21「スピークイージー」 ★海神織歌
陽が落ちきるのを待って、私たちは街へ繰り出した。
観劇用の服では目立ちすぎるため、私たちは劇場から衣装を借りて再び着替えている。
私は胸元の空いた白いワンピースと赤いベルト、兵曹は濃いグレーのスーツと黒いシャツに光沢の入った紫色のネクタイ。
(ちょっと洒落た格好をさせると、びっくりするほど柄が悪いなこいつ……)
軍服姿の時は朴訥な地方の男性という雰囲気だったのに、夜の街の服を着ると妙な威圧感と色気がある。
――というか、ヤクザに見える。
とはいえ当の本人は呑気なもので、電飾に照らされた街を物珍しそうに眺めていた。
『サラトガ大佐からもダミアンの情報を聞き出した。彼がオーナーをしているスピークイージーに行こう……兵曹?』
話を聞いているのかいないのか、兵曹は電飾に惑わされてふらふらと大通りへ歩いていこうとする。
この男は好奇心旺盛と言うかなんというか……こんな感じで駅でも迷子になったんだろう。
迷子にならないように兵曹の裾を掴み、裏通りに連れていく。
『スピークイージー?』
『アメリカは禁酒法で飲酒ができない。だからマフィアやギャングが秘密の酒場を作って酒を提供してるんだ』
『こんな裏通りで営業してるのか?』
『してるさ。周りを見てみろ』
明かり乏しい裏通りに、2~3人の若い男女のグループが間隔をあけて立っている。
その中心には雑居ビルの鉄の扉と、ガードマンが一人。
『看板を出せない秘密の酒場の入り口と、その手前で待ち合わせをしている客だ』
『なるほど……』
店は見つけたが、紹介はないので中に入ることはできないだろう。
ダミアンに「私が会いたがっている」という情報を遠回しに伝えられれば十分だ。
(軍もマフィアも関係なく話がしたい。互いの正体を知らないまま会話していた、劇場の時のように……)
受付に名前だけ名乗って帰ろう、とガードマンに向かって歩みを進めると、後ろから高い声が響いてきた。
『お前ら日本人だろ!? ここで何してるネ!』
「まってよ白鰱~」
振り返ると女子の二人組がいた。
ハクレンと呼ばれている、艶めいた長い黒髪のアジア系の女の子――喋り方の癖からして中国人だろうか。
その隣には彼女と仲良さげに腕を組んでいる金髪碧眼の白人の女の子。
このあたりで声をかけられるということは、彼女たちもスピークイージーの客なのだろう。
『日本語だ、珍しい』
『迷子か!? ここは観光客の来るとこじゃないヨ!』
この子は日本語が話せるようだった。
アメリカで兵曹以外と日本語で話すとは思っていなかったので、思わぬ出会いに感動してしまう。
「ここね~、治安悪いからぁ。危ないよぉ」
「そうなのか、忠告ありがとう」
「いいよお。あたしセルリアン・アリシア・ダムゼル。名前なげーからC.A.D.って呼んで~」
「いや、忠告じゃねーヨ! 観光客は帰れ!」
「こっち、ハクレンっつーの。チャイニーズだよ~」
白人がC.A.D.、中国人がハクレン、というらしい。
どうやら二人は親切にも、路地裏に迷い込んだ観光客――に見えている私たち、に注意をしてくれているようだった。
――まあ、ハクレンの方はただ追い返したいだけな気がするが。
「いいじゃないか。ハクレンが入れるなら、ここはアジア人お断りなわけじゃないだろう」
「当たり前だろ! ダミアンはそんなケチ臭い営業しないヨ!」
「そうだ、ダミアン。彼に会いたくて来たんだ」
「なっ……なんでだヨ……! お前あの人と何の関係ある!?」
私がダミアンに会いに来たと言うと、ハクレンはわかりやすく動揺した。
彼女だけではない、距離をあけて立っている他の客たちも雑談を止めて私たちの会話に聞き耳を立てている。
(これを言ったら彼は怒るだろうが……私と彼の間の暗号にはなるだろう)
しんと静まり返った裏通りで、私は聞き取りやすい声で宣言した。
「私はダミアンの婚約者だ」
ついに隠れ酒場・スピークイージーに潜入!
ハクレンとC.A.D.もまだ出てきます!
気になる方は次回もぜひご覧ください!
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