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海神別奏~悪役令嬢代行おじさん~  作者: 百合川八千花
ニューヨーク到着編
10/12

10「a sitting duck」★海神織歌

※『』が日本語、「」が英語です

※a sitting duck=無防備な犠牲者。カモ

※当時の5ドルは今で言うと1万5千円くらいと思ってください

 ――結論から言うと、このタクシーはぼったくりだった。


「よし、到着だ。5ドルでいいぜ」


 グランドセントラル駅からブロードウェイの大劇場まで、どれだけ高く見積もってもせいぜい1ドルのはず。

 5ドルは高級レストランでフルコースも頼めるほどの額……こんな短い距離じゃありえない大金だ。


「高すぎます。10分も乗ってないでしょう」

「細けぇことはいいの。ほら、お財布出して。可愛い顔が台無しになるぜ?」

「いい加減に――」

『おい、降りないのか?』

 

 口論になりかけた時、隣に座っていた兵曹が私の裾を掴む。

 きょとんとした間抜け顔、状況が把握できていないという様子だった。


(――こいつもしかして、英語が使えないのか?)

 

 あのあほ令嬢、代理ならせめて英語くらい学ばせておけ。

 詐欺師の前で母国語の会話は避けたいが、何もわかっていないようなので渋々兵曹に説明してやる。

 

『ぼったくりだった。交渉するからちょっと待っていろ』

『ああ……。よそのシマで暴れるのはやめとけ。勉強代だと思って払っちまえ』

『だれが払うか!』


 やはり母国語での会話はよくなかった。

 兵曹と言いあっていると、運転手はこちらを振り返ってケラケラと笑っている。

 

「嬢ちゃん、お前のペットは言葉も話せないのか。きちんと躾けろよ」

「私の連れを愚弄するな! 貴様、警察に突き出すぞ!」


 案の定、運転手は兵曹が英語を話せないとわかると調子に乗ってきた。

 だが肝心の兵曹は馬鹿にされていることすら気づかず、逆に抗議する私を止めようとしてくる。


『落ち着けって』

『貴様も怒れ! 飼い犬扱いされてるんだぞ!』

『俺は気にしねえよ』


 兵曹は怒る私の肩をぽんぽんと叩き、「俺が払うから」と雑嚢から財布を取り出そうとする。

 こいつは一体どっちの味方なんだ。

 余計なことをするなと兵曹を振り返ると、運転手はアジア人の痴話げんかだ、とはやし立ててくる。


「おいおいワンちゃんたち、盛るなら外でやってくれよ」

『ほら、お前のせいで私まで犬扱いされた――っ!』


 その言葉を言い切る前に、兵曹の拳が脇をかすめていった。

 傷だらけの手で繰り出される固い拳は光のような速さで繰り出され、容赦なく運転手の頬へ当たる。


「ぎゃあっ!!」


 体をねじる体制で後部座席を振り返っていた運転手は、拳の衝撃で再び体をねじり、もんどりうってハンドルに倒れこむ。

 体重をかけたせいでクラクションが反応し、ビーッ!!!とけたたましい音が響き渡る。

 窓の外では周囲の歩行者が振り返り、通行人がざわつきだした。


『何やってんだ貴様!』

『……馬鹿にされたから、つい』

『私のことは止めたくせに!?』


 まずいことになった。

 ぼったくりとはいえさっきの人攫いとは違い暴力を匂わされてない状況で、怒った日本人が一方的に暴力をふるっている。

 運転手が「強盗だ!」と叫ぼうものなら間違いなく拘束、逮捕もあり得る。


「助けてくれ強盗だ!! こいつら俺を襲った!!」

「ああ、最悪の想定通りに!」


 そんなことを考えている間にも運転手は外に出て助けを求めだした。

 慌てて車から出るが、運転手の悲鳴を聞いて集まった人たちが逃がすまいと輪を作って私たちを囲む。

 「あんた大丈夫か!?」「おい、警察呼べ!」「逃がすな!」――群衆の声がだんだんと熱を持っていく。


『おい、どこいくんだ』

『暴れたのは俺だけだ。お前は早く離れろ』

 

 兵曹は私から離れると、両手を挙げて群衆の元へ向かっていく。

 遠巻きに見ていた群衆は近寄ってくる”強盗”に怯むものの、その中から正義感のある者たちが兵曹を取り押さえる。

 私もぼんやりしている場合ではない。

 兵曹の騒ぎを気にしつつ、混乱に紛れてラゲッジラッグからトランクをはぎ取る。

 ついでに開きっぱなしのドアから5ドルを放り込んでおいた。


「動くな、野郎!」

「こいつ、殴ったんだろ!?」


 スーツ姿の男が前に立ち塞がり、後ろからは青年が腕を取る。

 力任せに腕をねじり上げられ、受け身も取れずに地面にたたきつけられる。

 兵曹の額から血が滲み、顔がゆがむのが見えた。

 ぼったくりの言うことを聞けといったのはあいつだろうに、何で突然怒り出したんだ。

 そもそもあいつは英語がわからないんだから――


 【ほら、お前のせいで私まで犬扱いされた】


 ああ、私の言葉か。

 ”私が侮辱されたから”か。


 タクシーの陰で思わず頭を抱えた。

 自分が何を言われても気にしないなんて賢しらぶって、そのくせ私が侮辱されたら後先考えず手を出して。

 馬鹿め、自分だけ格好つけて。

  

「逃げるぞ!」


 兵曹を囲む人を蹴り飛ばし、地面に伏せている兵曹の手を引っ張る。

 ああ、民間人に手を出してしまった――上官がいなくてよかった。

 群衆がぎゃあぎゃあ騒いでいるが、相手をしてやる暇はない。

 私たちは振り返ることなく裏路地へと逃げだした。

 たくさんの罵倒を背中に浴びながら。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・歴史的出来事などはすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。


お読みいただきありがとうございます!

感想・評価・ブクマ励みになります。

【朝6:20/夜18:20に毎日2回更新】していく予定です。

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