05「迷子」★海神勝
20年越しに再会した織歌は美しく育っていた。
白い洋装に首元には水色の薄布、黒髪はきっちりと結い上げられ、艶やかに光っている。
一番に目を奪われたのは目だった。
赤子のころはほとんど開いていなかった瞳は大人になってぱっちりと開き、水面のような淡い水色の奥に薄紅がさすような……まるで桜が湖に映ったような、不思議な色をしていた。
だが、まじまじと見つめていたらどうも怒らせてしまったらしく、織歌は俺を振り返ることなく早足で歩いていってしまう。
少し前を歩く小さな背を感慨深く見つめていたら――織歌とはぐれた。
『どこだ、ここ……』
天井は空みたいに高い位置にあり、緑色で謎の絵が描かれてある。
出口が見えないほど広い駅を何百人という人数が行き来していて、人をかき分けて進んでも織歌の姿が見当たらない。
何か手掛かりはないかと看板を見てみるが、当然、英語など俺にわかるはずもない。
『あほの作者め! こじゃれた真似して海外なんか舞台にしやがって!』
下手したらこのまま二度と織歌に会えなくなりそうだ。
何か手掛かりはないか――そうだ、乙女に持たされた荷物なら日本語が書いてあるはずだ。
肩から掛けていた雑嚢(軍用バッグ)の紐を開けて中身を確認する。
どうやったのかは知らないが、ご丁寧に旅券から身分証明書から用意してくれているらしい。
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氏名:海神 勝(Wadatsumi Masaru)
生年月日:盟治8年7月7日
発行日:大証2年2月25日
職業:帝国海軍陸兵隊 二等兵曹
渡航地:アメリカ合衆国 ニューヨーク市
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(……これじゃ、今48歳だな。年食ったもんだ)
外見は死亡時の28歳の時のままなので、いつかどこかで粗が出そうな気がする。
だが今はそれどころじゃない。
雑嚢の中にしまわれていた大量の紙の束――原稿を取り出す。
この世界が物語だというのなら、織歌の行動もここに書かれているはずだ。
ぺらぺらと紙をめくると、攻略キャラと書かれている項目がある。
攻略とは、恋愛のことだったか。
これが織歌がこれから付き合う男たち、現実を受け止めたくなくて薄目になりながら内容を確認する。
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①ダミアン・コール・ヘイダル(Damian Cole Heydal)
25歳、ネイティブアメリカン。マンハッタン裏社会を掌握するマフィア組織の若き首領。
幼少期にギャングに拉致されて以来奴隷のような暮らしをしていたが、執念でのし上がり組織を乗っ取った反逆者。
②ミシェル・フランソワ・ローラン・イス(Michel François Laurent Ys)
通称:シュヴァリエ(Chevalier)
29歳、フランス系アメリカ人、元アメリカ海軍大尉。
軍内部の政治的失脚後、裏社会に落ち、現在はダミアンのボディーガードをしている。
③エンゼル・A(Angel A.)
修道名:アビサル(Abyssal)
32歳、ポーランド系白人のカトリック神父。人類史上唯一の海魔と人間のハーフ。
出自に激しいコンプレックスがあり、海魔とその協力者を容赦なく殲滅する姿は異端審問官と揶揄されている。
④若桜水虎(わかさ・すいこ / Wakasa Suiko)
20歳、ロシア系亡命貴族と日本人の母を持つハーフで。海軍少尉で、織歌の幼馴染。
短気・喧嘩上等の直情型だが、語学堪能でピアノを嗜む貴族風な一面も持ち合わせる。
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『……若桜しかまともなのがいねえ』
最初から大団円にする気なんかあったのかと疑いたくなるような経歴の持ち主たち。
(同時交際はもういい、マフィアは勘弁してくれ……)
思わずその場にへたり込んで頭を抱えていると、まさに今覚えた名前が耳に入った。
「シュヴァリエ。あの子、どれくらい持つと思う?」
「……”普通の”日本人女性なら一日持てばいい方でしょう」
見上げると、褐色の肌の背の高い男と、その後ろにはさらに大きな白い男が歩いていた。
シュヴァリエ――攻略対象の2番目の奴。
ということは褐色の方はその主のダミアンで、話に出ていた日本人女性は織歌だろうか。
迷子になっている間に織歌と攻略対象たちはもう出会ってしまったらしい。
奴らが歩いてきた方向へ向かえば、まだ織歌がいるかもしれない。
男たちの脇をすり抜けて可愛い娘の元へと走り出す。
「…………」
「どうした、シュヴァリエ?」
「いえ、あれは日本の軍服かと思いまして」
「今日は日本人をよく見るな、珍しい」
――未来の義息子たちの声を背中に聞きながら。
会ったとたんに迷子になった勝パパ。
次話でどうにかもう一度織歌と再会します…!
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