32「ダンスマラソン」 ★海神織歌
そして勝負は始まった。
周りを囲む人垣の歓声の中で、チャールストン音楽の跳ねるピアノの音が始まりの合図を鳴らす。
私はシュヴァリエと、父はC.A.D.と、ダミアンはハクレンと。
それぞれのペアと手を取り合い、身体を寄せて音楽に身を委ね――
「うぎゃあああかっこいい!!!!」
ハクレンの悲鳴と共に勝負は終わった。
「……何やってんだ、お姫様」
「うわああ!! 声もかっこいいヨー!!!!」
「あ~、やっぱだめかぁ~」
腰を抜かしたハクレンの元にC.A.D.が駆け寄り、よしよしと背中をさする。
「C.A.D.! C.A.D.来テ!! かっこヨくて無理!!!」
「この子ガチ恋だからあ~。好きピと踊るのはずいんだってえ」
(ちょっとわかるな……)
筋肉質な肉体に体を寄せながら、ほのかに漂う色気のある香水に鼻をくすぐられ、脳に響くような低音で囁かれたら立ってはいられないだろう。
ダミアンの色香に翻弄される気持ちがわかる私は頷くしかなかった。
「じゃあ、私の勝ちだな」
「ええ~、踊ろうよ~~」
だが勝負は勝負。
一応勝ち負けをはっきりさせようとすると、C.A.D.からも観衆からもブーイングが飛んできた。
「……わかったわかった。じゃあ組分けし直すか?」
「ワタシ、C.A.D.がイイ!!」
「いや、女子組じゃ、男性がいる組と体力に差が出て不利……」
顔を真っ赤にしたハクレンは友人のC.A.D.と組みたがっているが、それでは組ごとに戦力差が出てしまう。
「大丈夫だろ。C.A.D.はプロダンサーだしな」
だが、ダミアンは私の肩を軽くたたくと、苦笑しながら承諾した。
「ダンスマラソンで稼げたら食ってけたのにねえ~」
「アンタなら本業でも稼げるさ。明日オーディションだろ?」
「そーそー。だから今日は頑張んないと~」
ダミアンはC.A.D.に優しく話しかけている。
仲良さげな二人の会話からは、二人の友情とダミアンの面倒見の良さが伝わってくる。
ダミアンにとってC.A.D.もハクレンはただの取り巻きの女の子ではなく、彼女たちの意地も夢も理解して付き合っている友人なのだと感じさせられた。
「レディ、ご準備はよろしいですか?」
「あ、ああ。私は大丈夫だ」
恋人の関係を気にしているように見えたのか、シュヴァリエが声をかけてくる。
理由は言わないまま、さりげなく私とダミアンの間に入り私に彼らの姿を見せないよう気を配ってくれる。
こういった細やかな気遣いが、ダミアンが彼を重宝する理由のひとつなのだろう。
「あなたはダミアンとの付き合いは長いのか?」
「そこまで長くはありません」
「そうか、意外だな。ダミアンはあなたを深く信用しているようだったから、てっきり長い付き合いかと」
「それほどでも」
エンゼル神父との出会いの際にシュヴァリエが元海軍大尉であることはうっすら知っている。
それとなく鎌をかけてみたが、さすがに引っかかることはなく、さらりと流されてしまった。
「……ただの人形ですから」
ぽつりとシュヴァリエが呟いた。
氷のように冷たく、自嘲めいた声色には、シュヴァリエが普段見せない感情が入り混じっているようだった。
驚いてシュヴァリエの顔を見つめるが、そのころにはすでにいつもの無表情に戻ってしまっていた。
「…………」
「ヨし! 仕切りなおすヨ!」
シュヴァリエの顔色を探ろうとしたが、ハクレンの元気な声に遮られる。
(そうだ、今夜は彼女との時間だ)
気持ちを切り替えよう。
ダミアンの大事な友人であるハクレンに、私の覚悟を見てもらうんだ。
――というわけでダンスマラソンは仕切り直し。
私は引き続きシュヴァリエと、ハクレンはC.A.D.と、そして父とダミアンのペアになった。
(……父とダミアンは参加しなくてもいいのでは?)
と、思わなくもないが、誰も異議がなさそうなのでこのまま続行する。
「音楽!」
ハクレンの掛け声で新たなジャズが奏でられる。
即興で奏でられる曲はさっきまでのものとは違い、ドラムの響きとともに始まる。
変則的なドラムの打音、踊るような指先で弾かれるピアノがイントロを彩る。
管楽器を持つ男たちがタイミングをうかがっている、主旋律である彼らの音を合図にダンスが始まる。
私はシュヴァリエと手を取り合い、その音を待ち――そして始まった。
「ぎゃっ――!!」
その瞬間、隣で父がずっこけた。
コスプレが多いのは作中のゲームがそういう仕様だからです。
次回、勝パパにいったい何があったのか、理由が明かされます!
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