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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第一部【攻略編】第三章・二人目「マフィアのボス」攻略

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22「名前は、海神勝」 ★海神織歌

「おい、アレ、本当か?」

「昼間オーナーが日本人をエスコートしてたらしいぞ。あの子じゃないか」

「連れの男は兄弟か?」

「……一応オーナーに連絡しとけ」


 私の声を聞いて、ガードマンに守られていた扉にスタッフが集まる。

 ひそひそと相談しあった後、中に入れてくれることにしたらしい。

 一人の男が私たちの前に現れ、丁寧に話しかけてきた。


「ご案内します」

「あっ……どうも……」


 日本人観光客の話など信じてもらえず、門前払いを食らうとばかり思っていたので、これは想定外だった。

 ハクレンもまったく同じ気持ちだったのか、私を指さしてわなわなと震えている。


「なっ、なんだヨ……お前……」

「じゃあ……ハクレン、C.A.D.、また後で」

「またねぇ~」

 

 よそ見をしている兵曹の腕をつかんで引き寄せ、案内人の後を追う。

 鉄の扉を通った先は閉店しているカフェの厨房で、案内人は奥にある業務用冷蔵庫へ私たちを案内する。

 巨大な冷蔵庫の扉を開けると、その先には地下への階段が続いていた。


『おお……忍者屋敷みたいだな……』

『きょろきょろするとまたぼったくられるぞ』


 階段を下りきった先にはまた扉。

 案内人が開けてくれたその扉の向こうは――まったく別の世界だった。


「ごゆっくりどうぞ」


 案内人が手で指し示す先にはクラシックな劇場を思わせるような豪華な空間が広がっている。

 シャンデリアはひっそりと会場を照らし、赤と金を基調とした壁が光を反射して全体を暖色で包む。

 壁際にはベルベットのカーテンで彩られたステージがあり、生演奏のジャズの重低音が会場を揺らす。

 

(まるで異世界だ……)

 

 客たちは身ぎれいな装いだが、白人だらけの地上とは違い、様々な人種にあふれている。

 ここではアジア人も特段珍しいわけでもなさそうで、彼らは入店した私たちに注目するが、すぐに興味を失ってそれぞれの会話に戻っていった。

 

『……案内役いなくなったぞ。これからどうするんだ?』


 初めて見るスピークイージーに圧倒されていたが、兵曹の声で正気に戻る。

 そうだ、英語も話せないこいつを連れまわしてるんだ。

 私まで戸惑っていたら何もできなくなってしまう。

  

『都市部での遊び方など心得ている。海兵学校時代も神戸でよく遊んだものだ』

『勉強をしろよ』

 

 堂々とした姿を見せて兵曹に安心感を与えてやろう。

 無礼な突っ込みをする兵曹を片手でいなして、空いた席を探させる。

 その間に私はバーカウンターへ向かい、サラトガ大佐に教えてもらったやり方で注文する。


「ティーとミルクを」

「かしこまりました」


 しばらくして注文通りの”ティー”と”ミルク”が出てきたので、それをもって兵曹の元へと向かった。


『ほら、ティーとミルクだ』

『酒じゃないのか?』


 テーブルにティーカップとミルク瓶を置くと、兵曹は怪訝な目で見つめてくる。

 望んだとおりの無知な反応が心地よくて、さっきサラトガ大佐に聞いたばかりの情報を得意げに披露してやった。

 

『ここは隠し部屋だが、あくまで喫茶店なんだ。いつガサ入れが入ってもいいように、容器も喫茶店のものを使用する』

『カフェーってやつか、洒落てんなあ』

『ティーはウィスキー、ミルクはブランデー・ミルクパンチ。あ、ミルクは私のだぞ』

『どっちでもいいよ』

 

 何はともあれ、入店成功だ。

 私も一息つくことにして、持っていたバッグからタバコを取り出す。

 

『火をどうぞ』

 

 タバコを口にくわえてオイルライターに火を灯そうとした時、マッチを持った兵曹の手が伸びてくる。

 マッチは店に置かれていたものだろう。

 手際の良さに苦笑しながら、兵曹から火をもらった。


『まるでヤクザの所作だな。実際、どうなんだ?』

『……そうだよ。だが徴兵された流れで離れたっきりだ。もう居場所はないだろうな』

『その方がいい。そのまま逃げ切ってしまえ』

 

 隠し部屋のカフェ、鳴り響くジャズの音色、日本語を知らない他の客――こいつから秘密を聞き出すにはこれ以上ない機会だ。

 ジャズの音で声が聞き取りづらいふりをしながら、自然な流れを装って兵曹と体を近づける。

 さて、何から問いただそう。

 乙女嬢との関係、乙女嬢の居場所、他の隊員候補の情報、他にも乙女嬢の持っている情報を聞き出さなければ――


『織歌、寒くないか?』

 

 聞きたいことは山ほどあったのに、兵曹の呑気な台詞に毒気が抜かれる。

 私が知りたい情報は、たったひとつだ。

 

『……いい加減、名前くらいは教えてくれないか?』

 

 兵曹が沈黙する。

 やはり身分は明かせないのだろうか。

 適当に偽名でもでっち上げておけばいいのに、それをしない不器用さには呆れる。

 だが、だからこそ信用できる。信用したいと思ってしまう。


『偽名でもかまわん。何て呼べばいい?』

『偽りの名前を呼ばせたくない……お前には……』


 その声音は彼らしくなく、小さく、そして震えていた。


『名前は……海神勝』

次回は、あの勝パパの過去編――

舞台は1903年。九州の片隅で始まる、若き父の物語です。


気になる方は、ぜひ次回も読んでみてください!


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【毎週 月・水・金・土 / 朝7:00更新】の週4更新予定です。

次回は7/14(月)朝7:00更新です。

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