45「Famille」 ★シュヴァリエ
――遅いな。
バーレスクの裏口に車を止め、その前に立って織歌の父である勝を待つ。
だが、彼はなかなか出てこなかった。
他の従業員や踊り子たちが何人も裏口から出てくるが、その中にアジア人の姿は見当たらない。
勝は黒髪に浅黒い肌、傷だらけの顔と特徴的過ぎる外見で、他の人間と見間違えようがない。
何より”私”は見逃さない。
(まさかあの男、売られたんじゃないだろうな)
この店はもともとダミアンの師であるサルバトーレ氏――マフィア管轄の店で、閉店後に売春を斡旋している。
サルバトーレ氏は野良犬同然だったダミアンにマフィアの名前と格式を与えたゴッドファーザーであり、厳しい人物だ。
成長のため、子を千尋の谷に突き落とす獅子でもある。
この仕事も、売られる危険はあるがそれを乗り越えれば働き口が手に入るという、リスクのあるものなのだろう。
(で、奴は失敗したか……)
中に入って確認するしかない。
私は小さくため息をつくと、看板のしまわれた表の入り口に回り、スタッフに声をかけた。
「紹介がないんじゃ困りますよ、お客さん」
私は紹介もない突然の客だ。
門番は当然、入店を断った。
「そこをなんとか。お願いします」
私は困ったような顔を取り繕い、まっすぐに門番の瞳を見つめる。
門番の瞳が大きく見開かれ、その中に自分の姿が見えた。
自分の姿が美しいと分類されることは理解している。
昔から目を見て話すとすべての要求が通るのだ。
この外見は呪いのように私にまとわりつきながらも、祝福も授けてくれる。
「……わ、わかりました。特別ですよ?」
門番もまた、私の外見に惑わされて要求を呑んでくれた。
◇ ◇ ◇
閉店後、少人数のVIP客のみで行われる闇オークションは扇情的な色のランプに彩られた薄暗い室内で行われていた。
ダミアンの店と違い、ここの客層は白人がメインだ。
ベルベット椅子に貴族のように座る白人の下に、買われた奴隷――店の特色かアジア人の男が多い――が犬のように地面を這っていた。
(ボスはこういう場を嫌がるから、私ひとりで来てよかった)
適当な椅子に腰かけると、手の空いていた奴隷が足元を這って媚びてくる。
接待は不要なので適当な金を渡してあしらいながらあたりを見回すが、勝の姿はない。
まだ登場していないのか、すでに買われて部屋に行ってしまったのか……
(私も、こういう場で売られていたな……)
欲望とたばこと香水にがむわりとにおい立つ空間に吐き気がする。
かつての私も、売り物として扱われていた。
人生をかけて築き上げた経歴はただのラベルと化し、生まれながらに持った外見だけを評価される、自分というものがあっさりと崩れていく。
だが、その時の私はもう屈辱すら感じなかった。
人も、自分さえも、私のことを惜しんではいなかったのだから。
【特別なショーの一番手を飾るのは、オリエンタル・ドラゴン──刺青のファミリアを、今宵あなたのものに!】
――だが、彼には大切な家族がいる。
案の定、勝は英語を話せないことをいいことに売り物にされていた。
売られていることに気づいていないのか、卑猥なポーズを舞台で取らされても、勝はきょとんとした顔をしたままだった。
(……劇場でエンゼルに襲われた時もこんな顔をしていたな)
そもそも、多少の警戒心があれば防げた事態だろう。
だが勝には常に隣に居て愛を捧げてくれる家族がいて、その優しい愛情が警戒心を奪っている。
愛を知った彼はただの父であり、二度と騎士には戻れない。
【全身全霊であなたを愛しぬく……それでも、不安かな】
勝のことを考えると、織歌の顔が浮かぶ。
――彼は織歌にとって、とても大切な人だ、穢すわけにはいかない。
【要は、新しく恋人を持つのが怖いってことか】
――ちがう、私はそんな高尚なことは考えていない。
ダミアンの言うとおりだ、私はただ恐ろしいだけだ。
【織歌が求めてるのは婚約だぜ。家族だ。命を失っても絆は消えない。な?】
――それは、お前たちの考えだ。
命が尽きればすべて終わる。軍人ならだれもが知っていることだ。
【シュヴァリエ。私の家族になってくれないか】
私は、あなたの家族には……なれない。
あなたを失いたくない。
あなたを失わないために、ぬくもりを失った鋼の鎧でいたい。
(……本当に、それでいいのか?)
頭の中で先ほどの会話が浮かんでは消えていく。
それぞれになんと言い訳を立てても、迷いが消えることはなかった。
「見せつけろそこを」
(なにをしているんだ、あいつは……)
ぼんやりとしているうちに、勝はどんどん阿呆みたいなポーズに代わっていく。
見ていられない……まずは彼を助けよう。
扇情的なヤクザの姿に会場はざわつくが、まだ値踏みしている状態だ。
適当に金を払って買ってしまおう。
そう思って私が手を上げようとしたとき――
「……買った。言い値でいいよ」
「ま、待て……!」
――金縁眼鏡の男がさっと手を挙げる。
勝がこんなすぐ売れるとは予想外だった。
慌てて競りに参加しようとした時、ブツリと停電が起きた。
(こんな時に……!)
最悪のタイミングで起きたハプニングを、隣の男はうまく利用した。
スーツの衣擦れの音がしたかと思うと、器用にも人と障害物をよけて男は舞台へ向かう――勝を奪いに行ったのだ。
(勝、頼むから、うっかり殺すなよ……!)
勝は温厚な男だが、瞳には日本刀のような殺気が漲っている。
無法者に対して何かトラブルがあれば、容赦なく人を殺しかねない。
もはや金縁眼鏡の男と勝どちらを心配しているのかもわからないまま、暗闇の中で泳ぐように人をかき分けて二人の後を追った。
らしくなく、非常に焦っていた。
この国では有色人種が白人を殺せば確実に死罪になる。
たとえ法がその不条理を否定していても、裁判員はそう判断する。
守らなければ。
愛しい人の父親を。
シュヴァリエの想いとは別に、物語は謎の方向へ動き出します。
次回、ウヅマナキとの邂逅です!
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