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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第一部【攻略編】第七章・ウヅマナキについて

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55「あなたのことを知る機会を、私にください」★海神勝

 『ダミアン、待て!』


 ダミアンの様子がおかしい。

 遠くから歌が聞こえてきたかと思ったら、俺の制止を振り切ってふらふらと歩いて行ってしまう。

 

(ここは軍の……何かだと言っていたな、色々厄介なものがありそうだ)


 ひとりで行かせるのは危ない。

 慌ててダミアンの背を追いかける。

 だが、”どういうわけか”歩いているダミアンにどれだけ走っても追いつくことができない。


 違和感はそれだけじゃない。


 目の前にあったはずの灰色の煉瓦の建物が見えない。

 舗装されている道を走っているのに、足元を砂に掬われる感覚がする。

 

 自分の体重で砂に埋まってしまう足が歩みを遅くする。

 目の前には憎たらしいほど青い海が広がっている。


『ハァッ……ハッ……』


 漏れる息が震えるのがわかる。

 ここは俺が死んだ場所……対馬沖。

 

 思わず足を止めると、目の前に大きな波が迫ってくる。


(そうだ。俺はこの波に攫われて……死んだんだ……)


 どういうわけか、逃げようという気すら起きなかった。

 この波に身を委ねた先に何があるのか、俺は知っている。


 ◇ ◇ ◇

 

 〈おかえり〉


 波に呑まれてたどり着いた先には、案の定真っ暗な闇と無数の光る海月が浮かんでいた。

 

(そうだ、ここで乙女に会ったんだ)


 だが、今俺の前にいるのは”物語の作者”を名乗る小柄な少女ではなく、背の高い男がひとり。

 初めて見る顔だが、脳に直接響くような不愉快な声には聞き覚えがある。

 

『なんのつもりだ、ウヅマナキ……』

 

 海魔の王にして、この物語の最後の敵。

 

 作者の知らぬ間に物語を書き換えられた結果生まれたこの男は、本来の悪役である乙女の役割をすべて担っている。

 

(本物の悪役……)

 

 本来ならヒロインである織歌の壁となり立ちはだかる筈だが、長い間大きな動きをせずなりを潜めていた男。

 それがどういうわけか織歌ではなく俺に接近を試みている。

 会うのはバーレスクでこいつが接近して以来、2回目だ。

 

『驚いた。君、本当に海魔なんだ』

 

 海魔の王は俺の質問には答えなかった。

 物珍し気に俺の周りをくるくると回る。

 目線だけでこいつの動きを追うと、あたりを化物のような海魔に囲まれているのがわかる。

 下手に動けばこいつらが襲い掛かってきかねない。

 

(乙女がいねえ。無事だといいんだが……)

 

 バーレスクで会った時、こいつはしきりに物語の終わり方を気にしていた。

 悪役を担わされているこいつにとって、物語の終わりは自分の死を意味する。


 俺と乙女が織歌と婚約者たちの全滅を回避するように、こいつもまた自分の死を回避するために動いているのだろう。


(俺が暗躍してるのをかぎつけて、殺そうってハラか)


 境遇に同情はするが、こちらもみすみす殺されるわけにはいかない。

 腹をくくって戦闘態勢を取る。

 ウヅマナキもまた懐に手を忍ばせて、何かを取り出そうとしている。

 

(ナイフか鉄砲か……)


 神相手に勝つ見込みがあるかもわからないが、戦わなければ生きられない。

 奴が動くより早く拳を振ろう。

 そう思って身を乗り出した時――


『これで遊ぼうか!』

『ぎゃっ! 眩しっ!』


 奴は光る板をこちらに向けてきた。

 光の乏しい深海にはまぶしすぎる光に目が焼かれる。

 だが光で攻撃するような武器ではないらしく、しばらくすると明かりにも目がなれてきた。


『なんだこれ』

『スマートフォン』

『なんだそれ』


 薄目を開けてその板を見ると、光る絵と共に荘厳な音楽も流れてくる。

 

(音の出る映画みたいなもんか……)

 

 もうこの世界でおこることにいちいち驚くつもりもなかったが、得体のしれないモノには警戒心がわく。

 まさか爆発なんかしないだろうが、親し気に俺を手招くウヅマナキの誘いに乗ることはできない。


『乙女ちゃんの作った物語の完成版ってこと』

『これが物語……なのか……?』

『そう。いつもひとりで遊んでたんだけど、今日はふたりで遊んでみない?』

『物語で……遊ぶ……?』

『まあまあ、やればわかるから』


 ウヅマナキはその場に座り込み、光る板を地面に置く。

 その姿には警戒心は一切なく、かといって俺を挑発するような雰囲気でもなかった。


『バーレスクでは喧嘩みたいになっちゃったけどさ。舞台の裏側を知る同士、仲良くできないかな?』

『仲良く?』

『物語の終わりを知ってる人間がひっかきまわしてる時点で、この世界は狂いだしてる。お互いの目的を教えあって、妥協点を探せるんじゃない?』


 ……言われてみれば、そうかもしれない。

 乙女の脚本には「人間と海魔の戦い」とあるが、正直なところ俺はその戦いに興味はなかった。


(一度死んだ身だ。この世界のことに口を出す気はねえし……なにより、自分がその一部である自覚がねえ)

 

 別に海魔を根絶しなくてもいい、互いに境界線を引いて衝突を避けられるのなら、それでもいい。


【あなたのことを知る機会を、私にください】


 織歌がダミアンに語り掛けていた言葉を思い出す。

 俺はこいつのことを何も知らない。

 知ろうとすることくらいは、するべきなんじゃないだろうか。


『わかった』

 

 俺はウヅマナキの誘いに乗った。

 奴の正面に座り込むと、床に置かれた光る板(スマートフォン)を覗き込む。


『……………………何したらいいんだ』


 だが、それ以上何をしたらいいのかわからない。

 光る板にはシュヴァリエが織歌を抱きしめている様子が映っている。

 

(全員攻略なんて真似をしてなければ、推奨されるのはシュヴァリエとの恋愛だったのかもしれない)


『触ればいいんだよ。優しくね』

『……どこを?』

『画面の上ならどこでもいいよ』

『爆発しない?』

『しないしない』

 

 言われたとおりに板にそっと触れると「海神別奏(かいじんべっそう)」と、聞き慣れた織歌の声が聞こてきた。


『喋った!!!』

『うん、フルボイスだから』


 板はしばらく同じ絵を映した後、俺が触ることもなく勝手に移り変わる。

 まるで映画のように映像が流れたあと、文字が浮かび上がる。

 舞台の外から舞台を覗き込むようで、奇妙な感覚だ。


 画面の中で、物語が静かに始まっていった――

織歌はダミアンから攻略してますが、実はゲームの海神別奏ではメインヒーローはシュヴァリエです。


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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。

次回は9/10(水) 21:10更新です。

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