12「説明がいっぱい」★海神勝
――そろそろ地上も落ち着いたころだろうか。
地下通路を抜け、再び地上に戻る。
小一時間も潜っていなかったが、人々はすでに俺たちへの興味など失っているようで、追いかけてくるものは誰もいなかった。
『着いたぞ。ここがブロードウェイ大劇場――ポセイドンシアターだ』
『これが、劇場?』
案内された場所には巨大な建物が立っていた。
そもそもこの国の建物全部が巨大に見えるが、その中でも群を抜いて大きい。
地面を突き刺すようにそびえ立つ石造りの建物は、正面には柱がいくつも並び、屋根の上には彫刻まで乗っている。
東京にだってこんな豪華な建物はないだろう――東京に行ったことはないが。
『……ここで、お前が歌うのか』
たしか乙女は、織歌は仲間と恋愛をして絆を深めながら海魔と戦い、【破邪の歌】と呼ばれる特別な歌の力で世界を浄化する、と言っていた。
おそらく、ここがその舞台となる場所なんだろう。
織歌はいずれここに立ち、愛した男と共に歌う――なんだか複雑な気分だ。
『…………貴様、公爵令嬢から何も教わってないんだな。しかたない、ここでちょっと授業をしてやろう』
再会できたばかりの娘を手放さなければならない事実に、心の奥がもやもやする……。
織歌が何か話しかけているが、あまり脳まで届かない。
『まず、琅玕隊だ。海魔を倒すために編成された海軍の特殊部隊、というのはわかるな』
そういえば、こいつは駅でダミアンとシュヴァリエに会っていたはずだ。
もう恋愛関係は進展しているのか?
『海魔は長らく日本近海にしか現れなかったが、20年前を境に世界中に現れだした。そのため、長年の対海魔討伐の技術を持つ日本は各国に対海魔指南役を派遣している。だが、これは極秘任務なんだ』
織歌の瞳をじっと見つめるが、まだ恋の熱に浮かれたような色はない。
ダミアンとシュヴァリエの会話からして、織歌の名前もまだ知らないようだったし、ろくに会話はしていないということだろうか。
『なぜなら日本軍の派遣なんてどの国も嫌がったからだ。だから公にしない極秘任務として秘密裏に人材を派遣することで話をつけた……世界じゃまだ影の存在だ』
――くそ、わからん。
『だからこそ、日本の琅玕隊を国際的な組織にするのが私の使命だ。それで、この劇場と軍の関係だが――』
直接織歌に聞くのが一番いいんだろうが、さっきからなにやらむにゃむにゃ語っていて喋りかける隙がない。
『海魔と言うのは亡霊の類だ。神事によって穢れを祓ったり、存在を寄せ付けぬよう結界を張ることができる。古来より公家の一族「姫宮一族」は【破邪の歌】と呼ばれる特殊な歌でその任を全うしていた』
ダミアンとシュヴァリエとの間に何もなくても、織歌や彼らの心が一方的に動くことはある。
若い年ごろならなおさら。その上織歌は美人だから、男が放っておかないだろう。
『つまり、歌うのはその公家の血を引く姫宮家。彼らを守り戦うのが私たち軍人で、私は歌わない』
織歌の女性としては少し低めの声もかわいいと思う。
何を言っているかわからないが、聞いていて不快感がない。
『ああでも、観劇自体はこれからできるぞ。公爵家はいないが、この国の演劇を楽しむのもいいだろう』
――で、いつ話しかければいいかな。
『わかったか? 何か質問は?』
俺がもだもだしていると、やっと織歌が一息ついた。
よし、聞くなら今だ。
『えっと……』
だが、咄嗟に言葉が出ない。
乙女との約束で、俺が物語の展開を知っていることは口に出せない。
そもそも、男との関係が進展したなんて、どう聞けばいい。
相手は若い女だ、下手な聞き方をすれば傷つけてしまうかもしれない。
『……お、お前は、好きな人とかいるのか……?』
『貴様真面目に話を聞いてたのか!!!』
怒らせてしまった。
『私はこの任務を成功させて昇進したいんだ! 浮かれてる暇なんてあるか!』
だが質問には答えてくれた。
どうやら恋愛の進展はなさそうだし、むしろ任務中ということで意識的に拒絶している雰囲気だ。
(まあ、普通そうだよな。乙女は何でこの状況で恋愛話を作ろうとしたんだか……)
怒ってしまった織歌は「さっさと行くぞ!」とまたも先に進みだしてしまう。
何をするかさっぱり聞いていなかったが、織歌の後ろをついていくと劇場の行列に続いていた。
織歌に続いて並ぶと、好奇の目線が刺さるのがわかる。
日本人が珍しいのか、女の尻に敷かれている男が面白いのか……こちらを見てひそひそと交わされる囁きの内容は俺にはわからない。
まわりは高い服を着た白人ばかり。神父服の聖職者も交じっているのがアメリカらしさ、なのだろうか。
目線は気になるが敵意は感じない、織歌も気にしていなさそうなので無視することにした。
「荷物をお預かりします」
「ええ、ありがとう――っ!」
日本でも観劇など殆どしたことがない俺と違って、織歌の所作は堂に入っていた。
近寄ってきた荷物持ちに荷物を渡す。
だが、荷物持ちの男の顔を見て織歌の言葉が詰まった。
「さっきはありがとうな。嬢ちゃん」
顔を腫らした男は、懐から何かを取り出して織歌に見せつける。
水色の襟巻――織歌がつけていたものだ。
男の言葉はわからなかったが直感で理解できる。
こいつは、駅で織歌を襲った「人攫い」だ。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・歴史的出来事などはすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。
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