47「滅多メタにしちゃおう」 ★ウヅマナキ
ボクは海に還る。
海の底の底――死の世界はボクの世界だ。
ボクは日本神話の神、黄泉の国から還った伊邪那岐命が禊で払った穢れから生まれた。
常世と死の世界、それを繋ぐ海に住む悪神。
……ああ、難しい話をしたいわけじゃないんだよ。
簡単に言うと、この物語の作者が作った、オリジナルの神様ってこと。
この話は、流し読みをしているキミに話しかけているんだ。
『聞いてくれる?』
――渦津真鳴神という名の、神のことを。
◇ ◇ ◇
〈ただいまあ~。もう大変だったよー〉
海を通れば、まるでワープするように遠いところにも行ける。
ボクはマンハッタンの隣の島、フォートワズワースの砦に帰ってきた。
ここは少し前に使われていた古い要塞で、今は軍の管轄だけどほとんど使われてない。
だから軍のお偉いさんにお願いして、ボクの地上の家にさせてもらっている。
「誰ですかテメーは」
「…………何か御用ですか?」
人が住めるような場所じゃないけど、たまに友達が来てくれる。
ふたりの友人たちは灰色の空間で好きなようにくつろいでいた。
〈ああ、ごめんね……「これで、どうかな?」
だけど今の姿は友達にはわからないらしい。
そうだ、いつもと違う姿をしていたんだ。
ボクは痩せぎすの青白い肌と黒い髪の毛から、少しだけ赤みを帯びた白い肌とアッシュブロンドの髪に変更した。
声も調整すると、僕を訝し気に見ていたふたりの少年はやっと安心したらしい。
「ああ、ウヅマナキさん」
「ただいま。セレストくん」
ひとりはセレストくん。
フランス系の白人で、歳はまだ14歳。
線が細く、男の子としては少し長めの髪の毛と、揺らすだけで音がするような長い睫毛を持つ彼は一見女の子に見える。
でもツンとした性格で、僕を一瞥するとすぐにこの要塞の不衛生さにぶつぶつと文句を言っていた。
「キラー・ホエールくん、異常はなかった?」
「なんもねーですよ。信者は地下で修行中です」
もうひとりはキラー・ホエールくん。
彼はラコタ族のネイティブアメリカンで、16歳。
浅黒い肌に、視力を失った白い目。
枯草のような色の髪には、アメリカの大地に埋まっている金塊を思わせる煌めきが反射する。
彼は目が見えないから、こちらを見ることなく声だけで返事をしてきた。
他にもお友達はたくさんいるけど、セレストくんとキラー・ホエールくんは特に大切な子たちだ。
「で、説明してくれるんでしょうね。さっきの大停電」
セレストくんはしっかり者だ。
ツンとすましながらもこちらを睨み、さっさと情報をよこせと迫ってくる。
「ああ、あれね……たぶんだけど、ヒロインがエンディングを迎えようとしたんだよね」
「なっ……誰とだよですか!」
ボクの言葉にキラー・ホエールくんが慌てる。
寄宿学校から抜け出してきた彼は英語が得意じゃなくて、舌ったらずな口調が可愛かった。
「ダミアン。ゲーム上のメインヒーローはシュヴァリエのはずなんだけどね。そっちから攻略したみたい」
「野蛮人と未開人、地獄みたいなカップルですね」
「セレスト! このグリンゴが! 差別ですよ!」
「あ、あなただって差別用語使ってるじゃないですか!」
「まあまあ」
セレストくんの暴言にキラー・ホエールくんがつかみかかる。
白人とネイティブアメリカンの少年は、彼らの人種の歴史を体現するかのように仲が悪い。
永い時を生きて好きに姿を変えられるボクにとっては、文化や外見の違いなんて些細なものに感じるけれど。
「……で、なんで停電になりやがったんですか?」
「そりゃあ、シナリオの強制力ってやつでしょ」
「シナリオ……?」
これからボクが話すのは文字通りの神視点の話で、彼ら登場人物にはとても信じられないものだろう。
だがそれを信じる者が深海教団――ボクの家族。
「聞いてくれる?」
念には念を入れて彼らの覚悟を試す。
ふたりは互いを掴みあっていた手を止めて、ボクの方へ向き直り……神妙な顔で頷いた。
「この世界は物語なのは、教えたよね?」
「信じてるかはともかく、そう聞きました」
「……日本人は変な神話信じやがりますね」
作者は執筆中に心を病んだ結果、物語の終わりを破滅的な結末……主要キャラ全員死亡で終わらせた。
その後作者はこちらの世界に転生し、ヒロインの父を味方につけてそのシナリオを修正しようとしている。
そして彼らが目指すハッピーエンドとは、ラスボスであるボクを殺すことで達成される。
だからボクは死なないために、ヒロインの織歌ちゃんのハッピーエンドを阻止したいと思ってる。
「作者はハッピーエンドを目指してて、あなたは登場人物のひとりとしてバッドエンドを目指してる……神の脳を覗くような推測ですね」
セレストくんが”詩的”な例えで呟く。
まあ、実際その通り。
世界だの作者だの、舞台裏の様子は舞台の上の僕たちには確かめようがない。
与えられた役割を真剣に演じるだけだ。それがラスボスであろうとも。
「で。個別ルートに行っちゃうと互いの思惑が達成できないので、【シナリオの強制力】で無理矢理修正されると」
「個別ルートに行ったかどうかなんて、なにで判断してやがるんです?」
キラー・ホエールくんが問いにもボクの推測によるひとつの答えがある。
未成年の彼らに言うのは憚られるけど……
まあ、僕から見たら50年程度しか生きない人間なんてみんな赤ちゃんか。
「セックスをするんだよ」
「「セッ……」」
案の定二人は顔を真っ赤にして硬直する。
「恋愛なんてそこがゴールだからね」
「は、始まりでしょう!」
「だって関係が完成したらもう面白味なんてないじゃない」
「そこを面白くするのが愛じゃねーですか!?」
「それができたらいいんだけどね。まあ、セックスしそうになったら停電が起きるって覚えておけばいいよ」
やいのやいの言う少年たちを片手でいなしながら、ボクは大切なことを二人に伝える。
「ボクたちは「破滅ルート」を狙う存在……ゲーム的には、魔王軍って奴だ」
「「おこがましい」」
彼らはあほの作者も知らない、ボクが見つけたシナリオの穴。
この馬鹿な話に風穴を開ける火薬。
セレスト――セレスト・アントワーヌ・マリー・イス。
兄であるミシェル・イス……【シュヴァリエ】の弟で、兄を穢す野蛮人のダミアンに深い憎悪を抱いている少年。
キラー・ホエール――オロワーン・タンカ・ムニー。
白人により家族と視力を奪われた少年。霊力を悪用して深海教団の信者を洗脳、組織を乗っ取った若き教主。
そしてボク、ウヅマナキ――渦津真鳴神。
ぽっと出クソラスボス。そして、全員救済ルートに進むと必ず死んでしまう存在。
「ボクたちはヒロインの物語に反旗を翻す魔王軍。協力して、シナリオを「全員破滅ルート」に導こう」
「「…………」」
少しの逡巡の後、「はい」と2人は答えてくれた。
互いの種族を激しく憎しみ合う白と赤の肌の子供。
そんなふたりが、ひとつの目標で協力している。
こんな美しい光景を、ボクだって作ることができる。
「とりあえずボクたちは人が揃うのを待とう。ダミアン・シュヴァリエ・エンゼル・水虎の登場が、バッドエンドフラグに必要なんだ」
「……でも、彼ら全員と婚約されたらハッピーエンドで、こちらの負け……ですよね?」
「大丈夫! 時間はたっぷりあるからこっちも対策が練れるよ! 46話もかけて2人しか落とせてないんだし!」
「その数え方、すげー気持ち悪くて嫌ですよ」
ひとこと喋る度、右から左から突っ込みを食らうけど気にしない。
ふたりの手を取って、上にボクの手を重ねる。
心を重ねるためには、想いを言葉にしないとね。
「ラスボスチートの魔王の力で、主人公軍をめっためたにしちゃおう!」
メタ全開の裏話。敵の輪郭がやっと見えてきました。
次回からエンゼル編に入ります!
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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。
次回は8/27(水) 21:10更新です。




