表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

第6話 龍の爪痕

庭で小十郎と過ごすのが日課になってから、季節が少しずつ変わってきた。


朝の空気が冷たくなって、米沢城の周りの木々が薄っすら赤や黄に染まり始めてる。


俺の体はまだ5歳のガキのものだけど、体力はだいぶ戻ってきた。


木の枝を振り回すのも慣れてきて、時々小十郎と軽く走り回っても息が上がらなくなった。


義姫が毎日


「無理をせぬようにな」


と心配そうな顔で言ってくる。


「母ちゃん、もう子供扱いすんなよ」


と笑って返すと、義姫が


「幼子であろうと何であろうと、そなたは大切な子じゃ」


と柔らかく笑う。


輝宗は庭に顔を出すたび、


「そなた、動きが良くなってきたな」


と満足そうに頷いてる。


家族ってのは、こういう温かさが染みるもんなんだな。


転生してからまだ数ヶ月だけど、こいつらとの距離が縮まってるのが実感できる。


ある朝、庭に出ると、いつもと違う気配がした。


空は澄んでて、山々がくっきりと見えるけど、なんか静かすぎる。


鳥の鳴き声も遠くで控えめにしか聞こえない。


歴史オタクの俺には、戦国時代の空気が何か企んでるように感じる。


「梵天丸様、本日は何か異なり申すようでござるな」


小十郎が隣に立って、俺と同じ方向を見てる。


10歳のこいつがそんなこと言うってことは、ただの気のせいじゃないのかも。


「お前も感じるのか、小十郎。なんか近づいてくる予感がするよな」


俺が呟くと、小十郎が


「え?」


と目を丸くした。


「近づくと申され候は・・・・・・何でござるか?」


「さあな。戦国ってのは、いつ何が起きてもおかしくねえだろ」


ニヤッと笑ったら、小十郎が


「確かにござる・・・・・・」


と頷いて、少し緊張した顔になった。


こいつ、素直で可愛いけど、意外と鋭いとこあるな。


その日の昼過ぎ、庭で小十郎と枝を手に遊んでると、輝宗が慌ただしい足音で現れた。


いつもニヤニヤしてる顔が、今日はちょっと硬い。


「梵天丸、部屋に戻れ。客が参っておる」


「客? 誰だよ、父ちゃん」


俺が聞き返すと、輝宗が低い声で答えた。


「蘆名氏の使者じゃ。そなたも共に話を聞け」


蘆名氏って、あの蘆名氏か。


歴史じゃ伊達家と敵対してた東北の大名だ。


政宗が成長してからぶつかる相手だけど、今は俺が5歳の時分。


何でこんな早く使者が来るんだ?


「わかった、父ちゃん。行くよ」


小十郎に


「後でな」


と手を振って、俺は輝宗の後ろに付いて部屋に戻った。


広間に通されると、そこには見慣れない男が座ってた。


30代くらいか。


瘦せた体に鋭い目つき、地味だけど威圧感のある着物を着てる。


輝宗が俺を隣に座らせて、使者に向き直った。


「蘆名よりの使者にござるな。何用にて参られしや?」


使者が冷たい声で答えた。


「伊達輝宗殿、梵天丸様のご回復を聞き及び、祝いの品を持参いたし申した」


「併せて、我が主・蘆名盛氏が申すに、伊達家との縁を深めたいとのことにござる」


祝いの品って言って、使者が小さな木箱を差し出してきた。


輝宗が「ふむ」と頷いて、俺に目配せしてきた。


「おぬし、何と心得る?」


俺はニヤッと笑って、使者に目をやった。


「祝いの品ってのはありがたいけど、縁を深めるって何だよ?」


「蘆名さん、俺が生きてることが何か困るのか?」


5歳のガキがこんな口を利くもんだから、使者が一瞬目を丸くした。


「何・・・・・・? いや、梵天丸様、誤解にござる」


「我が主はただ、伊達家との睦まじき関係を望むのみにござる」


「睦まじき関係ねえ・・・・・・」


俺は内心で笑った。


戦国時代に「睦まじき関係」なんて言葉は、裏に何かあるのがお約束だ。


歴史じゃ蘆名氏は伊達家を牽制してた。


俺が回復したって聞いて、様子を見に来たんだろう。


輝宗が


「使者の言葉をありがたく受け取る」


と締めて、使者を下がらせた。


使者が去った後、輝宗が俺を別室に呼んだ。


「おぬし、あの使者に何故斯様な口を利いた?」


輝宗が静かに聞いてくる。


「父ちゃん、蘆名がただの祝いに来るわけねえだろ」


「俺が生きてると、将来の伊達家が強くなるって警戒してんだよ」


俺が言い切ると、輝宗が


「ほう」


と目を細めた。


「5歳の小童がそこまで見抜くか。さすが我が子じゃな」


「確かに、蘆名盛氏は我らを油断なく見つめておる。此度の使者は、様子見の使いに過ぎぬやもしれぬ」


俺はニヤッと笑った。


「なら、父ちゃん。俺らが先手を打つべきだよ」


「蘆名が様子見なら、こっちも仕掛けを準備しようぜ」


輝宗が一瞬驚いた顔をした。


「仕掛け? おぬし、何を企んでおる?」


「企むってほど大したもんじゃない。ただ、俺が生きてるってことを活かして、伊達家の力を示すんだ」


「例えば、家臣や民を集めて結束を固める。蘆名が動き出す前に、こっちの勢いを見せつけるって感じ」


輝宗が


「ふむ」


と唸って、しばらく黙った。


やがて、


「良き考えじゃ」


と頷いた。


「おぬし、幼き身なれど、頭が回るな。戦国の世を生き抜く才が既に芽生えておるやもしれぬ

「されど、無理はせぬようにな。体がまだ弱いゆえ、義姫に叱られるのは儂じゃ」


輝宗が笑って、俺も


「了解」


と笑い返した。


夜、部屋に戻って、俺は布団に寝転がった。


鏡を手に持つ。


冷たい銅の感触が手に馴染む。


蘆名氏の使者と対峙した今、鏡の政宗に報告したい気分だ。


「本体、今日、蘆名氏の使者に会ったぞ」


鏡を覗き込むと、曇った表面にアイツが映り込む。


隻眼の武将、伊達政宗だ。


「ほう、小童が動き出したか」


低い声で呟く。


「動き出したっていうか、使者が来たから応対しただけだよ。祝いの名目で様子を探りに来たっぽい」


俺が言うと、鏡の中の政宗が目を細めた。


「様子見か。戦国の世らしい策じゃな。で、おぬしはどう出る気じゃ?」


「どう出るって・・・・・・」


俺はニヤッと笑った。


「まずは体を整えて、家臣や民との絆を強めて、伊達家の力を示すつもりだ」


「蘆名が次に動く前に、こっちの勢いをアピールするんだよ、本体」


鏡の中の政宗が「ふん」と鼻を鳴らした。


「勢いをアピールだと? おぬし、まだ5歳じゃぞ。刀も持てまい」


「刀は持てねえけど、頭は使えるよ」


「現代の知識で、この時代をぶち抜いてやるつもりだ」


俺が言い返したら、鏡の中の政宗が


「ほう」


と笑った。


「現代の知識か。面白い小童じゃな」


「ならば、その知識とやらで儂を驚かせてみよ」


「儂の名に恥じぬようにな」


「恥じるかよ。俺はお前と一緒に、戦国を変えるんだ」


政宗がニヤリと笑って、


「見物じゃ」


と呟いた。


鏡が曇って、アイツの姿が消えた。


次の日から、俺は動きを加速させた。


庭で小十郎と戦の話を深めて、地面に簡単な地図を描いてみる。


「小十郎、もし敵がここから来たら、どうする?」


新しい質問でこいつを鍛える。


輝宗には


「もっと家臣に会わせてくれ」


と頼んだ。


民との絆も大事だ。


夜、鏡で政宗に


「次はお前が驚く番だ」


と宣言する。


隻眼の龍として、俺の戦国が動き出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ