43「GOODEND」 ★海神織歌
――寂しい。
現在深夜0時。
父は夜間学校の後、家に戻ることなく仕事に向かってしまった。
海魔討伐のない日の私の仕事は朝七時半に始まり夕方五時に終わる。
父の夜間学校が夕方六時始まりだから、今日父と会話できたのは朝と退勤後のほんの少しの時間だけだった。
「勝、バーレスクのボイラーマンだって? シュヴァリエ、場所わかるか?」
「|The Honey Trap、現オーナーはリコです」
「ああ、ドム爺さんの店か……なるほどね」
夜に女一人では危険だろうと、今日はダミアンとシュヴァリエが様子を見に来てくれた。
軍に手配してもらった高級アパートのリビング――ひとりには広すぎるこの場所も、3人いるとにぎやかなものだ。
夜の静寂に落ち着いた男性たちの声が響いて心地よい。
ここに父がいれば、まるで家族の団欒のようになっただろうに……
「……寂しい」
「はいはい。ほら、来な」
思わず口から本音がこぼれてしまうと、ソファに座っていたダミアンが両手を広げて待っている。
寂しさを埋めるように彼の胸元に飛び込むと、昼とは違う香水の匂いがした。
仕事終わりに一度シャワーを浴びてきたのだろうか。
「……私は廊下におります」
「野暮いうんじゃねえよ。そこにいな」
いちゃつく私たちを見て、シュヴァリエは静かにその場を後にしようとする。
それは従者としては正しい姿だが、ダミアンは許可しなかった。
「シュヴァリエ、あなたも来て」
「……レディ、やめてください」
私は片手をシュヴァリエに差し出して彼を待つ。
だがシュヴァリエは青白い肌をほんの少しだけ赤く染めて、目を閉じて断られた。
(照れてる……脈はあると思うんだがな……)
私は先日シュヴァリエに思いっきり振られた……だが、納得いっていないので時々こうやって彼を試す。
シュヴァリエのガードは固い、が、私も諦めが悪い。
お互い好意があり、ダミアンも父もそれを許してくれている。なのに何故、私たちの間には壁があるのか。
「あの……好き好き同士でなんで私は振られたんだ?」
「もうちょっと上手く聞き出せよ、だせえな……」
思い悩んでいても仕方ない。
直接シュヴァリエに問いただしてみると、腕の中のダミアンが呆れたように突っ込んできた。
「だって私が振られる意味が分からないじゃないか」
「自己肯定感のバケモンが……そういうエラソーなとこが嫌なんじゃねえの?」
「あなたはそれを好きだと言ってくれた」
「そりゃ、大好きだよ」
ダミアンと軽口で言い合いをしていると、シュヴァリエは音を立てずその場を後にしようとした。
危ない危ない、逃げられるところだった。
今の話題の主役は彼なのだから、スポットライトを彼に戻そう。
「すまないシュヴァリエ、あなたを置いて話し込んでしまった。どうか逃げないでくれ」
「…………はい」
逃げようとしたことがばれて、シュヴァリエは気まずそうにしていた。
軽く眉を顰め、静かに目を瞑る。
些細な表情の変化だが、それでも今までの彼なら絶対に見せてくれなかった顔――私たちの関係に少し変化ができている証拠だった。
「同時交際と言っても、ひとつの愛を半分にするわけじゃないつもりだ。全身全霊であなたを愛しぬく……それでも、不安かな」
「身に余る光栄なのですが、私にはもったいないお話です」
「それは、あなたの倫理観や宗教によるものか?」
「いいえ、私はそこまで立派な人間ではありません」
人の考えや倫理はそれぞれのルーツによって異なるものだ。
もし彼が拒む原因が彼を形作る文化によるものであれば無理強いはできない。そう思っていたが、どうやら違うようで安堵した。
「……私には婚約者がいました」
「そ、うなんだ……」
シュヴァリエの思わぬ話に動揺して声が裏返る。
頭上でダミアンが「だせえな」と言っていたが、実際みっともないので反論できない。
彼は神話の神の彫刻のように美しく、控えめだが豪胆な面を持つ益荒男で、実家も裕福な上流階級らしい……となれば当然、素敵な出会いもあっただろう。
シュヴァリエに想い人がいたという事実に、心臓を氷で貫かれたような気分だった。
「しかし意味もなく軍に逆らい、闇に堕ちた結果すべてを捨てました。私には何かを得るような資格はなく、それを失う恐怖に勝つ覚悟もないのです」
「要は、新しく恋人を持つのが怖いってことか」
シュヴァリエの言葉に真っ先に反応したのはダミアンだった。
「……そういうことです」
「織歌が求めてるのは婚約だぜ。家族だ。命を失っても絆は消えない。な?」
「あ、ああ……そうだな」
家族――イタリア語訛りの単語が脳の深くに響く。
あまり考えてはいなかったが、確かに、私は愛を確かめ合う恋人ではなく永遠にともにいる伴侶としてシュヴァリエを求めていた。
「シュヴァリエ。私の家族になってくれないか」
ダミアンの胸から離れ、シュヴァリエの前に立つと、私は再び彼に告白した。
身長の違いがあるため目線はすぐにはあわない。
だが下から見上げるシュヴァリエの顔は、眉に深く皺を刻んで目を瞑っていた。
「…………どうか、時間をください」
「わかった。いつまでも待つよ」
そして、いつもとは違う言葉で応えてくれた。
彼らしからぬ、黒とも白ともつかぬ灰色の返答。彼の心は揺れている。
「ちょうど勝の仕事が終わる時間だ。迎えに行くついでにひとりで考えな」
ダミアンは時計に目線を向ける。
知らぬ間に時間は深夜1時になっていた……そろそろ父の初勤務が終わる時間だ。
「わかりました」シュヴァリエはそう言うと一礼し、扉を開けて出ていく。
ダミアンの護衛はどうするのかとは聞かなかった――当然、私が守るが……、彼の心は揺れ、平時の思考ができなくなっている。
それがいい変化であることを、私は願うしかなかった。
◇ ◇ ◇
シュヴァリエがいなくなると、部屋が静寂に包まれる。
音のしない空間で、互いの小さな息の音だけが静かに聞こえた。
――ダミアンと2人きりだ。
そう思うと心臓が跳ねた。
シャワーを浴びたばかりであろうダミアンからは仄かな石鹸の香りと、香水の甘い匂いがする。
静かな息、仄かに甘い匂い、熱を帯びた黒い瞳、厚い掌――
「織歌……」
――そして、火のように熱い舌。
いつもと違う彼を五感で感じて、身体ごと溶けてしまいそうだった。
「ダミアン」
唇を離すと、3人掛けのソファにダミアンを横たわらせる。
いつもは人の上に立つブロードウェイの帝王が私の下に組み敷かれているのを見て、何とも言えない高揚感に体が熱くなる。
離れてしまった唇が寂しくて、彼の上に体を重ねて再び口を犯す。
ダミアンの温かい手が、ワンピースの隙間を割って太ももを撫でる。
「愛してる……」
【GOODEND】
――どちらからともなくそう囁いた瞬間、電気がブツリと切れた。
「うわっ!?」
「……なんだ、停電か?」
――♪♪
突然のことに慌てて体を離す。
あたりは真っ暗だが、どこかの家でレコーダーがかかっているのか静かな音楽だけがあたりに流れている。
「ヒューズが飛んだかな……」
「いや、外も真っ暗だ。一斉停電だな」
「……ろうそく、取ってくるよ」
途中までいい雰囲気だったが、もうこの先には進めなさそうだ。
がくりと肩を落として非常用のろうそくを探そうとすると、背後からダミアンに抱きしめられる。
「拗ねるなよ。お前と結ばれる前の時間も、もっと堪能したい」
「拗ね……そういういい方したら、私がすけべみたいじゃないか」
「最高じゃねえか」
突然の停電に窓の外では人が大騒ぎしている。
暗闇の中の喧騒をBGMに、私はダミアンと静かにキスをした。
◇ ◇ ◇
>> EXECUTE: ScenarioBranchCheck
>> STATUS: Initiating...
[System] シナリオ分岐チェック開始…
[Check] 条件判定: FLAG_GOODEND → False
[Check] 条件判定: ITEM_SPECIAL_TOKEN → Missing
[Error] 条件未達: Event_SecretDate_Orca not available.
[System] イベント「ダミアン編GOODEND」はロックされています。
ゲームは淡々と進み、ゆっくりと狂っていきます…
気になる方は、ぜひ次回も読んでみてください!
感想・評価・ブクマが本当に励みになります!
【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。
次回は8/18(月) 21:10更新です。




