25「Tonight」★海神織歌
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・歴史的出来事などはすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。
隠し階段を上がりきり鉄製の扉を開けた先には、錆びた鉄製の非常階段が宙に伸びていた。
階段は建物の外壁に沿ってジグザグに張りついていて、真上を見上げれば、いくつもの網目状の足場が重なっていた。
地上は普段と変わらない様子で、警察車両は見当たらない。
「本当に警察のガサ入れなのかな……」
「客に警告しているあたり、ギャングだとは思えないがな」
「敵の正体がつかめない以上、むやみに外に出るのは危険だな……逃げ道を知っているか?」
「……上だ。屋上からビル伝いに移動する」
この場合、下を歩く方が危険である。
ダミアンに先に歩いてほしかったが、彼は有無を言わせず私の背を押して私を先に歩かせようとする。
「あなたが先に歩かないと危険だ」
「俺に、女にケツを守らせながら逃げろってか」
「私は軍人だ」
「そうか。じゃあさっきの告白も軍の仕事かい?」
ダミアンに口で勝つのは無理だ。
「…………わかった。私の負けだ。さっさと逃げよう」
ぐぅの音も出なくなり、私は渋々と先に階段を上る。
「いい子だ」
階段を上っていくと、裏路地の怪しい店々がよく見えてくる。
表立って営業できない店ばかりなのだろう、看板を出している店はほとんどない。
その代わりに裸電球をひとつ垂らしただけの店や、電球を布で覆って蠱惑的な色で演出している店など、色と明かりで自らを証明している店が多かった。
「ダミアン?」
歩くたびにぎしぎしと音を立てて軋む階段を半分ほど登った時、後ろを歩いているダミアンの足が止まった。
何かあったのだろうか、階下にいるダミアンは手すりに手を付けたまま、ぼんやりと裏の店を見ていた。
目線の先には、ひとつ先の通りの古びた雑居ビル――色褪せた看板と派手でエロティックなポスターが飾られている、いかにも怪しげな店だが、ちらほらと人の出入りが見えた。
「バーレスク、行ったことはあるか?」
「いや、さすがにないな。その……性的なショーをする店だろう……」
「下品で笑えるものならなんでもやってる。野蛮人の見世物とかな」
階上にいる私からはダミアンの顔は見えない。
だが近寄れば彼は話を止めてしまう気がして、私はその場で彼の言葉の続きを待った。
「あれは6歳くらいだったかな。俺がまだ保留地で家族と貧しく暮らしてた頃……ギャングに攫われたんだ」
ダミアンの声は淡々としていた。
まるでつまらない台本を持たされた役者のような、感情のない声だった。
「子供の間はずっとあんな劇場で見世物にされてた。
名前は捨てられて、ギャングが適当に考えた偽物のインディアンごっこをさせられて、客の前で笑われる。
あいつらは俺たちの言葉なんて知りもしないくせに、俺が英語を話すと罰してくるんだ――インディアンらしくしろってな」
「酷い話だ」そんな薄っぺらい言葉では彼の苦しみには寄り添えないだろう。
私はただ沈黙して、彼の言葉を待ち続ける。
「俺の人生も、家族の誇りも、全部劇場で晒されて消費された。
劇場もそこに来る奴も憎くてたまらなかった。
あいつら全員に復讐してやる気持ちだけでギャングになって、力をつけて組織を乗っ取った。
組織が大規模になって、マフィアと呼ばれるようになって……俺はやっと劇場を支配できるようになった」
ダミアンが見つめる先のバーレスクは、ささやかながらも賑わっている。
扉を守る厳めしいガードマンのもとに人が現れては、なにかの確認をして入場していく。
入り方はスピークイージーのそれに似ているから、バーレスクの中でも裏社会よりの店なのだろう。
「俺の全てを支配する象徴を逆に支配してやれば、心が晴れるかと思ったんだ。
でも、なにも満たされなかった。金も人も劇場も支配したのに……いまだに攫われたときの夢を見る。
まだ、何かに怯え続けてる」
ひとしきり喋り終わると、ダミアンはこちらを向いてくれた。
階下にいる彼は頭上に手を伸ばし、私の足元の柵に触れる。
「俺は何が欲しいのか……そんなの俺が知りたいくらいだ……」
私はしゃがんで、柵ごしに伸ばされた彼の指に触れる。
指だけでは存在を確かめるにはあまりにも心許ない。
互いに存在を見失わないように指と指を絡める……だがそれでも、彼を失ってしまいそうだった。
「……ここまで来て」
足元の金網の隙間からダミアンの顔が見える。
私が呼び寄せると、ダミアンは静かに笑った。
「わかったよ」
ダミアンは階段を使わず、階下の柵に足をかけて立ちあがった。
「いや、階段を使って……!!」
まだ屋上ではないとはいえ、落下したら死ぬ高さだ。
慌てる私を鼻で笑いながらダミアンは階上の柵に手をかけ、階上の足場に足を乗せ、そのまま器用に上ってくる。
長い脚で柵をまたぐと、私のもとにやってきた。
「驚いた?」
「驚くよ。落ちたら危ないだろう」
「そりゃよかった。お前に会ってからずっと、俺が驚かされてばっかりだったからな」
ダミアンは悪戯っぽく笑うと、そのまま階段を上っていく。
さっきまでどっちが先に上るかで口論したことも忘れている上機嫌なさまは、まるで子供だった。
「早く来い」
「なら走るな! 速いんだよ、あなたは!」
私は階段を数段飛ばしながら登っていくダミアンの背を慌てて追いかける。
だがなかなか距離を縮めることはできず、気づいたころには屋上にたどり着いていた。
「……捕まえた」
屋上で足を止めたダミアンの手を掴むと、彼は何が面白いのか笑っている。
「お前が嫌いだ。生意気だし、忠告は聞かねえし、呼び出したと思ったら他の男といちゃついてやがる」
「……おっしゃる通りです」
酷いことを言われたが、ダミアンの声は楽しそうだった。
ダミアンは私の手を引いて屋上の端へ連れていく。
足元に広がるのは表の華やかな通り。
きらきらと光り輝く照明が夜闇に浮いて、まるで地上の星空のようだった。
「マフィアのボスなんて肩書があっても、俺の中身はただの見世物奴隷だ。幻滅してくれたか?」
「まさか」
ダミアンの赤い髪が地上の光を浴びて輝く。
(綺麗な人だ)
思わずダミアンの頬に手を伸ばす。
ダミアンは嫌がるそぶりもなく、私の手に手を重ねた。
私はそのままつま先立ちになり、ダミアンの唇を奪う。
劇場でしたキスとは違う、唇を重ねるだけの簡単なもの……だけど、互いの体温が重なって、やけに熱く感じた。
「お前に教えられることなんて何もない。だが、いいぜ。一緒に探すっていうなら、どこにでも行ってやる」
唇を離すと、ダミアンの顔が近くに見える。
その瞳を見つめたまま、私は答えた。
「……うん。一緒に探してほしい。あなたのことも、私のことも」
ついにダミアンを攻略…しましたが、彼について明かされてないことは沢山あります。
織歌と同じように、ダミアンを知っていっていただけると嬉しいです。
感想・評価・ブクマ励みになります!
【毎週 月・水・金・土 / 朝7:00更新】の週4更新予定です。
次回は7/19(土)朝7:00更新です。




