第5話 龍の目覚め
庭に出るのが日課になってから、数日が過ぎた。体はまだ5歳のガキのものだから、長く歩くとすぐ疲れちまうけど、毎日少しずつ動ける距離が伸びてる。
義姫が
「無理するな」
とうるせえくらい心配してくるけど、
「母ちゃん、俺、もう大丈夫だから」
と笑って誤魔化す。
輝宗は
「元気ならそれでいい」
と言いながら、時々庭で俺の様子を見てニヤッと笑ってる。
家族ってのは、こういうもんなのかな。
転生したばっかで、まだこの世界に馴染めてねえけど、こいつらと過ごす時間は悪くねえ。
米沢城の庭は狭いけど、空気が澄んでて、遠くに山の稜線が見える。
朝もやが薄くかかってて、鳥の鳴き声が響いてくる。
戦国時代の空だ。
歴史オタクの俺にはたまらねえ景色だ。
教科書やゲームでしか知らなかった世界が、今、目の前にある。
しかも、俺はその世界の主人公――伊達政宗の体に入っちまってる。
右目が見えねえのは不便だけど、隻眼の龍ってのはこういう試練から始まるもんなんだろ。
「梵天丸様、今日もお庭ですか?」
声がして振り向くと、小十郎が立ってた。
10歳くらいのちっちゃい体に、立派な着物を着てて、目がキラキラしてる。
片倉小十郎、歴史じゃ政宗の右腕として名高い忠臣だ。
今はまだただの家臣の息子だけど、俺には将来の相棒に見える。
「お前、また来たのか。小十郎、暇なのか?」
ニヤッと笑いかけたら、小十郎が
「いえ、暇ではありません!」
と慌てて手を振った。
「父上に『梵天丸様の様子を見てこい』って言われたんです。で、ついでに遊びに・・・・・・じゃなくて、お話しに来ました!」
「ついでに遊びに、だろ? 素直に言えよ」
からかったら、小十郎が
「うっ」
と顔を赤くして俯いた。
こいつ、素直で可愛いな。
歴史じゃ冷静沈着な参謀ってイメージだけど、今はただの子供だ。
「いいよ、小十郎。一緒に遊ぶか。刀の振り方でも練習するか?」
俺が提案したら、小十郎が目を輝かせて
「本当ですか!」
と飛びついてきた。
おいおい、そんなに嬉しいのかよ。
庭の隅に移動して、俺と小十郎は木の枝を手に持った。
本物の刀なんて持てるわけねえから、子供っぽい真似事だ。
俺が「
ほら、こうやって構えるんだ」
と適当に枝を振り上げると、小十郎が
「こうですか?」
と真似してくる。
ぎこちねえ動きだけど、目が真剣だ。
「小十郎、お前、将来は俺の家臣になるんだろ? 今から慣らしとけよ」
適当に煽ったら、小十郎が
「家臣って・・・・・・梵天丸様、まだ5歳ですよ?」
と笑った。
「5歳でも夢はデカくていいだろ。俺、陸奥を統一するつもりだ。お前も一緒に戦えよ」
言い切ったら、小十郎が目を丸くして、
「陸奥を・・・・・・統一?」
と呟いた。
「本気ですか? そんなの、大名でも難しいですよ」
「本気だよ。小十郎、俺ならやれる。お前も信じてくれよ」
ニヤッと笑いかけたら、小十郎が一瞬黙って、でもすぐに
「はい、梵天丸様!」
と頷いた。こいつ、素直でいい奴だ。
歴史通り、俺の右腕になってくれるなら、今から仲良くしとくのが正解だ。
その時、庭の向こうから輝宗の声が聞こえてきた。
「梵天丸、小十郎、何やってるんだ?」
振り返ると、輝宗が家臣を連れてこっちを見てる。
ニヤニヤしてる顔が、なんか企んでるみたいだ。
「父ちゃん、俺と小十郎で刀の練習だよ。見ててくれ」
適当に言ったら、輝宗が
「ほう」
と目を細めた。
「刀の練習か。5歳でその気概はいいな。小十郎、お前も付き合うのか?」
小十郎が
「はい、お館様!」
と頭を下げると、輝宗が
「哈哈!」
と笑った。
「面白いガキどもだ。梵天丸、お前が元気なら、家臣どもに顔見せに行こうか」
「顔見せ?」
俺が聞き返すと、輝宗が頷いた。
「お前が死にそうだったって聞いて、皆騒いでたからな。生きてるって見せれば、安心するだろ」
確かに、疱瘡で死にかけた跡取りが回復したってのは、大ニュースだ。
俺はニヤッと笑って、
「いいよ、父ちゃん。行こうぜ」
と答えた。
輝宗に連れられて、俺は米沢城の広間に足を踏み入れた。
まだ5歳の体だから、歩くのもヨロヨロしてるけど、小十郎がそばで支えてくれる。
広間には10人くらいの家臣が集まってた。
髭面の武将から若い奴まで、みんなくすんだ着物を着て、俺を見る目が真剣だ。
輝宗が
「こいつが梵天丸だ」
と紹介すると、家臣たちが一斉に頭を下げてきた。
「梵天丸様、ご回復おめでとうございます!」
「お館様の跡取りが無事で、我らも安堵しました!」
声が揃ってて、なんか圧倒される。
俺はちっちゃい体で立ったまま、ニヤッと笑った。
「お前ら、心配かけて悪かったな。俺、もう大丈夫だ。これからよろしくな」
適当に啖呵切ったら、家臣たちが目を丸くした。
「梵天丸様、そんなしっかりした口を・・・・・・」
「熱が引いて、急に大人びましたな」
囁き合う声が聞こえてくる。やべえ、5歳っぽくねえよな。慌てて誤魔化す。
「う、うん! 元気になっただけだよ!」
子供っぽく言い直したら、輝宗が
「哈哈!」
と笑って、
「こいつ、生意気なガキだろ」
と家臣たちに言った。
家臣たちも笑って、
「さすがはお館様の息子ですな」
と頷いてる。
なんか、いい雰囲気だ。
こいつらと一緒に、陸奥を統一するんだ。歴史オタクの俺には、夢みたいな状況だ。
夜になって、俺は部屋に戻った。
布団に寝転がって、鏡を手に持つ。
冷たい銅の感触が手に馴染む。家
臣たちに顔見せした今、アイツに報告したい気分だ。
「本体、今日、家臣どもに会ってきたぞ」
鏡を覗き込むと、曇った表面にアイツが映り込む。
隻眼の武将、伊達政宗だ。
威厳ある顔で俺を見下ろして、
「ほう、小童が動き出したか」
と呟く。
「動き出したっていうか、顔見せだよ。皆、俺が生きてて喜んでた」
掠れた声で言ったら、鏡の中の政宗が目を細めた。
「喜んでた? ふん、貴様が死にそうだったから騒いでただけだろ。で、次はどうする気だ?」
「次?」
俺はニヤリと笑った。
「まずは体を鍛えて、家臣どもと絆作って、初陣に備える。陸奥を統一する第一歩だよ、本体」
鏡の中の政宗が
「ふん」
と鼻を鳴らした。
「初陣だと? 貴様、まだ5歳だぞ。刀も持てまい」
「刀は持てねえけど、頭は使える。現代知識で、この時代をぶち抜いてやるよ」
言い返したら、鏡の中の政宗が
「ほう」
と笑った。
「現代知識だと? 面白い奴だな。ならば、その知識とやらで俺を驚かせてみろ。俺の名を汚すような真似は許さんぞ」
「汚す? 冗談じゃねえよ。俺は佐藤悠斗だ。お前と一緒に、歴史を超えてやるよ」
鏡の中の政宗がニヤリと笑って
、「期待してるぞ、小童」
と呟いた。
その声が頭に響いて、鏡が一瞬曇った。
アイツ、また消えたのか? いや、まだいる気配はある。
こいつ、俺を見張る気満々だな。
次の日から、俺は本格的に動き出した。
体はまだ弱いけど、庭で小十郎と遊ぶ時間を増やして、少しずつ体力をつけてく。
義姫が
「無理するな」
とうるせえけど、
「母ちゃん、これくらい平気だよ」
と笑って誤魔化す。
輝宗は
「元気ならそれでいい」
と言いながら、時々家臣を連れて俺の様子を見に来る。
「梵天丸、お前、毎日小十郎と何やってるんだ?」
ある日、輝宗が庭で聞いてきた。
「父ちゃん、俺、小十郎と戦の練習だよ。将来、陸奥を統一する準備だ」
適当に言ったら、輝宗が
「ほう」
と目を細めた。
「5歳で陸奥統一か。面白いガキだな。だが、その気概は嫌いじゃないぞ」
輝宗が笑うと、小十郎が
「俺も梵天丸様と一緒に戦います!」
と飛びついてきた。
こいつ、ほんと素直だな。
夜、鏡を手に持って本体と話す。
「見てろよ、本体。俺とお前で、戦国をぶち抜いてやる」
鏡の中の政宗が
「面白い奴だ」
と笑う声が、俺の決意をさらに燃え上がらせた。
隻眼の龍として、俺の戦国が本格的に始まる。




