19「恋人探し」★海神織歌
「なっ……それは話がちがうでしょう……!」
日米の合意の元で琅玕隊を結成することを決めているのに、用意されているのは数年前に壊滅した空の部隊だというのか。
思わず声を荒げるも、ベインブリッジ少将はうすら笑いを浮かべるだけ、サラトガ大佐は渋い顔をして目をつぶっているだけだった。
(どうやらアメリカ海軍も一枚岩ではないらしい……)
「レディが怒鳴るな。はしたないぞ」
「こんな状況では作戦が機能しません。今からでも編成していただきたい」
「……ふっ」
ベインブリッジ少将は私の言葉には返答せず、ただ笑っている。
アメリカ軍側は日本軍人が送り込まれることに強い拒否感を抱いているとは聞いていたが、総責任者がここまで敵意をむき出しにしてくるとは思わなかった。
「何かおかしなことでもございましたか?」
「失礼。お嬢さんが軍人ごっこしているのが面白くてね」
本当はもっと怒鳴りつけてやりたい。
だが、この調子では鼻で笑われるのがオチだろう。
「で、あれば……これから人員を募りましょう」
対等に会話をするために必要なのは、私の忍耐……建設的な会話をしなければ、未来は開かれない。
「霊力の適正者は千人に一人ほどしかおりません。軍内で人員が集められない場合、日本では民間人から探すこともあります」
「ほう、日本は“魔女”も将校になれると。アメリカにもぜひその制度を導入すべきだな、恋人探しの暇も省ける」
恋人探し――
その言葉にダミアンと兵曹の姿を思い出す。
先ほど彼らを庇う言い訳に婚約者という設定を使った手前、これに関しては何も言い返せない。
「……へへ」
どうしようもなくなって、曖昧に笑い返してしまった。
だがどうやら想像と違う反応だったのか、ベインブリッジ少将は面食らった顔をしている。
思わぬ形で一矢報いることができた。
「民間からの徴兵の可能性があることは事前にお伝えしております。軍内に人員がいない以上、その方向で行動を行いますがよろしいですね」
「……かまわない。ただし極秘任務であることを忘れないように」
「心得ております」
ベインブリッジ少将の意表を突けたことで、話の主導が私に回ってきた。
ここぞとばかりに話を進めていくと、サラトガ大佐もやっと会話に参加してきた。
「で、どうやって極秘裏に徴兵する気だ? ニューヨークだけで500万人以上いるんだぞ」
(……だから、まずは軍内に絞って探したかったんだ)
恨み言を心の中に押し込めつつも、簡単には行えないのも事実だ。
やり方は持ち帰って考えるしかないだろう。
『ダミアンはここにいないのか?』
私が考えに耽っていると、それまで黙りこくっていた兵曹が口を開く。
ダミアン……なぜ彼の名前が出てくるのだろうか。
「……あの、彼と話をしてもよろしいですか?」
「アメリカに連れてくるなら英語を学ばせておけ! 内容は嘘偽りなく報告するように!」
サラトガ大佐の激が飛ぶが、とにかく許可は得た。
後ろに控えていた兵曹に日本語で話しかける。
『なんでダミアンの話が出てくる?』
『なんでって、隊員だろう?』
『そうなのか!? もしかして、隊員候補は事前に乙女嬢が調査済なのか?』
『まあ、あいつが決めてるからな』
乙女嬢……逃げたとばかり思っていたが、やるべきことはやっていたらしい。
「で、何の話だったのかね?」
内容の分からない会話を目の前でされるのは不愉快なのだろう、ベインブリッジ少将が苛々とした口調で問いただしてくる。
だがアメリカ軍が協力的でない以上、すべて明かすのは避けたほうがいい気がする。
私はあえて兵曹に深く追及はせず、ベインブリッジ少将に報告した。
「すでに適正者の調査は済ませておりますので、これから向かいます」
「”誰を”、迎えに行くのかね?」
素知らぬ顔で返答してみたが、さすがに誰の名前も言わないわけにはいかないようだ。
ダミアン……怒らせてしまった彼を、こんな場で話題に出したくはなかった。
「……現状わかっている対象者はひとり。ダミアン・ヘイダルです」
「ああ、君の恋人か」
「いや――」
恋人を通り越して婚約者と偽った後に散々に怒らせてしまっている、とは言いづらい。
「婚約者、ですよね」
言いよどんでいると、エンゼル神父の冷たい声が後ろから響いてきた。
「それだけではございません。彼女は”先進的な”女性で、婚約者がそこの海魔と合わせて2人いらっしゃる」
「それはそれは。少尉が行くべきはソルトレイクシティだったのではないかね?」
「少将、そのジョークは差別的です」
「おや、失礼。神父殿には刺激でしたかな」
返す言葉のない私をよそに、エンゼル神父とベインブリッジ少将は好き放題言い合っている。
弛緩した空気に「もういいです」と、サラトガ大佐が大きくため息をついて割って入ってきた。
「少尉、それならばすぐに呼び寄せられるな」
「それが先ほど滅茶苦茶に怒らせてしまいまして。喧嘩別れになってしまい……」
「貴様、ふざけるなよ!」
バン、と大きな音を立ててサラトガ大佐が木製テーブルを叩きつける。
この場の誰をも威嚇するその音は、長い会議を告げる合図。
「ダミアンを徴兵しろ! 今すぐにだ!」
かくして、私はダミアンを探すことになる。
婚約者ではなく、部下として――
サラトガ大佐は中間管理職なので悪い奴というわけでもないです。
織歌も同じく勤め人…次回以降、婚約者を徴兵する嫌な任務に出発します…!
気になる方は次回もご覧ください!
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