27「ラスボスチートの悪役令嬢」★海神勝
長い一日だった。
スピークイージーでの戦いの後、兵を率いて戻ってきたダミアンに襲撃者を引き渡す。
シュヴァリエが状況を説明し、織歌とダミアンを含めて相談をしていたが、俺には内容がわからない。
だがどうにか話をつけたらしく、その後は解散と相成り、ダミアンの車で家まで送ってもらった。
織歌の説明によると、家は軍が用意した高級住宅街の洋館の一室――アパートと呼ばれるものらしい。
大きな建物の階段を上って、3階に位置する部屋の扉を開ける。
真ん中のだだっ広い居間を中心にさらに大量の扉があり、それらは寝室や書斎につながっているらしい。
ご親切に家具だけではなく絵画や花瓶まで備え付けらえている、が、織歌には盗聴器がないか確認するから余計なものは触るなと言い含められているので、すべてを無視して適当な部屋に入っていった。
(どうやら、ダミアンとはうまくいったようだ……)
窓から道路を見下ろすと、別れを惜しむ恋人たち――織歌とダミアンが仲睦まじげに話しているのが見える。
乙女の言葉を借りるとしたら、攻略成功というやつだろうか。
織歌とダミアンは穏やかな顔で談笑し、指を絡ませあい、顔を寄せ……すっげえ口吸いをしだした。
(見てられねえ……)
俺は窓から離れ、備え付けられた妙にでかいベッドに横たわる。
体重をかけるとベッドが軋んで体が浮いたような感覚になる……慣れない感触だが、そんなことよりも今は疲れが勝った。
部屋の明かりの付け方がわからないため、部屋は真っ暗なままだ。
織歌を助けに来たのに、織歌がいなければ俺は部屋の明かりひとつ付けられない。
(こんなんでいいのか、悪役令嬢の代行って……)
俺はあの子の役に立ててるんだろうか。
そんな焦りに駆り立てられながらも、身体の疲労は限界を迎えている。
織歌が戻ってきたら起きよう、そう思いながら静かに目を閉じた。
◇ ◇ ◇
「どうでした? ラスボスチートの悪役令嬢代行生活!」
再び目を開いた時、懐かしい光景が目の前に広がっていた。
無限に続く闇、宙に浮く光る海月、乙女の高い声――死んだ後にたどり着いた海の底だった。
「あ、ちなみにこれは夢の中です。睡眠と死は繋がってますので、睡眠中ならここでお会いできるわけです!」
「……お前は今どこにいるんだ? 死んだわけじゃないんだろ?」
「横浜のお屋敷です。死んではないですがあなたに霊力を分けたので昏睡状態ですね。なので常時ここでスタンバってます!」
能天気な乙女に何か言ってやろうと思ったが、乙女の状況が思っていたより深刻で言葉に詰まる。
人を蘇らせるなんて行為はそれなりの代償を伴うと思っていたが、まさか立って動くことすらできなくなっているとは。
「昏睡って……お前、大丈夫なのか?」
「公爵令嬢なので手厚く保護していただいてますよ。それに私だって、この作戦に命をかけてるので!」
本当はいろいろ言ってやりたかったんだが、苦労しているのはお互い様のようだ。
あまり責めても仕方ないか……、俺は文句を飲み込むことにした。
「で、どうでした? 最強万能チート生活! もう活躍しちゃいました?」
……が、乙女の妙に能天気な態度は癇に障る。
文句のひとつくらいは言ってもばちは当たらないだろう。
「なにが最強万能だ……今日は散々な目に合ったぞ……」
「えっ、何言ってるんですか。私の能力全コピーなんだからレベル99、最強チートのつよつよ霊力者のはずですよ」
「そんな感じはしなかったけどな……」
乙女は素で驚いた顔をしている。
言っていることはよくわからないが、乙女は俺を蘇らせるときにそれなりの能力を付与した気でいたのだろうか。
「え、っと……あらゆる言語の理解能力は?」
「英語は話せないし読めない。そのせいで駅で迷子になった」
「伊邪那美神の血統がもたらす、神聖な魅力……」
「海魔らしいし、神父には相当嫌われてたぞ」
「て、転生前の現代知識で無双……」
「20年前の知識で止まってる」
乙女の顔色がどんどん悪くなる。
どうも乙女の想定と、俺の能力にはかなりの違いがあるようだ。
「概念や現象を神として具現化する、産みの能力……」
「そもそも海魔が出てこねえから使う隙も無いな」
「…………それは原作が悪いですね」
こうなっては仕方ない、俺たちは原稿を一から確認しなおすことにした。
(ちゅーとりある、がちゃ……いべんとしなりお……訳の分からん単語が多い)
どうにもややこしい設定が連なり続けて目がすべる。
活字に慣れてないせいもあり俺の読む速度は遅いが、乙女はさっさと読み進めペラペラと頁をめくっていく。
互いに無言で読むせいで、紙がめくられる音だけが響く気まずい時間が流れていく。
「あの、クソ■■■ァ!!!!」
「うわっ! なんだよ!」
だが、乙女の絶叫がその沈黙を破った。
乙女はとても言葉には表せない罵言を叫んだあと、悔しそうに床を拳で叩いている。
「クソ上司にシナリオを書き換えられました!! ラスボスが!! ぽっと出の奴に書き換えられてる!」
「らすぼす!?」
「最後の敵です! 本来なら私だったのに!」
乙女が握りこんでいる頁の文字は赤く染められている。
おそらく、その部分が上司に書き換えられた話なのだろう……文字量からしてかなりの部分を書き換えられていそうだが。
「この物語で、私はラスボスにいいように扱われるクソ雑魚悪役令嬢に格下げ。私の代わりのラスボスは底津綿津見神の同族となる神……」
「おお、ワダツミか。俺の苗字とお揃いだな」
「やだー! ヒロインとラスボスになんか関係ありそうじゃないですかー!!!」
乙女は頭を振って現実を拒否しようとするが、そんなことでどうにかなるわけもない。
「……で、新しい敵は?」
癇癪は後で慰めてやるとして、今は早く情報が欲しい。
乙女をせっつくと、彼女は悔しそうに頁を握りしめて答えた。
「ラスボスはぽっと出クソ野郎! 渦津真鳴神……通称、ウヅマナキです!!」
ついに明かされる、何故か全然チートじゃなかった悪役令嬢代行の謎。
乙女的にはチート転生のつもりだったようです。
次話は全然チートじゃないおじさんによるわちゃわちゃ回です!
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【毎週 月・水・金・土 / 朝7:00更新】の週4更新予定です。
次回は7/23(水)朝7:00更新です。




