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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第一部【攻略編】第四章・デート

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29「やっと説明するよ、折神」 ★海神織歌

「コホン……私の説明不足で少し認識の齟齬があったが、これより海魔(かいま)討伐任務を開始する」

「はいはい」

「”はい”」


 私は真っ暗な海を背に立ち、父とダミアンに説明を行う。

 シュヴァリエは浜辺近くの道路に車を止めて待機している。

 船着き場から離れた位置にあるビーチには人の気配はなく、海のさざめきだけが静かに響いていた。

 

「本来なら琅玕隊(ろうかんたい)紐育(ニューヨーク)支部用の軍服が用意されているはずなんだが……なんか色々あって全く準備を進めていなかったらしい。なので各々、しばらくは動きやすい服で参加してくれ」

「しょっぱなからグダグダじゃねえか」

「ちなみに私は水着を着てきた」


 説明をしつつ、私はワンピース前のボタンを外して服を脱ぐ。

 下に着込んでいるのはノースリーブのワンピース型の水着――腰に巻いた細いベルトの下で、膝上の短い丈のスカートがふんわりと広がっている。

 本来はレギンスやストッキングを履いて脚を隠すべきなのだが、水際での戦闘を考慮して無駄に水を吸う装備はつけていない。

 アメリカであまり露出すると逮捕される可能性もあるらしいが、軍務中の軍人は特例で守られているのでビーチパトロールは無視していいだろう。

 

「へえ……かわいいじゃねえか」


 ダミアンの声が熱っぽくなる。

 よかった、喜んでくれている。

 露出が多いんじゃないかと不安だったが、浮かれて購入した甲斐があった。

 

「任務が終わったら、浜辺でデートしよう」

「いいね、やっとやる気になってきた」

「”戦おうや” ”早く”」


 ダミアンと見つめあっていると、父の呆れた声に遮られる。

 そうだ、任務をしなければ。

 ダミアンは全くの初心者だし、父も20年の空白がある。

 まずは海魔と、それを倒す武器の説明をしよう。


「このあたりに海魔出没の情報が出ている。下級海魔だから初討伐にはよいかと思うが、油断しないように」

「下級海魔って何だよ、先生」

「今見せてやる」

 

 私は海辺に向かい、足に水をつける。

 春の夜はまだ寒く海水は冷たいが、気にせず歩き続けてひざ下までが水につかると、ぐいと足を掴む感覚がある。


〈おイで……〉


 足を掴まれたとたん、潮風の音に紛れて女の声する。

 甘く、優しく、まるで母のように囁く声に反して、足を掴む力は強くなっていく。


 「ああ、これこれ」


 さっさと釣れてよかった。

 私は足に絡みついた腕を掴むと、ぐいと引き上げる。

 黒い海から現れた海魔は、上半身が髪の長い女の形をしていて腰から下は黒い靄に包まれて消えている、中途半端な人の形をしていた。

 

「……げえ」


 特別珍しくもない形の海魔だが、ダミアンがしっかりと視認するのは初めてなのだろう。

 気持ち悪そうに顔をゆがめていた。

 

「浅瀬に現れて人を引きずり込むんだ。ほら、何か言ってるだろう?」


〈やっト見つけタ……やっト、やッと……〉


「こいつは小さくて弱いし、簡単な言葉しか喋れない。だから下級だ」

「でかくて強くて喋る奴もいるのか……?」

「いや、そういうのはいない。上級になるとこの中途半端な形から分岐して、巨大な化物になるか、より言語が達者になるかのどちらかだ」


 〈ずっト待っテたノに……逃げタでしょ……〉


 ダミアンに説明している間も海魔は好き勝手喋っている。

 暴れる力があまり強くないので、こいつは進化するとしたら言語型だろう。

  

「海魔と人間は本来違う世界にいる存在だ。二種族の大きな隔たりを越えるためにはふたつの方法がある――暴力で壁を壊すか、言葉によって人間に扉を開かせるか」

「……人間みたいだな」

「元は人間だからな。基本的には言語型の方が厄介だ。迂闊に返事をしてしまうと魂を掴まれて抵抗が難しくなる」

 

 幸い手元の海魔は下級なので、まず言葉の応酬ができない。

 進化すると言葉が巧みになって人をだますのが得意になるので、早めに祓ってしまおう。


『ではお父さん、大戦の英雄の手本を見せていただけますか?』

『そんな大したことはしてねえけどなあ……』


 ダミアンへの説明を黙って聞いていた父に話を振る。

 付け焼刃の英語では細かい指示までは伝えきれないため、ダミアンには申し訳ないが父との会話には日本語を使わせてもらう。

 20年前の英雄はどんな戦い方をするのだろう――


『オラッ!!』


 ――そんな期待は、ヤクザ丸出しの蹴りで打ち砕かれた。

 

 ばしゃっ、ぐちゃっ、ぐしゃっ……水音を含んだ破裂音が海辺に響く。

 父は海魔を蹴り飛ばした後、海に落下したそれを形がなくなるまで踏みつけ、トドメに地面のたばこの火を消す様にぐりぐりと足の裏ですりつぶした。

 

折神(おりがみ)……使わないんですか……?』 

『いや、ずっとこんな倒し方だったけど……』

 

 ガサツすぎる……こんな品性の欠片も感じさせない討伐は初めて見た……

 

「おい、俺にもわかるように話してくれよ」


 呆然としていると、ダミアンから苦情が入る。

 彼にも説明をしなければ、しかし英語の説明で父に伝わるだろうか……言語の壁のややこしさに頭が痛くなるが、今回はダミアンを優先して英語で説明する。

 

「討伐のためにはこの札を使用して折神を召喚する。アメリカ風に言うなら精霊みたいなものかな」


 私は紙で作られた正方形の札――というか、特殊な紙で作られただけの折り紙を配る。

 日本の玩具の折り紙は父にも馴染みがあるようで「懐かしいな」と言いながら手で遊んでいる。

 だが、ダミアンにはてんで見当がつかないらしく、訝し気に紙を眺めていた。

 

「これに霊力を込めると形が変わり、精霊が召喚できる。その精霊を我々は折神(おりがみ)と呼んでいる」

「霊力の込め方は?」

「慣れれば気合で行ける。まあ最初は血を垂らして行うのが確実だな」

 

 ダミアンに説明を行いつつ、父にも日本語で同じ説明を行う。

 父は「便利になったもんだ」なんて年よりじみた感想を漏らしながら、折り紙をいじっていた。

 

『人によって折り紙の形が変わるんですよ。私はシャチです』

『あれだろ? これをがちゃで売って稼ぐんだろ』

『売りませんよ!? 琅玕隊だけの秘密の武器ですからね!』

 

「霊的儀式ね……メディスンマンみたいなもんか」

 

 ダミアンも少し警戒を解いて、手元の折り紙の感触を確かめるように手でさする。

 メディスンマン――ネイティブアメリカンの医療や霊的儀式を行う立場の人間か。

 神と名の付く存在を操るせいで宗教的に拒否感を持つ人も多いが、ダミアンは自分の文化に変換しつつ受け止めてくれるようだった。


「討伐もしたし、折神の説明もした。今日はこれで終わりだ。家でデートをしよう」

 

 海のさざめきが聞こえる度、ダミアンが眉を顰めるのが見える。

 彼は海に対する不快感に耐えながら、私の説明に耳を傾けてくれた。

 それで十分だ、今日はこれ以上は望んではいけないだろう。


『駄目だ』


 だが、私の言葉を父が制する。

 父はダミアンの目をしっかりと見つめて言った。


『きちんと伝えろ。お前が何を考えてるのか』

 

11話「ヒロイン」で一瞬出てきた折神おりがみの設定がやっと明かされました。

次話はダミアンのトラウマと、彼のルーツについて明かされます!


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【毎週 月・水・金・土 / 夜20:00更新】の週4更新予定です。

次回は7/26(土)夜20:00更新です。

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