていることは、まだばれていない。
(乙女の秘密は守り抜く……拷問でも何でもしてみろ。そんなもん慣れてんだよ)
俺が口を割りさえしなければいいのだ。
幸い暴力沙汰には慣れている。
どんな痛みにだって、俺は耐えられる。
『キミはこの世界に生きてるのに、まるで他人事みたいな顔だね』
……しかし、ウヅマナキは思わぬ方向から俺を責めてきた。
『キミは自分の命を簡単に捨てられるのは、真面目に生きてないからじゃない? 自分の人生なのに他人事だと思ってるからだ』
『……関係ねえだろ』
『関係あるよ。ボクたちはこの世界を真剣に生きてる』
ウヅマナキの声が、心に刺さる。
『この世界を生きる気がないなら、とっとと消えろよ』
『うっ……!!!!!』
その言葉は、今まで受けたどんな傷よりも痛かった。
うすうす感じていた。
俺は俺の人生を生きてない。
言われるがままにヤクザになって、徴兵されて、死んだあとは織歌のためだと理由をつけて動き回る。
織歌が、ダミアンが、シュヴァリエが、エンゼルが……乙女でさえも、自分の人生を精いっぱい生きている。
それなのに、俺だけが他人の皮をかぶって生活しているような気分でのらりくらりと動いている。
俺は、この世界で生きようとしていない。
『ボクには夢がある。そのためなら何でもやる』
言葉の出ない俺に、ウヅマナキは一方的に突き付けてくる。
『ボクにはシナリオの知識がある。この情報を使って、キミが最も嫌がる形で妨害する。だから、道を譲る気になったら会いに来てね』
『何がシナリオの知識だ……馬鹿馬鹿しい……』
『そうかな? じゃあ証拠を見せてあげる』
ウヅマナキは笑いながら立ち上がると、明後日のほうを指さす。
『ヒロインちゃん。今、大ピンチみたいだよ』
ウヅマナキの動きに従って、揺らめく海月が道を照らす。
その先がエンゼルの教会地下の水牢へと続いていたことで、ウヅマナキのシナリオの正確さを痛感することになるのは、少し先の話になる。
乙女・勝→改変前の旧いシナリオ
ウヅマナキ→最新版シナリオ
を持っている状況です!
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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。
次回は9/12(金) 21:10更新です。




