33「ダンス・クレイズ」 ★海神勝
――今、何が起きているのだろう。
織歌に言われるまま着替え、スピークイージーに来て、組分けをしたと思ったらダミアンと向き合って手をつないでいた。
”ダンス”で勝負をつけるというところまでは理解できたのだが、何故俺はダミアンと踊ることになっているのか。
なんだか白熱しているので、話を切り出せないまま時の流れに身をまかせていたら、ダミアンの足が股の間に入り込む。
危ない、と避けようとした瞬間にさらにグイと体を押され――
「ぎゃっ――!!」
大外刈りを食らったような体制のまま、俺は床にひっくり返った。
その様子を見て観客がわあわあと沸き立つ。
織歌と目が合うが、すでに”何か”が始まっているのか、間に入ってくる様子はない。
「しっかりしてくれよ、パパ」
ダミアンが呆れたように手を差し伸べてくれる。
何が起きたのかもわからないまま手を取り立ち上がると、ぼんやりした俺の顔を見て恐る恐る聞いてきた。
「……おい、ダンスしたことないとか言うなよ?」
「”何?” ”ダンスって”」
「……そうか、そうだよな…………」
俺は20年も前に死んだ田舎のヤクザだ。
都会の遊び場も最新の流行も知っているわけがない。
ダミアンにもそれが理解できたのか、大きくため息をついたまま俺の両手を取って乱暴に降る。
「音に合わせて体を動かす」
「”それは” ”わかる”」
「ペアで踊る……ふつうは男女だが、同性で組むこともある。最後まで踊れてたペアの勝ちだ」
「”なるほど”」
雑で乱暴な勝負だが、若い男女の遊びなどそういうものだろう。
だが踊れもしない俺がダミアンと組んでいるのはよくない、彼が恥をかいてしまう。
「”変われ” ”別の奴に”」
「なんでだよ?」
「”ボスが” ”笑われる” ”よくない”」
「そんな理由じゃ止められねえよ」
覚えている限りの単語で話しかけてみるが、ダミアンは動く足を止めない。
「俺の友人と婚約者が戦ってるのに、傍観者でいられるか……!」
「…………」
難しい言葉でよくわからなかったが、ダミアンはこの戦いから降りる気はないのだろう。
俺も覚悟を決めて、ダミアンの手を取る。
視界の端でハクレンとC.A.D.が激しく踊っているのが見えるが、作法もわからない俺には難しいだろう。
とにかく転ばないようにだけ気を付けてもたもたしていると、外野からなんやかんやと罵倒を投げかけられる。
何を言っているかほとんどわからないが「爺の世話か!」と言われているのだけ理解できた。
だがそれでも、ダミアンは俺に歩調を合わせてくれていた。
(俺がこのざまだ……織歌は踊れるのか……?)
あの子の性格からして勝負を降りることはないだろうが、それが余計に心配だ。
背後から「うおおおおー!」と歓声が沸いている。
ダミアンに手を引かれつつ、顔だけ織歌の方を向ける。
「すげえ! スピンリフトだ!」
「高っけー! やるじゃん!!」
そこでは――織歌はシュヴァリエに持ち上げられ、空中で回転しながら再び地面におりていた。
「お前! なんでそんなのできるんだヨ!」
「日本は今ダンスブームだ! 学生時代に散々踊ってきた!」
「勉強しろヨ!」
ハクレンが同じ突っ込みを入れてくれる。
どうやら織歌は踊り慣れているらしく、そんな会話をしている間にも手先に唇をつけてハクレンに飛ばす振りをする、投げ接吻をして遊んでいた。
「よし、あたしらもキメよお~」
「そうだ! 投げて!!」
ハクレンにも火が付いたのか、C.A.D.がハクレンを持ち上げると空中で回転し、椅子の上に鮮やかに座って着地する。
杖みたいな踵の靴でよくやるもんだ……
ハクレンの動きも軽やかだが、大技の大部分はC.A.D.の実力が支えているのだろう。
C.A.D.は恐るべき体幹をしており、華奢な体で男役を勤め上げる。
椅子の上のハクレンを卒なく迎えに行くと、そのまま手を引いて踊りを続けた。
「…………”やる?” ”あれ”」
「無理すんな爺さん……」
みっともないのは俺たちだけだ。
一応ダミアンに聞いてみたが、ダミアンは静かに首を横に振った。
◇ ◇ ◇
――1時間後。
楽しかった序盤は過ぎ去り、全員の動きが鈍くなっていく。
理由は簡単、酒だ。
対戦前に死ぬほど煽った酒が、激しい運動によってじわじわと体を蝕んでいく。
視界がぼやけ、足がふらつき、胃から吐き気がこみあげて来ているのだろう。
「……アンタは平気そうだな」
「”酒は” ”平気”」
俺は酒に強いので平気だが、ダミアンの手は体温の上昇でじんわりと湿っている。
ハクレンとC.A.D.の女性ペアはどちらも頬を赤らめて足元がふらついており、シュヴァリエも体幹は変わらないが青白い肌に赤みが差し込んでいた。
「きっつ…………」
だが一番ひどいのは織歌だろう。
もともと酒に弱い癖に、序盤から大技を連発したせいで足元は完全にふらついている。
顔は青ざめ、弱音まで吐いている始末……終わりが近いのは誰の目にも明らかだった。
「まだまだ」
だが織歌が倒れそうになるたび、シュヴァリエがあの子を上手く支える。
足元が崩れればさっと手を伸ばし持ち上げてひとつの技として昇華させていた。
「”すごいね” ”あいつ”」
「ん? ああ、シュヴァリエか……意地悪だよな」
「意地悪?」
思わず漏れ出たシュヴァリエへの感嘆を、ダミアンは複雑そうな顔で否定する。
「織歌はもう限界だ。負けさせてやりゃいいのに……さっきからそれを許さない」
確かにそういう見方もあるかもしれない。
これは2人1組での戦いだ、ひとりの意地だけでは続けられない。
相方を思う気持ちがあれば、止めてやるのも優しさだろう。
(シュヴァリエは攻略対象だが、今のところ織歌への情は薄いのか……。いや、上司の女相手なら当然だが……)
【ヒロインは全員に愛を注ぎ、誰も見捨てずに救います! ヒロインのためにイケメンたちをかき集めてください!】
【破滅フラグを回避する“唯一の方法”なんですよ!】
――ほとんど忘れかけていた乙女の言葉を思い出す。
そうだ、織歌は全員を愛さなければいけない。
ダミアンと正式な恋人になっていようが、複数人同時に、平等に愛情を注いで全員を救わなければ未来がない。
織歌本人も知らない過酷な宿命を、俺が手助けして導かなければ……何をすればいいんだ!?
「私から主人を奪っておいて、この程度か……?」
曲の切れ間、ほんの一瞬の間にシュヴァリエの声が小さく聞こえた。
それはあまりにも小さい音で、シュヴァリエの目の前にいる織歌と、俺以外には聞こえていないようだった。
常に無表情な大男が出したとは思えない、妬みの熱のこもった声が織歌に発破をかける。
「わ、私の本気を……死んでも証明してやる!!」
シュヴァリエの秘かな囁きと対照的に、織歌の声はよく響いた。
織歌の声を聞いて、ダミアンの黒い瞳に光が灯るのが見える。
ハクレンとC.A.D.のやる気にも火をつけたのか、二人も自然と笑みがこぼれていた。
俺の心配など杞憂だった。あの子は人を動かすことができる。
「……そうか」
シュヴァリエの口角が小さく上がる。
織歌の熱で、シュヴァリエの心もまた動いたようだった。
少しずつシュヴァリエの秘密が明かされていきます。
次回から、シュヴァリエ編が始まります!
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次回は8/2(土)朝7:00更新です




