40「All I ask of you is...」 ★海神織歌
「私は汚い人間です」
シュヴァリエの白銀の髪が、雲間の月に照らされて煌めいている。
小舟が揺れる度に少し長い彼の髪が静かにたなびいて揺れる様は、まるで地上で羽を休める天使のようだった。
「海軍将校という地位に驕り、それを失った後はダミアンの下につくことで惨めさを演出していました。私を貶めた者に穢れた白人を見せつけたい、そのためだけに」
彼は今、シュヴァリエではなくミシェル・イスに戻っている。
ダミアンの従者という仮面は無く、むき出しにされた白い心が剣のようにダミアンを貫く。
だが、ダミアンは怒ることもなく静かにシュヴァリエを見ていた。
◇ ◇ ◇
「――ダミアンは完璧な野蛮人だった」
シュヴァリエは、まるで自分に語りかけるように、ゆっくりと話しはじめた。
粗野で乱暴で残酷な赤い骨。
彼に従う白い騎士でいることが、私の復讐だった。
人は皆私を見て絶望する――白人が先住民に屈したのだと。
それは私にとってもダミアンにとっても望んでいた景色。私たちは共犯だった。
……それなのに、海神織歌という人が現れてダミアンは変わってしまった。
彼女はまるで物語を正しく導くヒロインのように、闇に染まったダミアンの心を救い、光の下へと導いた。
ダミアンは変わった。憎しみだけに突き動かされていた彼はいなくなり、人を愛するようになった。
それは、野蛮人のすることではない。
ダミアンの物語は、織歌によって変わってしまった。
私ひとりだけ復讐劇の舞台に取り残されている……そこで私は、何をすればいいのかわからない。
私は、自分を見失っている。
◇ ◇ ◇
「軽蔑してくれましたか?」
シュヴァリエはそう言って会話を締めた。
それは皮肉ではなく、心からそう望んでいるようだった。
「しないよ。あなたが何者でも、私は構わない」
私が言葉を返すと、それまで一切表情を変えなかったシュヴァリエが顔をゆがませる。
「……その言葉が、私をおかしくする…………私は……」
彼の体がやっと、複雑な感情に追い付けたかのようだった。
「私はあなたを蔑んでいます。あなたを憎んでいます。それなのに……」
シュヴァリエは青い瞳を揺らしてためらいがちに、しかし、しっかりと言葉にした。
「あなたを愛しています。私があなたに望むのは――私と生きてくれること」
それは、私にとって予想外の言葉だった。
私とダミアンの関係の変化をよく思っていないことはわかっていたが、まさか海魔と同じことを言ってくるとは……
「わ、私は……」
なあなあでダミアンと父のふたりの婚約者、などと言っていたが、正式な恋人はダミアンだけだ。
ダミアンを愛している。彼を裏切ることなどできない。
「ダミアンとあなたの仲を引き裂きたいわけではないのです。ただ、伝えたかった……どうか忘れてください」
そう言っているシュヴァリエの瞳は溶けそうな氷のようだった。
彼の手を振り払えるほど……私はもう彼に無関心ではいられなかった。
『お前もあいつを好きになってるんだろ?』
硬直する私の耳元に聞き慣れた日本語が聞こえてくる――父だ。
『二股が良くないなんて常識にとらわれるな。お前はヒロインだろ』
『いや、いくら何でも……!』
父はこそこそと耳打ちしたかと思うと、とんでもないことを言ってくる。
返答に困っていると、父は金色の瞳で私を覗き込み『俺に任せろ』と言って私の前に立った。
な、なにをする気なのだろう……
「”うちの子と” ”同時に” ”交際してよ!!”」
父は最も礼儀正しいとされるお辞儀……最敬礼で腰を直角に曲げると、ダミアンとシュヴァリエに拙い英語でとんでもないことを言い放った。
「止めてくださいよ!!!」
「”止めない!”」
慌てて父を押さえつけるが、この男、岩のように固まって体を最敬礼から動かさない。
もう折神を出すか……? と胸元の折り紙に手を書けようとした時――
「俺はいいぜ、何股でもよ」
――ダミアンの静かな声があたりに響いた。
「いや、ダメに決まって――」
「神父は静かにしてまちょうね~」
私より先にエンゼル神父が異を唱えるが、ダミアンは軽々とエンゼル神父の口を押さえつけて赤子のようになだめる。
「さ、三人の婚約者なんて……アガペーじゃなくてただのエロスでしょう! 神が赦しませんよ!」
そういえばエンゼル神父には父のことは伝えていなかった……
彼から見れば私はダミアン・父・そしてシュヴァリエと付き合おうとしているとんでもない女に見えるだろう。
「俺が許してんだよ」
ダミアンはエンゼル神父をいなしながらも、まっすぐに私の目を見つめる。
黒曜石の瞳は月に照らされて、私の姿を映す。まるで吸い込まれるような気分だった。
「俺はもう織歌以外好きになれねえんだ……だから織歌の好きにしろよ。単純に考えろ。お前はシュヴァリエに何を望むんだ?」
(私がシュヴァリエに望むもの……)
彼の悲しげな瞳を見て手を取りたいと思う。
彼の美しい瞳をいつまでも見ていたいと思う。
彼の望みを――共に生きるという未来を、見てみたいと思う。
「私はきっと、あなたを好きになりかけている……」
声になった言葉は、私の本心だった。
「私はダミアンを愛してる。それは変わらない。でも、同じくらいの熱でシュヴァリエを想っている……」
私は何を言ってるんだ……
波に揺れる小舟が地面を揺らして、現実感のない浮ついた気持ちになる。
だがこれは現実で、私は伝えなければならないことがある。
「シュヴァリエ、あなたを愛しています。どうか私の婚約者になってください」
父と同じように私も最敬礼で頭を下げる。
シュヴァリエの顔は見えないが、息をのむ音が聞こえた。
「お断りします」
「「「え……?」」」
だが、シュヴァリエの答えはこの場の誰も予想だにしていないものだった。
「同時交際など狂気の沙汰です。私は身を引きます」
「……振られるんですか、この流れで」
全員が声に詰まる中、エンゼル神父だけが冷静につぶやいた。
シュヴァリエ攻略失敗か!?
気になる方は、ぜひ次回も読んでみてください!
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