【番外編】サブストーリー01 少女歌劇団 ★海神勝
7月7日は勝の誕生日なので、勝主人公の番外編です。
時系列的には「09「心配」」の後くらいですが、単体でも読めるようになっています!
頭ゆるゆるギャグとしてお読みください!
「海神別奏」
ヒロインの海神 織歌を操作する乙女ゲーム。
しかし物語の作者は心を病んで倒れた結果、悪役令嬢・姫宮乙女に転生してしまう。
自分では物語をハッピーエンドに導くことはできない。
そう判断した乙女は、ストーリー開始前に死亡しているヒロインの父親・勝を蘇らせて自分の立場を託す。
かくして、海神 勝、享年28歳の軍人は悪役令嬢代行として織歌の隣にいることになった。
この話は、そんなゲームの中で発生する「サブストーリー」。
ニューヨークのイカれた住人たちが起こす、本編とは関係のない小さな物語である。
◇ ◇ ◇
ニューヨーク、グランド・セントラル駅。
多くの人が行き交う騒がしい駅の中で、シルクハットを着た奇術師のような格好の男が何事かブツブツ呟いていた。
「ああー、困った! 困った!」
(怪しすぎる……!)
その男は同じ言葉をずっと繰り返し続け、明らかに誰かが話しかけてくれるのを待っている。
「ああー!! 困ったなあ! アジア人女性で、舞台に立つ度胸があって、見目麗しい人がいてくれたらなあ!」
――というか、露骨に俺の娘・織歌を待っている。
(まさかこれが……「さぶすとーりー」とかいう小話……)
乙女に聞いたことがある。
本編とは関係のないトンチキな物語で、話しかけると始まってしまう。
>>【サブストーリー01 少女歌劇団】
ああ、妙な幻影も見える。
内容の意味はさっぱり分からんが、とにかく何らかの話はもう始まってしまったようだった。
『兵曹、どうした?』
ぼんやりしている俺に織歌が心配そうに話しかけてくれる。
どうやらこの子には幻影も見えず、状況もわかってはいないようだった。
(ということは、俺が導かないといけないのか)
作者として、作者が転生した悪役令嬢の代行として……
『……あの男に、話しかけに行こう』
『あの変な男に!? 関わらない方がいいぞ!』
『もう始まっちゃったから……』
『何が!?』
織歌は当然訝しむが、作者の作った物語はこの子にとって必要なもののはずだ。
俺だってあんな変人に話しかけたくはないが、渋々奴の元へ話しかけに行った。
***
「あー……なにかお困りごとでも?」
「いやあすいませんね、うぇっへっへっへ」
織歌が話しかけると、特徴的な笑い方をしながら男は状況を説明してくれた。
織歌に通訳をしてもらいながら俺も状況を確認する。
どうやら彼少女だけを起用した少女歌劇団のオーナーで、これから公演を控えているらしい。
行う演目は「悪役令嬢追放劇」
主役は特別な才能を持った令嬢。
感情表現が下手なため悪女のレッテルを張られ辛い日々を送るも、健気に己の務めを果たしている。
しかし婚約者である皇子に疎まれ、ある日婚約破棄を突きつけられてしまう。
家からも追放をされかけた令嬢はそこで覚醒し、巧みな言葉回しで公爵の鼻をあかしてやる……という物語。
おそらく織歌はこの主役の代理を任され、演劇を行うというのがこの小話の主題だろう。
「それなのに、皇子役と悪役令嬢役が同時に怪我をして出られなくなって。あなたに出ていただきたいのです!」
「主役2人もいないなら諦めるべきだろう。ダメだ、残念だがな」
しかし、織歌ひとりで助けになれないと、織歌は断ってしまった。
本来なら俺の立ち位置には14歳の少女――悪役令嬢・姫宮乙女がいるはずだ。
(つまり、もう一人の足りない役者は……俺なのか……)
少女歌劇団なのに!?
いい年の男が無理矢理14歳の少女の立ち位置に収まっているせいで、こんな謎の状況が発生してしまう。
だが、俺の存在で織歌の話を邪魔したくない。
『お、俺が……いるだろ……』
『いや、少女歌劇団だぞ!?』
『女装すりゃいい。俺がやる。悪役令嬢役!』
『しかも令嬢の方やるのか!?』
俺は覚悟を決めた。
14歳の少女の代行なんて、いつかこういう無理が発生するのはわかっていたんだ。
「男性役者は使ってませんよ!」とほざくオーナーを黙らせて、無理矢理に話を進める。
日本の少女歌劇団を模した劇団は徹底して日本を再現するため、台詞は日本語、隣に解説役がつくらしい。
幸いというべきか、都合がよすぎるというべきか……
何にせよ、俺に立ちはだかる最大の障壁である言語の壁の問題も解決していた。
◇ ◇ ◇
『貴様のような女と一生を共にするなど、恥の極み……! ハナコ・ヤマダ――婚約は、ここに破棄だ!!』
織歌の男装姿は様になっていた。
政府高官が来ていそうな礼服を着て、長い黒髪は三つ編みにして胸元に垂らしている。
女性的な体の線は残しつつも、その堂々とした振る舞いと演技で男性らしさを魅せつける。
まさに、男装の麗人だった。
「舞台は遥か東のとある帝国! 悲劇の公爵令嬢ハナコ・ヤマダは政略に嵌められ、婚約者である皇子に婚約破棄を突きつけられる!」
パチパチパチ!!!
小劇団なりに客入りはそれなりに多い。
東洋の男装令嬢と、解説役の説明に客席は湧いた。
織歌の演じている役は物語上はやられ役だというのに、それを思わせないほどの存在感を放っていた。
問題は俺だ。
どう頑張っても男の体つきが浮いてしまうため、女物の着物の上に、本来は羽織るはずの羽織を頭から垂らし、顔まわりを覆って全体をぼやかすようにした。
怪しいが、即席の舞台衣装だと言い張るしかない。
「……えーーー、ハナコ・ヤマダは哀れな醜女。幼い頃に妖によって受けた傷跡を隠すため、顔を隠して生きてまいりました!」
さすが解説役。
布を被った男にもそれっぽい解説をしてごまかしてくれる。
俺の登場でざわざわと戸惑うような声が聞こえてきたが、身体を隠す理由を知ると演出のひとつだと理解してざわめきは収まった。
『……何故』
まずい、声が低すぎる。
本来はもっと長ったらしい台詞だったが、自分の喉から出てきた太い声にびっくりして話を止めてしまった。
舞台の端で解説役が戸惑っているのが見える。
やはり、俺みたいなやつが悪役令嬢の代行など無理だったのか……
『黙れ! 貴様のような醜女はもううんざりだ!
私のやることなすことに口を出すその傲慢さにも、愛想が尽きた!
ゆえに、――貴様との婚約は破棄する!』
「なんと! 皇子は醜いハナコを悪し様に罵る! 哀れなハナコは反論の言葉さえも封じられ、皇子の一方的な物言いに耐えるしかありません!」
織歌がどうにかしてくれた――!!
即興でうまい台詞を考えてくれたため、俺は言葉を封じられた哀れな女として口数少なくしても良くなった。
客としても謎の布化物よりは男装の令嬢の活躍を見たいだろう。
客の視線は織歌に集中し、あの子の言葉を待っていた。
『もとより貴様が気に食わなかったのだ。隣でほほ笑んでいればいいものを、賢しらに浅はかな知識をさらけ出すその傲慢さ……』
『恋も政も、女が口を挟むべきではない』
『おとなしく飾られていれば、それで十分なのだ』
「え、ええ……悪しき皇子は有能な令嬢を悪し様に罵り、古い価値観を押し付ける! なんたる巨悪! 悪役と罵られた令嬢はいかに立ち回るのか!?」
演技にノってきた織歌は饒舌で……そして調子に乗りすぎた。
女はかくあるべしと、俺が聞いても古臭い価値観の台詞を並べ立てる。
(女の口から出る言葉か……?)
「うわ……」
「やっぱり古いんだな、日本って」
会場のざわめきは英語で俺には理解できないが、織歌にドン引きしていることだけはわかる。
違う、あの子は正義感があって、心の美しい少女なんだ。
ただ調子に乗りやすくて、傲慢で、自分のことが大好きなだけで……
(俺が、何とかしなければ……ヒロインとしての織歌の魅力を、きちんと伝えなければ……!)
『女が男と対等に並び立てるとでも?
いいか、女は黙って男の三歩後ろを歩くものだ。
口を出すな。余計なことを考えるな。それが女の幸せだ!』
『……わ、私の幸せは……あなたと同じ空を見る事だった』
俺は頑張った。
声の低さはどうしようもないが、調子に乗りすぎた男尊女卑皇子の軌道修正をするために、必死で台詞を絞り出した。
『隣に立てば……あなたの瞳が見える。あなたが見ている世界を、私も見たかった』
『…………』
『あなたの道が誤らぬよう、たくさん口を出しました。それが不愉快だというのなら、申し訳ありません』
たとえ疎まれても、この子の未来が少しでも良いものになってほしい。
思わぬところで、俺と悪役令嬢の心が重なる。
『私は消えます。それでも、私は常に、あなたの道が光あるものになると願っております』
「いや消えるなよ! アンタの物語だぞ!」
解説役が何か言っているが、口から出た台詞が消える流れになってしまったので俺は踵を返す。
『待て』
だが、それを織歌が止めた。
織歌は俺の肩を掴み、ぐいと体を自分の方へと向ける。
背丈の差で俺の顔を下からのぞき込むその顔は、20年前に拾った時と同じ……無垢で愛しい姿だった。
『私が悪かった。そこまで私を想ってくれるお前を、きちんと見ようとしなかった』
『……いえ、私が押し付けただけですから』
『お前は私の半身も同然。お前がいなければ、私は私を失ってしまう! どうか側にいてくれ!』
『…………はい。あなたが許してくれるのなら』
「な、なんとまさかの和解! 皇子も聞き分けが良すぎる模様! もともと良い子だったのか!」
慌てたような解説役の声に我に返る。
しまった。雰囲気に流されて物語の大筋を忘れていた。
これは悪役令嬢が不遜な皇子に弁論で返す復讐劇だというのに、うっかり仲直りしてしまった。
織歌もそのことに気づいたのか、気まずそうに眉に皺をよせていた。
「恋物語の締めは熱い口づけで終わるのが習わし! さて、過ちを認め合ったふたりの物語、美しく終わるさまをとくとご覧あれ!」
『…………解説役、なんて言ってる?』
『口吸いで終われと言っている』
『ダメだろ』
もともとの復讐劇を書き換えてしまったとはいえ、口吸いはやりすぎだ。
血がつながっていなくても、織歌がそのことを知らなくても、俺たちは父と娘だというのに。
「いじらしいふたりは見つめあい、恋心を確かめています! しかし物語の結末は近い! 早く!! 早く!!」
しかし解説役は許してくれない。
幕を閉じたいからさっさとやれ! という怒気を隠しもせずにまくしたてる。
『さっさと終わらせよう。ただの演技だ』
『駄目だ。お前には早すぎる……』
『兵曹……貴様私の部下だということを忘れるなよ』
このお転婆が……
俺の親心など知らずに言いたい放題の小娘にいい加減イラっと来た。
『なら、してやるよ』
ぐい、と肩を掴んで唇に唇を押し当てる。
織歌は強がっているが、口吸いに慣れていないことは態度でわかる。
互いの歯が当たらない様角度を調整すると、予想外の動きだったのか織歌の体がびくりと震えた。
本当の恋人なら、このまま舌を絡めてしまうところだが……
織歌の肩が少し震えているので、この辺で勘弁してやることにした。
肩を掴んで距離を取る。
自分がやったことを今更理解したのか、織歌は顔を真っ赤にして悔しそうに眼を閉じていた。
『男を挑発するとこうなるんだ』
『く、調子に乗るなよ……!』
「すれ違う心は再び結ばれ、ここに大団円! 愛しい二人は永遠に愛情を誓ったのでした!!!」
解説役が上手いこと締めてくれたおかげで、会場は拍手に包まれる。
>>【サブストーリー01 少女歌劇団】
>>【END】
目の前に謎の幻影が見え、文字が追加される。
よくわからんが、これでこの話は終わったようだ。
『兵曹……貴様、今日という今日は――覚悟しろよ……!!』
しかし織歌を盛大に怒らせてしまった。
この後の任務は、気まずい空気から始まりそうだ。




