14「理不尽」★ダミアン・ヘイダル
今回はダミアン視点です
初めて見た時は、なんて馬鹿な女だと思った。
仕事でグランドセントラルに行った帰り、顔見知りの警官が女ともめているのを見た。
女は自分の無実を主張していたが、アジア人女の喚き声など警官が聞くわけもない。
気まぐれで仲裁してやったついでに、身の振り方を教えてやった。
「この国のルールを理解しろ、自分の肌の色を理解しろ。
お前がどれほどの人物だろうが、これからすべての理不尽を浴びて”賢く”生きていくことになる――」
この忠告は呪いだ。
この先トラブルがあるたびにこの言葉を思い出し、自分に居場所などないことを知るだろう。
そして賢い立ち回りを考えるようになる。
それでいい。賢く立ち回れば、この国は夢を持てる場所だ。
そう思っていたのに――
その数時間後、劇場で再会した彼女は再びトラブルの渦中にいた。
(なにやってんだあの馬鹿……)
呆れた。自分の立場が分かっていないのか。
そう思っていたのに、彼女の目を見て心がざわついた。
公衆の面前で衣服を汚されても、周りの人間は誰一人助けなくても、彼女は凛としたまままっすぐに前を見ていた。
(自分が物語の主人公だとでも思ってるのか……?)
忠告を聞かない愚かさに、哀れなほどヒロイックな姿に、俺は一瞬夢を見てしまった。
この子はあらゆる理不尽をはねのけて、そのたび傷ついて、それでも立ち上がる「ヒロイン」のような活躍をするんじゃないのかと。
俺が棄てざるを得なかった誇りを、彼女は持ち続けたまま生きていけるんじゃないか。
そんな姿を、見てみたいと思った。
◇ ◇ ◇
(だからって、このイカレ神父ともめ事起こす必要はないだろ……!)
一度この子――織歌に夢を見たのだ。
できる事なら力を貸してやりたいが、この神父は腐った警官や頭の悪いギャングとは話が違う。
信仰に厳格で、それ故に話が通じない聖なる狂人だ。
織歌の連れの男の命を狙っているのであれば、それを遂行するためにはどんなことだってやりかねない。
「織歌、その男は本当に海魔なのか?」
「………………」
織歌は答えなかった。
海魔……海の近くに住んでいれば嫌でも出会うモンスターだ。
こんな人間っぽい見た目じゃなかった気がするが、この神父はその辺に関しては専門家だ。
彼が海魔だと言えば海魔なのだろう。
(……さすがに海魔は庇いきれない)
織歌と連れの男が何か母国語で何か話していたが、織歌の顔色を見る限り良い結論には至っていなさそうだ。
幸い神父は政治事には無関心だ。
海魔さえ殺せば、それを持ち込んだ織歌の処遇などいちいち気にしないだろう。
この子だけなら匿ってやれる。
「……話したくないならそれでいい。その男を切れ。お前だけなら庇ってやれる」
織歌の肩に手を添え、再び”忠告”する。
駅と劇場で何度か触れたことはあるが、改めて見ると儚げなほど小さかった。
「それはできない」
だが、この小さな体には芯が通っている。
理不尽にも恐怖にも折れることのない、まっすぐな精神が体を支えている。
「神父は海魔に関しては本職だ、適当言ってるわけじゃない」
「…………」
「海魔を庇ったりするな。別に家族や恋人じゃないんだろう?」
俺は自分でも驚くほど彼女に固執していた。
手を離せば連れの男と共に地獄の底まで行ってしまいそうな危うげな体を、どうにか繋ぎ止めたいと思っていた。
そんな義理も情も、俺たちの間には無いはずなのに。
「もういいでしょう」
痺れを切らしたエンゼルが動く。
連れの男も抵抗を示さず、両手を挙げたまま喉に食い込む刃を受け入れている。
(終わりだ)
連れの男とどんな関係かはわからないままだった。
海魔だと知っていたのか、騙されていたのか。
なんにせよ日本から海魔を持ち込んだなんてことが発覚すれば無事では済まない。
警官――今度は腐っていない奴が彼女を捉え、二度と国には帰れないだろう。
だが女一人逃がすくらいなら俺の力でできる。
「その手を下ろしなさい。エンゼル神父」
俺の勝手な心配をよそに、織歌は主人公然としたままだ。
凛とした声で神父に話しかけ、本当の身分を明かした。
「私は、帝国海軍陸兵隊 少尉・海神織歌。
日米両政府の協定に基づく、特別任務により当地へ派遣されている正規軍人です」
「まじかよ……」
それは想像もしていない身分だった。
日本じゃ女も軍人になるのか……世を偽る仮の姿”世間知らずの生意気な旅行者”が堂に入りすぎていて想像もしていなかった。
だが、それならこの凛とした強さには合点がいく。
理不尽に屈しないのは――高い身分、教養、軍人としての強さ、自分に絶対の自信があるから。
「その男は私の婚約者です。いかなる理由があろうともあなたの独断で処刑はさせません」
――そして彼女の心が、あの男のものだから。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・歴史的出来事などはすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。
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