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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第一部【攻略編】第三章・二人目「マフィアのボス」攻略

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24「I see it」 ★海神織歌

「”婚約者”からお呼び出しがあったからわざわざ来てみれば……」


 兵曹――いや、父の正体を知って混乱していた頭が、冷水のようなダミアンの言葉で冷めていく。

 ダミアンはまだ怒っていた、というか、今の私の状況を見て新たな怒りに火がついてしまったらしい。

 

「何やってんだヨ! 喧嘩ならよそでやれ!」

「まじ? 痴話げんかぁ~?」

「……知り合いだったのか、あなた達……」

 

 だが、私の胸中も穏やかではなかった。

 ダミアンはハクレンとC.A.D.を伴っており、二人は仲睦まじげにダミアンの腰に手を回して絡みついている。

 他の女性と親しくしているダミアンを見て、胸の奥がズキリと痛んだ。


「ボス、VIPルームの準備ができました」

「……とにかく、移動するぞ」

 

 ダミアンにすぐに返答できずにいる間に、シュヴァリエのもとにスタッフがやってきた。

 ダミアンは怒っていつつも、私と話してくれる気はあるらしい。

 この寛容さはボスとしての威厳故か、彼のもともとの気質なのだろうか。

 

(私は、彼のことを何も知らないんだな……)


 彼に聞きたいことを整理したいのに、頭の中がごちゃごちゃして上手くまとめられない。

 私たちがいなくなると客たちも落ち着いたのか、スピークイージーにはざわめきと賑わいが戻っていった。

 

 ◇ ◇ ◇


「で、なんだよ?」


 黒檀の重い扉が閉じると、個室とメインフロアは分断される。

 メインフロアに響くジャズの音は遠くに聞こえるほど小さくなり、客のざわめきはもう聴こえない。

 

 VIPルームの内装はメインフロアよりもさらに豪華だった。

 濃い葡萄色のシルク張りの壁はシャンデリアの琥珀色の光を浴びて艶めくように輝いていた。

 部屋の奥にはダークグリーンのベルベット地のソファがL字型に配置されており、ダミアンは両脇にハクレンとC.A.D.を並べて角へ座った。


「徴兵ですか? 少尉殿」


 扉側の壁には外がカーテンで覆われた小窓がある。

 小窓と扉の間に立ち、部屋を守るように立っているシュヴァリエから、冷たい声がかけられる。

 彼はエンゼル神父の友人のようだし、ある程度の事情はすでに把握しているのだろう。


「……いや、その話をしに来たんじゃない」


 私はと言えば、ダミアンとシュヴァリエの間にたたずんでいる。

 肩身の狭い空間で、まるで叱責される前の下っ端のような気分だった。


『おい姉ちゃん、あんた日本語話せるんだろ? 通訳してくれ』

『うわ、なんだヨお前! 隣くんじゃねえ!』


 ――ちなみに兵曹(お父さん)はハクレンが日本語を話せるのをいいことに彼女の隣に居座っている。

 

「へえ。じゃあ婚約破棄の話かな?」

「それも違う」


 ダミアンは揶揄うような声で茶化してくる。

 劇場でかけてくれたような真剣な熱のある声ではない、心理的な距離を感じさせる声色だった。


(まずは劇場での無礼を詫びて、状況を説明しよう。私がどんな立場でいるかを知ってもらいたい。そして、彼の状況もきちんと把握して――)


 頭で考えた言葉を舌に乗せようとしたとき、その言葉の軽さに嫌気が差した。

 この言葉はすべて、ダミアンの優しさに、同情に、そして私に抱いてくれている愛情に甘えている。

 彼の望む言葉を探して彼の心を暴いて……私の本心はどこにある?


 __パァン!

 

「……ありがとう」


 頭を空っぽにして出てきた言葉は、単純なものだった。

 

「私のことを……何度も助けてくれてありがとう」


 背後でシュヴァリエがドアから出ていく音が聞こえる。

 ドアの隙間からふわりと風が吹いてきて、軽く結っているだけの髪を揺らす。

  

「あなたを思い出す度に、あなたが考えていることが知りたくなる。あなたが何を好きで、何に心を動かされるのか、何を愛するのか知りたくなる。私は……」


 ――Don't move! Hands where I can see them!

 

「私はあなたのことが好きです。どうか、あなたのことを知る機会を、私にください」

「……織歌」 


 ダミアンが息をのむ音が聞こえる。

 彼は目を見開き、私の方へ視線を向けていた。


「メインフロアで戦闘起きてないか……?」


 ダミアンの隣に座っていたC.A.D.が覗き窓からメインフロアを覗く。

 「げっ」と声を上げると、慌てた様子でこちらを振り返った。

 

「マジヤバい~。めっちゃ銃撃ってんよぉ」


 入れ違いにシュヴァリエが扉から戻ってくる。

 感情を見せない人形のような男の額にうっすらと汗がにじんでいて、外の緊迫した空気が伝わってくる。

 

「ボス、ガサ入れです。ただ様子がおかしい。逃げてください」

   

 ―― Anyone opens their mouth next, and I'll blow it right off their face!(次に口を開いた奴は、口ごと撃ち抜く!)


 壁の向こうからスラング交じりの荒々しい言葉が聞こえてくる。

 普通の警察ならガサ入れで銃を乱発することはないだろう、明らかにおかしなことが起きているようだった。

 

『くそっ! いいところだったのに!』

『ふざけんな! ダミアンがあんな女と付き合うの許せないヨ!』

『織歌。ここは俺が抑えるから、お前たちはさっさと付き合え!』

『そこまで話は進んでません!』

 

 状況をハクレンに通訳してもらったのか、父は隠し持っていた銃を持ってシュヴァリエの援護に向かう。


「少尉。壁の裏に隠し扉がある、そこからボスと女性たちを避難させてくれ」

「わかった。ダミアン、扉を開けてくれ」


 真剣な話をしに来たのにとんだ事態になってしまった。

 ハンドバッグに入れていた銃を取り出しつつ、ドアの近くにいるC.A.D.の背中を手で支えて退出を促す。


「……いや、あたしはここにいよっかな」


 C.A.D.は動かなかった。


「C.A.D.、遊びじゃないんだ。早く逃げよう」

「だってさ、ふたり、大事な話してたじゃん。邪魔したくないなぁ」


 ダミアンは幼子に言い聞かせるように優しくC.A.D.を諭すが、C.A.D.は壁に背をついて座り込んでしまう。

 

「わかるよ……ダミアンが、その子のこと好きなの。こんなしょーもない横やりで終わっちゃうの、勿体ないよ」

「C.A.D.、私の話はいつでもいい。今はそれどころじゃ……」

「とっとと行けヨ!」


 C.A.D.を起こそうとした私の手をハクレンにはたかれる。

 ジン、と手の甲に鈍い痛みが走る、ハクレンは本気でぶっ叩いてきたようだ。

 「わがままを言うな」と言いたかったが、ハクレンが涙目で怒っているのを見て口をつぐんだ。

 

「これ以上ワタシたちを惨めにさせんな! 行け! 笨蛋(バカ)!」

「織歌の男も強いんでしょ? 大丈夫だってぇ」


 私にはわかる。

 この子たちもまたダミアンを愛していて、それでも今、私に道を譲ってくれている。

 ダミアンを振り返ると視線が合った。

 無言で頷きあうと、ダミアンがふたりに声をかける。

 

「ハクレン、C.A.D.……後で必ず迎えに来る」

「知らない! あっち行っちゃえ!」

「バイバイ、ダミアン」


 ソファに隠されたボタンを押すと、壁がスライドして開いていく。

 現れた隠し階段を使って、私とダミアンは部屋から抜け出した。

たとえ銃撃戦があろうと告白をやりきる織歌。

次話、ダミアンの過去がちょっと明らかになります。


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【毎週 月・水・金・土 / 朝7:00更新】の週4更新予定です。

次回は7/18(金)朝7:00更新です。

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