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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第一部【攻略編】第五章・三人目「堕ちた海軍将校」攻略

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42「up there」 ★海神勝

「てめえがボーイか、ドムに聞いてるぜ」

 

 翌日の夜間学校の後、俺はドムに指定されたバーレスクの劇場に来ていた。

 新人のボイラーマンが来るということはドムがすでに話を通してくれたらしく、裏口には支配人が待ち構えていた。

 

「”よろしく” ”お願いしやす!!!!”」


 人としてまずはしっかりとした挨拶をしよう。

 俺は足を広げ腰を落としたまま上体を深く折り、両手は前で重ねる。

 “頭は下げるが、膝は折らぬ”――古い任侠者の礼儀だった。


「うるせっ! ドムのやつまた若いだけのガキ連れてきやがって!」

「”名前は” ”マサル・ワダツミ” ”です!”」

「あー、ボーイでいいだろ。変な名前しやがって」

 

 当たり前だが、俺のようなごろつきは歓迎はされていないようだ。

 次に名前を伝えるが、ドムと同じく本名を呼ばれることはなく”ボーイ”という名前で収まった。


(ダミアンとシュヴァリエは、この呼びづらい名前を呼んでくれてるんだな……)


 交友関係が広がることで娘の婚約者とその候補たちの性格の良さが浮き彫りになる。

 あの子が選んだのがあいつらでよかった。

 俺もあの子の家族だと胸を張って言えるよう、どうにかこの仕事をやりきらなきゃなんねえ。


 ◇ ◇ ◇


 「これがボイラー。火を焚いて建物に蒸気を送る、劇場の心臓だ」


 ボイラー室は地下二階にある。

 華やかな一階から遠く離れ、地下の世界にある鉄の扉を開けると、そこはまるで地獄のような熱気に包まれていた。

 巨大な鉄の塊がゴウンゴウンと低く唸っている。火口からは赤く揺れる炎がのぞき、背後では水蒸気の圧がシュウッと鳴る。


「お前は下っ端だから馬鹿でもできる仕事をくれてやる。今から教えることを一回で覚えろよ」

「”ゆっくり” ”喋れよな!”」

「てめえが英語話せるようになれ!」


 すさまじい熱気に喋っているだけで喉が焼かれそうなので、説明中は鉄の扉が閉じられる。

 その間も中には別の作業者がいるようで、彼らは汗だくになりながら、新人の俺を扉が閉じられるまでじろじろと覗き込んでいた。


「……ヤクザ?」

「……だな…………買われると思う……」

 

 ――何か言っているようだが、吠えるようなボイラーの音でよく聞こえない。

 そうこうしているうちに鉄の扉は大きな音を立てて閉じられた。


「お前の仕事は――」

 

 仕事の内容は新入りでもできる単純なものだった。

 石炭を運び、炉にくべる。

 圧力計と水位計を見張る。異常があれば班長に知らせる。

 灰・煤・煙突の掃除――単純で評価されず、だが、誰かがやらなければ動かない仕事。


(堅気の仕事だ)


 この仕事は重労働で、賃金も安く、体も汚れるという最悪の部類の労働だろう。

 だが生まれて初めてやる”堅気”の仕事に、心が揺れるような感動がある。

 やくざ者だった俺が、娘のために堅気の仕事ができる――それが何より嬉しかった。


「以上だ。いい子にしてりゃ、”上”にもっといい仕事を斡旋されるかもな」

「”がんばります”」


 支配人は意味深な言葉を残して去っていく。

 残された俺は鉄の扉――地獄の窯の入り口を開けて熱気の中へ足を進めた。

 

「おい、あんた日本人か?」

「”はい”」

「やったな、俺の予想的中だ! おいケン、飯おごれよ」

「クソ! またジムの勝ちかよ!」

 

 石炭をスコップでくべる作業に取り掛かっていると、同僚たちが話しかけてくる。

 どうやら勝手に俺の人種で賭けをしていたようで、俺の答えを聞いて勝ったの負けただの騒いでいる。


「言ったろ? ここは日本人が高く売れるって。でもこいつは変な目してるから混血かもな」

「”売れる?”」

「馬鹿! 余計なこと言うな!」


 ジムがへらへらと笑って俺をからかったかと思うと、もう一人のケンが慌てて彼の口を抑える。

 不穏な単語がいくつか聞こえた気がするが、俺の英語力ではすべて理解しきれない。

 ケンとジムを睨んでみるが奴らはそれ以上喋ることはなく、それぞれ持ち場に戻ってしまった。


 ◇ ◇ ◇

 

 ボイラーの火口が唸るたび、全身が熱に包まれる。

 俺は黙々と石炭を運び、炉にくべていた。

 じっとしていても背中から汗が流れる。目尻の汗が煤を巻き込み、頬をつたってぬるりと落ちる。

 汗を吸った作業着が体にまとわりついて気持ち悪かった。


「ボーイ!」

 

 体中汗まみれになっているとジムが話しかけてくる。

 彼は上半身裸の状態なのに、上着を脱ぐ手真似をしている……俺も脱いでもいいということだろうか。

 たぶんいいはずだ……俺は恐る恐る作業着のボタンを外し始める。

 一番上、次、また次と、ゆっくり……ジムは親指を立てて笑っているので、脱いでもいいという合図だったようだ。

 許しを得たので一気に服を脱ぐ。汗だらけの上着も、下に着ていたシャツも脱ぎ捨てると、後ろから「おおー」と声が上がる。


「Dragon Back!」

「YAKUZA!!」


 ドラゴン……何とか。

 さすがにドラゴンの意味は分かる、龍だ。

 おそらく俺の刺青のことを言っているのだろう。

 くーるだのなんだの言われているが、ほめているのがわかるので悪い気はしなかった。


「休憩だ。お前ら」


 鉄の扉が音を立てて開かれたかと思うと、外の涼しい空気がすうと地獄の窯の中をすり抜ける。

 風の元を振り返ると、背中越しに支配人の姿が見えた。


「ほう、刺青か」


 支配人は白い手で俺の背中をなでる……ぞわりとした感覚があるが、目上の人間に逆らうわけにはいかないので我慢する。


「よく肌になじんでいる。いい色だ……うん、これなら売れる……」

 

 よくわからないが褒めてくれているようだ。

 口が下手なせいで、誉め言葉にうまい返答が出てこない。

 つつ……と背中を指がなぞるくすぐったさもあり、俺は曖昧に笑った。


「顔もいいな。傷があるのも、ヤクザならむしろポイントだ」

「”へへ……”」


 支配人はよくわからないことをしゃべり続けるが、ほめられ続けて悪い気はしない。

 頬をかいて笑っていると、耳元でささやかれる。


「休憩後は”上”に来なさい」


 上? 一階のことだろうか。

 俺がこくりとうなずくと、後ろでケンとジムの喋り声が聞こえる。

 

「ほら、売られた」

「クソ、またジムの勝ちかよ!」


 また賭け事をしているようだ。

 何を賭けているのかは、やはり俺にはわからなかった。

言葉の通じない環境で謎の追加オファー…パパはどうなるのか。

気になる方は、ぜひ次回も読んでみてください!


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