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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第一部【攻略編】第三章・二人目「マフィアのボス」攻略

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23「過去」 ★海神勝

『名前は……海神勝』


 ああ、言ってしまった。

 名前も正体もいつまでも隠しておけるものじゃないとは思っていたが、ここで伝えることが正解なのかはわからない。

 だが、この子に知ってほしいと思ってしまった。

 

『聞いてくれないか』 


 ――海神勝という名の、人間のことを。


 ◇ ◇ ◇


 今からだと――もう48年も前になる。

 熊本の士族の家に生まれたが、そのあとすぐに親父が西南戦争で敗北した。

 家は賊軍になっておとり潰し。

 姉は親戚の家に引き取られたが、まだ赤ん坊だった俺は燃やされた家の前に放置されていたらしい。

 

 元士族の看板が使えそうだってことで、地元のヤクザに拾われた。

 それなりに育ててもらって、若頭になった。

 だけど俺はろくな人間じゃなかった。

 殺せと言われて殺すだけ、組を守れと言われて守るだけ……感情も夢もない、つまらない存在だった。

 

 生き別れた姉がいるのは知っていたが、会いたいとも思わなかった。

 誰のことにも興味がなくて、誰のことも愛していなかった。

 

 そんな生き方をしてた時、対馬付近で海魔が暴れだしたってんで、軍が霊力が高い奴を探して一斉に徴兵しだした。

 徴兵された奴は「琅玕隊」とかいう部隊に投げ込まれて化物と戦わされる。

 霊力があればヤクザだろうが老人だろうが駆り出される――今の華やかな琅玕隊とは比べ物にならない最悪の部隊だった。

 

 で、まんまと徴兵された。

 逃げる奴はいっぱいいたが、俺は逃げたいとも思わなかった。

 もちろん国を守るなんて立派な意思はない、逃げたほうが面倒くさいことになると知ってたから、それだけ。


 だけど戦場は――「地獄」としか言いようがない場所だった。

 鉄の匂い、潮の腐臭、いつもどこかで誰かが叫んでいる。

 敵は人の形をしていない。奴らは何が狙いなのか、何体いるのか、いつ帰れるのか、何もかもがわからない。

 死んだら故郷に帰れるが、生きてる限りは戦わないといけない。

 そんな環境に、感情の死んだ俺はよく馴染んでいた。

 

 ある日、戦場で赤ん坊を拾った。

 俺が育てられるわけもなし、誰かに渡そう……そう思ったのに、なぜか赤ん坊を抱いている自分は今までと違う気がした。

 この子と故郷に帰りたいと思った。


 俺はこの子に人間にしてもらえた気がした。

 

 ◇ ◇ ◇


『織歌と名付けた直後、海魔に殺された。それが20年前だ』


 話をしている間、織歌の顔が見られなかった。

 突然の告白をこの子がどう受け止めてるのか心配だったのもあるが、それだけじゃない。


『……で、成仏する直前に乙女に話しかけられた。乙女の代わりにお前を助けてほしいと言われて、奴の力で地上に上がってきて……』

 

 ……話がどんどん荒唐無稽になっていくからだ。

 さすがに物語の話や未来のことは伏せておいたが、自分で言っていてもわけがわからない展開になっていく。


『だから死にぞこないが戻ってきたという点では俺は海魔なのかもしれないんだが……自覚はなくて……』


 途中までかなり真面目に話していたんだが、乙女と会ったあたりから内容に自信がなくなってきた。

 そろそろ織歌から「はっきり話せ!」と突っ込みを食らいそうなので、身構えながら薄目で織歌を確認する。


『母は、私には名付け親がいると言っていた……』


 だが織歌は真面目に聞いていてくれた。

 姉は、生きている時はまともに話したこともない弟が突然よこした子供を育て、そして俺のことも伝えていてくれたのだろう。


『……お、とう……さん……?』


 顔を上げた織歌の唇が、震えながらかすかに動いた。

 父だなんて呼んでもらえるほどのことはしていない。

 そう言おうとしたとき――


『も、もももももうしわけありませんでした……!!!!』


 ――織歌が派手に土下座を決めてきた。


『命の恩人とはつゆ知らず! これまで大変無礼な態度をとっておりました!』

 

 織歌の声は大きくはっきりと響く。

 生演奏のジャズも、周りの客の雑談も、俺たちの姿を見てぴたりと止まる。

 まるで時が止まったようだった。

 

『やめなさい。みんな見てるから……』


 周りの客が俺たちを見てひそひそとささやいている。

 英語の分からない俺にも「なんだあいつら」「喧嘩か?」と言うような話をしているのがわかる。

 

『今指を詰めます!』

『おい、やめろって!』

 

 卓に備え付けられたぺらぺらのナイフで指を詰めようとする織歌を慌てて制止する。

 パンしか切れなさそうなナイフだが、今の織歌なら本気でやりかねない。


『やらせてください! そうでないと自分を許せない!』

『駄目に決まってんだろ!』


 織歌の両手を掴んで動きを止めたいが、妙に力が強くてうまくいかない。

 軍人として鍛えてきただけのことはある。

 わちゃわちゃともめていると、背後から冷たい声が響いてきた。

 

「……で、なにやってんだ”婚約者”さん?」


 最悪のタイミングで、織歌の婚約者――ダミアンがやってきてしまった。

やっとダミアンの再登場、土下座ヒロインと何の話をするのか…!?

気になる方は次回も見ていただけると嬉しいです。


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【毎週 月・水・金・土 / 朝7:00更新】の週4更新予定です。

次回は7/16(水)朝7:00更新です。

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