【番外編】サブストーリー03「壊れた作者」★水神カナ
※2025年8月。エピソード順番入れ替えを行いました。
これは物語が始まる前ーー
転生悪役令嬢の前世の話である。
◇ ◇ ◇
「あはは、さすがにこんなのだめだよね」
バッドエンドを書きかけた原稿を見て、思わず笑ってしまった。
修正をしようとキーボード触った時、ボイスチャットの着信音がかかってくる。
「ゲッ……」
現在早朝4時。終電で帰ってきて、持ち帰りで仕事の続きをしている最中。
そんな状況の人間にボイチャを送ってくるクソ■■■はひとりだけだ。
(相手したくない……)
そう思いながらも、無視したほうがめんどくさくなると感じて、私は渋々応答した。
「お疲れ様です。先輩」
「お疲れ。さっそくやけど、カナ。原稿ありがとうね。私の方で手直ししておいたから、この修正稿でフィックスしといて」
「え、で、でも……私、修正の内容まだ確認できてなくて……」
「大丈夫。ディレクターチェックは通ってる」
私の名前は水神 カナ。
極悪ブラック企業から大手ゲーム会社に転職した、しがないゲームプランナー。
人にもチャンスにも恵まれて、この度は大きな企画とそのシナリオを任せてもらえた。
夢だった乙女ゲーム制作、しかも私の立てた企画。
こんな嬉しいことはない……はずだった。
「あれ、この特典小説……私内容を見てないんですけど……」
「ああ、私が書いといた。大丈夫、何度もやってるから」
「で、でも、本編と設定の違いないか、私もチェックを……」
「カナ、もう時間ないのわかってる?」
人にも環境にも恵まれています!
頼もしい先輩は、私のフォローをしながらぐいぐい話を進めてくれます。
たくさんの人がひとつの作品のために動いて、たくさんの時間とお金が流れていく。
私もちゃんと頑張らないと!
と皮肉めいた日報を毎日書く裏では、このクソ先輩のパワハラ独断が横行している。
「最終稿明日朝イチで頂戴。カナ時間ないやろ? 収録は私が行くからあんたはオフィスにいな」
「……はい」
でもちゃんとやりきりたい……
たとえ話が勝手に書き換えられても、確認させてもらえなくても、
大事な収録をひとりで進められても――
私もかかわってる作品なんだから。
「あ、ごめんやけど私パソコン苦手だから印刷しといて」
――いや。もういいや。
先輩とのボイスチャットをこれ以上聞いていたくなくて、適当な相槌で通話を切る。
明日も普通に9時出社。家から会社まで片道一時間半だから……7時起きかな。
もうどれくらい寝てないんだろう。部屋も片付けてない。
薬を飲まなきゃ寝れないけど、そろそろなくなっちゃう。
病院にいかないと、でも、会議ばっかりで行く時間ないな……
「……こんなのもう、私の話じゃない」
疲れ切った私の脳みそはとうとう物語にまで当たりだす。
私が作り出したキャラクターのはずなのに、別の人の手の上で踊ってる。
もう、私の子供じゃない。
こいつらは所詮私がいなきゃ何もできないのに、私の思う通りには一切動いてくれない。
「そっちがその気なら、私だって勝手に書き換えてやる……」
先輩に見せる前に直せばいい、そんな気持ちで私は感情のままに原稿を書き進める。
最悪最低の終わり、先輩にだって覆せない最悪のバッドエンド。クソ先輩、直せるもんなら直してみな。
伏線なんか知らない。キャラの激重感情を爆発させて、最高のバッドエンドに……
「……バカみたい」
ふと我に返って、Ctrl+Zで元に戻す。
先輩の命令通りにコピー機で原稿を印刷する……印刷するのはもういいよ、このペーパーレスの時代だとしても。
せめて会社にいる時に言って欲しかったな、インク代自腹になっちゃうじゃない。
「頭、痛い……」
何も悲しくないのに、勝手に出る涙で視界がかすみ、目の前が真っ白になる。
あ、これはやばいやつだ。
「…………あーあ、どうせなら、次はもっと楽な人生に転生したいな」
生まれ変わったら公爵令嬢になりたい。
お城に住んで、婚約破棄して、スローライフして……とにかく、くそみたいな会社からはおさらばしたいな。
ダメ人間らしいつぶやきと共に、私の意識は途絶えていった。
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