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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第一部【攻略編】第七章・ウヅマナキについて

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54「時は戻って」★ダミアン・ヘイダル

 時は戻って炊き出しの日の夕方。

 織歌とエンゼルがじわじわと溺れ死にかけている時――


 ダミアンと勝はマンハッタンの隣の島、スタテンアイランドで車を走らせていた。


 ◇ ◇ ◇


「勝、ちょっと寄り道していいか」


 いつもはシュヴァリエに運転をさせているから、自分で運転するのなんて久しぶりだ。

 仕事をさっさと終わらせたので、時間はまだ夕暮れ時。

 寄り道をする時間はまだあるだろう。

 

「”どこ?”」

「この先に今は使われてない古い要塞がある。放置されてるが軍の管理下にあるはずなのに、人の出入りが――」

「”?”」


 長い話になると勝は呆けた顔をする。

 軍人やりながらマフィアのボディーガード代理までできる癖に、こういうところは抜けてる。

 

「軍の要塞。気になるから」

「”シュヴァリエ” ”心配?”」


 勝にもわかるよう簡潔に説明してやると、あえてぼかしていた本音を容赦なく突き返してきた。

 

(……こいつ、抜けてるくせに妙なところは勘がいいんだよな)


 しかし図星だ。

 今までシュヴァリエの出自など気にも留めていなかったが――もちろん、ある程度の身辺調査はしているが――打ち明けられた過去には気になるものが多い。

 これから向かう古い要塞「フォート・ワズワース」もそのひとつだ。


「別に、厄介ごとに巻き込まれたくねえだけだ」


 一応否定をしておいて、車をフォート・ワズワースへ走らせる。

 そこには海に面した複数の要塞が構えられている。

 数年前にあった世界大戦では大量の兵士と兵器が運び込まれていたが、今は少しの兵が武器の管理に残っているだけ。

 

 だが、そのうちのひとつの要塞に民間人の出入りが確認されているという情報が入ってきた。


「スパイか泥棒か、そんなもんだろうと思っていたが……。軍がカルトと繋がってるなら、何かきな臭えもんがあるかもしれねえ」

「”カルト”」

「ああ、名前は確か――」


 

【深海教団】


 

 少し先に、堅牢な要塞が見える。

 石造りの高い壁は灰色に風化したレンガと切石で組まれ、どっしりと地面に根を張るように建っている。

 海風にさらされた大砲の台座が、今も無言のまま空と海を見据えている。

 そこに至るまでの道には大きな門が構えられ、無言で来るものを威圧していた。


 そしてその門の上に……【The Abyssal Cult(深海教団)】と汚くペンキで落書きされていた。


「”書いて” ”ある”」

「普通に看板掲げてるじゃねえか……」

 

 軍とカルトの関係を公にするか?

 あまりのイかれっぷりに頭が痛くなったが、よく観察すると文字の書かれたペンキの後はまだ新しい。

 まるで、ここに訪れる客のために誂えたかのような……


(俺たちが来るのがばれてるな)


 罠なのは間違いない。

 シュヴァリエを買ってから数年たつが、その間にこんな落書きはなかったと記憶している。

 それが織歌がシュヴァリエと婚約し、奴が軍に戻ってすぐに、きな臭い噂が流れてきた。

 タイミングを見計らったような動きには必ず裏がある。

 

「”ふたり” ”あぶない”」


 勝もそう思ったのだろう。

 車を止めて外へ出ようとした俺の裾を掴み、引き止める。

 「そうだな。今日はここまでにして織歌とシュヴァリエと合流しよう」俺はそう言うべきだったし、喉までその台詞はでかかっていた。


 ――♪


 あの歌を聞くまでは。


 「”うた?”」


 ――――♪♪


 それはネイティブアメリカンの歌だった。

 

 少年期の少し高い男の声。

 ボキャブル(意味を持たない音節)が多用され、長く持続する音が繰り返し反復される。

 (レナぺ族)とは違う歌い方は……北米大平原(グレートプレーンズ)の特徴だ。


 東海岸ではほぼ聞くことのないその歌に、俺は”異常なほど”に惹かれてしまった。


「”ダミアン?” ”どこ行く”」


 勝が制止する声が聞こえるが、ほとんど耳に入ってこない。

 

 頭の中に歌が入ってくる。

 

 見たことも無いはずの、果てしない草原が目の前に広がる。

 幻影だとわかっているのに、その草原を踏む足を止められない。

 

 目の前に広大な草原が広がっている。

 雪解け水を吸って成長した5月の緑の草が生い茂り、色とりどりの花も咲いている。


(……ありえない。もうそんな景色はアメリカに残っていない)


 バッファローの大群が草を食む。

 バッファローと共に生きる民族が、青い空と緑の大地の間にティピー(テント)を建てて暮らしている。


 そのティピーの前に、ひとりの少年がいた。


「……お前が、歌ってたのか?」


 褐色の肌に身に纏っているのは、フリンジと赤いビーズで飾られた、鹿革のマントのような上着。

 枯草色の髪は横だけが長く、後頭部は短く刈り取られた歪な形をしている。

 

「目が見えないのか?」


 瞳の色は薄い灰色で、視線が合わない。

 細い体を支えるように長い棒を持っている。


 声は聞こえているだろうか?

 なかなか返事をしない少年の肩に手をかけようとすると、少年は悪戯っぽく笑って逃げていく。


「おい、待て……!」


 少年は草原を駆けていく。

 その背を追って俺も走り出す頃には、俺はその光景がおかしいとすら思わなくなっていた。


 どこまでも広がる緑の大地を駆けた先、小さな川の向こうに少年はいた。

 そこで立ち止まり、こちらを振り返って笑っている。

 ここまで来れるかを試しているかのように。


(舐めるなよ)


 川は小さく、流れも遅い。

 俺の脚なら簡単に飛び越えられる程度の幅だ。

 助走をつけて少年の元へ飛び出そうとしたときだった――


 ――ゴウウッ!!


 爆ぜる炎のような音と共に、俺の折神(おりがみ)――狼の精霊が目の前に現れる。


「なっ……」


 狼の放つ炎が全身に熱を与える、その熱に我に返った時――目の前にあるのは要塞の縁だった。

 目の前は断崖絶壁。

 俺は縁に手をかけその場から身投げをしようとしていた。


 幻覚だ。


「あはは! これはすげー! この熱はなんです? まさか精霊を呼び出せるのです?」

 

 我に返った時、後ろから声がかけられる。

 

 この場はすでに草原ではなく、白人の残した灰色のレンガの要塞の上。

 だがそこに立っている少年は幻覚と同じ、ラコタ族の伝統的な衣装で鹿革のマントを羽織っている。

 現実と非日常が混じって、どこまでが幻覚なのかわからなくなりそうだ。

 

「キラー・ホエールはてめーに会いたかったです! ブロードウェイの帝王、レッド・ボーン!」

「通称だけで会話するんじゃねえよ。理解し辛えだろ」


 ネイティブアメリカンには誕生名ではなく、出来事や功績によって付けられる流動的な名前を名乗る文化がある。

 つまりこいつの一人称は「キラー・ホエール」で、「ブロードウェイの帝王」は俺のマフィアの功績を示すあだ名で、「レッド・ボーン」は俺に勝手につけられた”功績による名”なんだろう……わかりづらい。


「で、今のは何だ。何のつもりだ?」

「ご挨拶ですよ。レッド・ボーンに牙がまだついてるか確かめてーくて」

「……同族じゃねえが、ネイティブ同士のよしみで見逃してやる。次やったら殺す」

「怒る相手はキラー・ホエールじゃねーでしょう」


 まただ。

 こいつの声が妙に脳に響く。

 抑え込んでいる本能をこじ開けるような声が……


「白人から土地を取り返した。なのにどうして白人を殺さねー?」

「……そんなことが、できるわけねえだろ」

「できる。人はもう集めてる。そして我々にはウヅマナキがついている。あとはお前が号令をかけるだけだ」

「俺はそんなこと望んでねえ……」


 嘘をつくな野蛮人(サベージ)

 お前には白人を憎む理由がある。

 俺はすべて奪われたのに、一人二人殺したくらいで満たされるのか?


「意味がねえ……殺したって、殺しきれない」


 脳が言うことを聞かない。

 俺の理性とは別に、勝手に本能が語りかけてくる。

 

「てめーならできる。レッド・ボーン」


 聞いてはいけない。

 聞いたら元に戻れなくなる。


「レナぺって言うのは、人間って意味だろう?」 


 だが、キラー・ホエールは残酷にもその言葉をつづけた。

 

「”白人を殺し、人間を救え”」

ラスボス軍のひとり、キラー・ホエールが登場しました。

キラー・ホエールのラコタ族は内陸、レナぺ族はニューヨーク付近で暮らしていた部族です。


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