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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第一部【攻略編】第五章・三人目「堕ちた海軍将校」攻略

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36「自分を見失っている」 ★海神織歌

 夜の潮風が肌を撫でる。

 海魔討伐のために用意された武装した民間船の中で、私たちはダミアンとシュヴァリエを待っていた。


【|Je me perds《ジュ ム ペール》...】


 あのダンスマラソンの後、彼は私にそう囁いた。

 フランス語で囁かれた言葉の意味は私にはわからない。

 だが触れれば溶けてしまう氷のような儚い声に、私の心は囚われていた。


「”来た”」

「……本当だ。よく見えますね」


 父が指し示す遥か先にダミアンのものと思われる車らしきものが見える。

 かなり遠い位置で、ライトも付けていない車だが、父の金色の目にははっきりと見えるようだ。

 しばらくするとふたつの影が世闇に浮かび上がる――ダミアンとシュヴァリエだ。

 私は大きく手を振ってふたりを迎え入れた。


 ◇ ◇ ◇

 

「忘れてるかもしれないが我々は琅玕隊だ。今日は沖に出て海魔討伐を行う」

「いや、忘れねえよ」

「”俺は” ”忘れてた”」


 巨大な旅客船と違い、小さな船はよく揺れる。

 油断すれば夜の黒い海に落ちてしまう可能性があるが、救命胴衣はあえて付けない。

 琅玕隊の隊員であれば落下の際に救命胴衣で浮いているより折神(おりがみ)で救った方が早いからだ。

 例えば――

 

「で、なんで神父はずぶ濡れなんだ?」

「……船に乗り込む時に……落ちただけです」


 ――ダミアンとシュヴァリエと合流する前に落下したエンゼル神父を助けたように。

 エンゼル神父の足元のおぼつかなさに不安はあったが、彼は期待を裏切らず乗船時に足を滑らせ海に落下した。

 とはいえ海魔討伐の任務に就くだけあって泳ぎには心得があるらしく、私の折神に上手く掴まってすぐに船に戻ってきた。

 

(まあ、服だけはびっちょびちょなんだが……)


 風邪をひきそうなので、私の軍服の上着を被せておいた。


「……前から思ってたんだが、結局アンタなんなんだ? 従軍聖職者でもないだろ?」

「私は琅玕隊ですよ。織歌さんがいらっしゃる前の対異常実体特別拘束班、特務E班から……」

「異常者の追い出し部隊、通称Hell Sub(地獄の予備隊)ですよ」

 

 ダミアンとエンゼル神父の会話にシュヴァリエが割り込んでくる。

 寡黙で自分の立場をわきまえているシュヴァリエらしからぬ挙動……ダミアンが一番驚いたのか、目を見開いてシュヴァリエを見つめていた。


「あなたもHell Sub(ヘル・サブ)にいたのか?」

「ええ。私ははねっかえりの無能でしたから。上官にも嫌われていました」

「とてもそうは見えないな」

「上官には少し問題がありました。ミシェルは大変優秀な方ですよ」


 エンゼル神父の言う「ミシェル」という名はたしか、シュヴァリエの本名だったはずだ。

 私はエンゼル神父とシュヴァリエの関係も、シュヴァリエの名前も、私は知らない。

 彼がダミアンの部下という存在だけであるならば、知らなくていいことだったのかもしれない。

 だが今は違う。


(彼は私に言葉を残した。だから私は彼を知りたいと思った)


 今日の任務を通して彼を知る――そのために彼に来てもらった。

 

シュヴァリエ(騎士)というのは本名じゃないんだろう?」

「ええ。ボスに付けていただきました。本名は……」


 シュヴァリエはダミアンに視線を送る。

 本名を明かしていいかどうかすら、ダミアンがコントロールしているようだ。

 ダミアンが頷いたのを見て、シュヴァリエは再び私に向き直る。


(……綺麗な顔だ)


 なるべく意識しないようにしていたが、シュヴァリエの瞳を見るとダンスマラソンの時を思い出す。

 薄い唇に包まれて、厚みのある舌がじわじわと侵食してくる。

 まるで冷たい海に落ちた時のように息が止まって、体の芯から熱くなる――溺れるような口づけだった。

 

「ミシェル・イスといいます」

「そ、そうか……。まあ、私はシュヴァリエと呼べばいいのかな……」

「お願いいたします」

 

 シュヴァリエの声に正気に戻る。

 いつまでもぼんやりしていられない。


「今回の海魔は言語型だ。幻惑を得意とし、音の届きやすい漁船などの小型船を狙う。全員気を付けるように」

「”大きくは” ”ないのね”」

「大きさは人間と同じ程度。逆に言うと人化けが上手いので、上級に近づきつつある存在だ」


 今回の敵は少し厄介だが、討伐するには今がこれ以上ない好機だ。

 沖の船上ともなれば軍の盗聴器であっても機能しない。

 軍と何らかの問題を抱えているシュヴァリエの話を聞けるし、確かめたいこともある。


「Mrワダツミ、あなたが操縦を?」

「”ちょっとしか” できない” ”俺は”」


 シュヴァリエが父に話しかける。

 どうやら父がこの船を操縦すると思っているらしい。

 ちなみに父の言う”ちょっと”は本当にちょっと……船が沈没しない程度であることは確認済なので、有事以外は触らせたくない。


「私がやる……というか、私しかできないしな」

「……それは、失礼しました」


 漁船を襲う海魔を誘うため、船も漁船に偽装してある。

 本来はそれなりに良い船なのだが、サビやペンキでボロに見えるよう塗装をし、飾り物でしかない漁具を乗せている。

 私は操舵室に入り、エンジンの操作盤に手を伸ばす。


「チョーク、引いて……燃料、よし」


 燃料弁を開き、チョークを引いて混合気を濃くする。スターターを握りしめて――


 「……いくぞ」


 ぐるん、とスターターハンドルを一気に回す。

 金属の噛み合う轟音が響き、しばらくして「ドン、ドドン!」という重たい爆発音と共に、エンジンが震えながら目を覚ました。

 背に振動が伝わり、静かな港が低いエンジン音に包まれる。

 海魔討伐のため人払いをしてある場所へ、船はゆっくりと進んでいった。

 

「素晴らしい操縦です」

「海軍なら普通だろう。私は卒業したてだからな、訓練で散々やらされたばかりだ」

「……訓練内容はあまり変わらないんですね」

「イギリス式だからな。アメリカも近い部分が多いんじゃないか?」


 私の操縦に最も興味を持ったのはシュヴァリエだった。

 ――というか、ダミアンは苦手な海に出てそわそわしているし、父はそんなダミアンにかかりきり。

 エンゼル神父はいまだに父を警戒していて喋らないせいで、私と話してくれるのがシュヴァリエだけという状態なだけなのだが。

 

「女性で士官学校は大変ではなかったですか?」

「そりゃ大変だよ。戦闘訓練なんか毎回ボコボコだ」

「それは……女性に容赦ないですね……」

「でも数字は得意なんだ」

「では経理はお得意でしょう」

「ああ、江田島の金庫番とは私のことだ――」


 寡黙な印象に反して、シュヴァリエは会話が上手かった。

 聞き上手で気持ちよく私の言葉を引き出し、静かに相槌を打ってくれる。

 頷くたびに揺れる長い睫毛の下に透き通るような藍色の瞳、白磁の肌……成人男性の例えとしてはふさわしくないが、フランス人形のような美しさがあった。


 ――――♪


 だが、楽しい会話は長くは続けられない。

 しばらく沖に出ると、エンジンの騒音に紛れて歌声が聞こえる。


「全員、戦闘準備!」


 それまで弛緩していた空気が、私の声でピンと張りつめる。


「海魔だ!」

シュヴァリエと微妙な関係のまま海魔討伐が始まります…!

次回はシュヴァリエ過去編です!


感想・評価・ブクマが本当に励みになります!

※8月の間は

【毎週 月・水・金・土 / 21 :10更新】の週4更新予定です。

次回は8/8(金)21:10更新です。

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