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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第一部【攻略編】第三章・二人目「マフィアのボス」攻略

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【番外編】サブストーリー02 「ワンパムベルト」 ★海神織歌

ダミアン攻略記念で、ダミアンメイン回です。

時系列的には「28「Tonight」」の後くらいですが、単体でも読めるようになっています!

 「おお……さすがに立派な部屋だな」


 ダミアンと正式に交際を始めた後、私は初めて彼の部屋に招かれた。

 

 マフィアのボスなだけあって、彼は屋敷一棟丸ごと自分の家として所有していた。

 移民が多く住む賑やかな一帯、ロウアー・イースト・サイドにある大きな屋敷は、かつて住んでいた富豪が手放したものらしい。

 

 1階が表の仕事の事務所。

 2階が台所や居間。

 3階にボディーガードのシュヴァリエと、この屋敷の主人であるダミアンの部屋がある。


 深い臙脂色を基調とし、黒い家具が配置された部屋はダミアンの雰囲気によく似合う。

 だが、壁にかけられた金の額縁の絵や、並べられた本にはダミアンらしさが感じられない。

 マフィアのボスにふさわしい部屋を誂えました、と言わんばかりの内装だ。


「これは、貝殻?」

「……ワンパムを作ってて」

「へえ、貝殻細工か?」

   

 だが、そんな部屋の中で異質なものとして置かれている貝殻が目に入った。

 大量に詰まれた巻貝と平貝、その隣にはキリやナイフなどの道具も置かれている。

 ”マフィアらしい”部屋とはちがう、ダミアンの趣味のようなものが垣間見えて嬉しかった。


「お前が俺のことを知りたいって言ったから、俺も自分の部族のことを調べてたんだけどよ」


 ダミアンは気まずそうに切り出した。


「俺はレナぺ族で、昔はニューヨークとかの東海岸で暮らしてたらしくてよ。だから貝殻細工の文化があって――」


 彼の口から語られる文化の説明が、伝聞で聞いた過去形であることに少し心が痛む。


「白と紫の貝を砕いて加工して、ビーズ状にするんだ。それに紐を通したものを何本も組み合わせて、ベルト状にする。その組み合わせで柄を作る」


 自分の出自を語るダミアンのいつもと違うたどたどしい雰囲気は可愛らしかった。

 マフィアのボスらしく堂々と振舞っている時とは違う、彼の素の表情が見えた気がした。


「文字を持たない民族だから、ベルトの柄で重要な契約事とかの記録を残してたんだ」

「へえ……こんなきらきらした貝殻で作ったんなら、きっと完成品も綺麗なんだろうな」

「今の技術なら簡単に作れるかと思ったけど、結構大変でよ。ビーズひとつ作るのに30分くらいかかる」


 ビーズひとつに30分……

 何本も紐を作って、それでベルトを作ろうと思ったら途方もない労力だろう。

 「完成したら見せてくれ」という言葉を思わず飲み込んでしまう。

 

(ダミアンは忙しい身だ、プレッシャーをかけて無理をさせたくない)


 だが、ダミアンは私の想定を簡単に超えてきた。

 

「細いベルトにして恋人に贈ったりもするんだ……だからこれ……やる」

「もう作ったのか!?」


 手渡されたのは白と紫のビーズが編まれた細いネックレスだった。

 細い紐の中に、なん十個もの細長いビーズが編み込まれている。


(このビーズひとつに30分かかるんだろう……彼の仕事の忙しさから考えて作業できる時間も限られてるし……)


「……やっぱ、ベルトの方がよかったか?」

「いや、そんなことない! すごく嬉しい!」


 いけない、思わず膨大な作業時間を計算しそうになってしまった。

 今すべきはダミアンへの感謝と……この喜びの感情を表に表すことだろう。


(本当に嬉しいんだ。この綺麗な貝殻細工も、ダミアンが私を想って作ってくれたことも、このビーズを作る途方もない時間の全てが、私のためだけの時間だということも)


「好き……」


 頭の中には感情がいっぱい乗っているが、ほとんど言葉にならなかった。

 ダミアンに抱き着いて彼の高い体温を堪能する。

 彼の胸元に耳を寄せると、鼓動が少し早く聞こえる。

 

 このビーズを渡すために緊張していたのだと思うと、もうたまらなく愛しくて――


「んっ……ちゅっ……」

「っ……馬鹿……」

 

 ――思わずすっげえ口吸いをしてしまう。

 

 ダミアンの口内は温かい。

 らしくなく緊張しているのか、厚い舌が私から逃げようとするのが愛おしい。

 背中に回された大きな手のぬくもりを感じる。

 今、全身で彼に包まれていることが何よりも幸せだった。

 

「お二人とも、今日はそこまでですよ」

「”やると思った” ”助平”」

 

 ――だが、そこでさすがに保護者に止められた。


「”あと3人いるんだから” ”ほどほどに”」

「4股するほど助平じゃないですよ」

「”………………”」


 失礼な言葉に突っ込みを入れつつ、ダミアンから体を放す。

 大人だし、婚約者の家でのデートなので相当気合を入れてきたのだが、”何か”を見越した兵曹(お父さん)とシュヴァリエが当たり前のように同席していて、思うようにいちゃつくのが難しい。


 ダミアンも同じ気持ちなのか、はぁとため息をついて呼吸を整えていた。

 盛り上がっていた気分も落ち着いたし、私とダミアンは備え付けのソファに並んで座りなおす。

 

「……その、聞きづらかったんだけどよ。お前には母親はいるのか?」

「ああ、健在だよ。今は日本で私の手下と暮らしてる」

「”手下って” ”何”」

「子供のころに喧嘩で勝って忠誠を誓わせた友人ですが?」

「なんてもの作ってるんですか」

 

 ダミアンとのしっとりした会話の間も、兵曹(お父さん)とシュヴァリエは当たり前のように目の前で立ち、やいのやいの口を出してくる。

 それらをいなしていると、ダミアンの安堵のため息が聞こえた。

 

「俺たちは母系の一族で、女側に婿入りするんだ。だから、いつかアンタの母親にもちゃんと挨拶がしたくて」

「私の母は真面目な人だから、あなたみたいに筋を通す人はきっと好きになるよ」


 真面目故にマフィアなことは気にするんじゃないかな、とは思ったが、そこは私が土下座して許してもらえばいい。

 

「そっか……そりゃよかった」


 ダミアンの安堵の表情はどこか少年のようなあどけなさを感じさせて、たまらなく愛おしい。


「アンタの母親にも作ったんだ。ワンパムベルト」

「もうひとつ出てきた!」

 

 安堵したダミアンからそっと手渡されたのは、私にくれたものよりも太いベルトだった。


「白い貝殻がベースで、紫のギザギザした線は波を模してる。「海の向こうのあなたに会いに行きます」って意味にしたくて」

「あ、ああ……ものすごい作りこまれてて嬉しいけど。作るの大変だったんじゃないか……」

「日本の家はよくわかんねえんだけどよ、壁にかけてもいいし、そういう場所が無かったらテーブルの上に置いてカップ置きにしてくれれば――」

「そんな風に扱っていいものじゃないんじゃないか!?」


(でも嬉しい!)

 

 白と紫の精巧な貝殻細工は目を見張るほど美しいし、何より母のことまで考えていてくれたことも嬉しい。

 兵曹(お父さん)も同じ気持ちなのか、腕を組んだままうんうんと頷いている。

 私も何か贈り物を用意するべきだったな……今度母に手紙を出す時に頼んでみよう。

 

 しかし、それよりも気になるのは―― 


「あなたちゃんと寝てるか!?」

「いや、起きてお前の存在が夢だったら嫌だから。一睡もしてない」


「”感情が” ”重い”」

 

 悔しいが兵曹(お父さん)と全く同じ気持ちだった。

 ダミアンの献身は心から嬉しい。


(だが、それはきっと不安から来るものでもあるんだろう。私に何かできる事はないだろうか……)


「ダミアン。今日はもう寝ようか」

「ダメですよ」

「いや、目合いの誘いではなくて!」


 私の提案にシュヴァリエが即座に拒否を突き立てる。

 だがそういう意味じゃない。

 私は膝をポンポンと叩き、ダミアンを誘った。


「膝枕するからさ、少し眠らないか?」

「ありがてえけど。人がいるところじゃ寝れねえから」


 だがダミアンは渋い顔をして兵曹(お父さん)とシュヴァリエを見る。

 もともとの警戒心の強さと、過酷な環境から人がいるところでは休息は取れないんだろう。

 

「目を瞑るだけでも休息効果は得られますよ」

「出ていくって判断はねえんだな」


 だが、シュヴァリエも出ていく気はないらしい。

 ……まあ、下心が全くないと言われれば嘘になるので、いてくれた方が抑止効果はある。


「私の膝に頭を乗せるだけ。ただのスキンシップだよ」

「……わかったよ。でも、眠らねえからな」

「いいよ。頭をのせてくれるだけでいい」


 ダミアンは渋々言われたとおりにしてくれた。

 ソファは大きく、ダミアンが横になっても十分な広さがある。

 膝の上にダミアンの頭が乗ると、彼の長い髪がさらさらと流れていく。


「綺麗な髪だな」

「アンタほどじゃない」


 そんな軽口をたたきながら、静かな時間を過ごす。

 宣言通りダミアンは眠らなかったが、少し目を瞑って疲れを癒しているようだった。


(もっともっと、あなたのことを知りたいな)


 ダミアンの長い髪を指に絡めて遊びながら、今日という日の、何気ない幸せをかみしめた。

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