第4話 戦国の第一歩
眠りに落ちた瞬間、夢を見た。
いや、夢って言うより、政宗の記憶の断片が頭に流れ込んできた感じだ。
薄暗い部屋で、幼い俺――梵天丸が義姫に抱かれてる場面。
まだ疱瘡にかかる前で、右目が見えてた頃だ。
義姫が優しく笑って、
「お前は伊達家の誇りだよ」
と呟いてる。
そばで輝宗が
「この子は大物になる」
と笑ってる。
なんかほっこりする光景だ。
でも、その夢が急に暗転した。
血と汗と泥にまみれた戦場。
馬の嘶きと刀のぶつかり合う音。
遠くで「梵天丸様!」と叫ぶ声が響いてる。
俺はまだ5歳なのに、なんでこんな場面が頭に浮かぶんだ? 政宗の未来の記憶か、それとも俺の歴史オタクな脳が勝手に作った妄想か。
どっちにしろ、目が覚めた時、胸がドクドクしてた。
布団の中で目を開けると、部屋は薄暗い。
朝だ。
外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。
体はまだだるいけど、熱が引いた後のスッキリ感もある。
右目が見えないのは慣れねえけど、痛みがなくなっただけでもだいぶマシだ。
布団から這い出して、ちっちゃい手で体を起こす。
鏡を手に取って覗き込むと、幼い顔に赤い疱瘡の痕が残ってる。
右目が白く濁ってて、隻眼の龍って感じがようやく実感になってきた。
「梵天丸様、お目覚めですか?」
戸がガラッと開いて、女中が入ってきた。
水の入った桶と布を持って、俺のそばに跪く。
「お、お前、朝からうるせえな。静かにしろよ」
掠れた声で文句言ったら、女中が
「申し訳ございません!」
と頭を下げてきた。
いや、別に怒ってねえよ。
「いいよ、水くれ。顔洗いてえ」
女中が慌てて布を水で濡らして、俺に渡してきた。
冷たい布で顔を拭くと、汗と熱の残りカスが落ちていく感じがする。
生きてるって実感が、じわじわ湧いてくる。
家族との朝
女中が下がった後、義姫が入ってきた。
今日は昨日より落ち着いてて、髪もちゃんと整えてる。
「梵天丸、気分はどうじゃ?」
心配そうな声で俺を見てる。
椀に粥を入れて、そっと差し出してきた。
「母ちゃん、だいぶマシだよ。腹減ったから、それ食う」
ちっちゃい手で椀を受け取って、スプーンがないのに気づく。
戦国時代だもんな、箸か手で食うしかないか。
椀を口に近づけて、ズズッと啜る。
米の甘さとほのかな塩気が、体に染みていく。
義姫が俺の顔を見て、ホッとしたように笑った。
「お前がそんな元気なら、もう大丈夫だな。昨日まで熱にうなされてたのが嘘みたいだ」
「母ちゃん、心配しすぎだよ。俺、死なねえって言っただろ?」
笑いかけたら、義姫が
「そうだな」
と頷いて、俺の頭を撫でてきた。
ちっちゃい体が母ちゃんの手の下で縮こまるけど、なんか温かい。
歴史じゃ義姫は「政宗と対立した毒親」みたいに書かれることもあるけど、今のこいつはただの母親だ。
俺が生きてて、純粋に喜んでる。
その時、戸がまた開いて、輝宗が入ってきた。
今日は昨日より落ち着いた顔で、俺を見てニヤッと笑う。
「梵天丸、起きれたか。熱が引いたって聞いて、様子を見に来たぞ」
畳にドカッと座って、俺の顔を覗き込む。
義姫が
「今朝は粥を食べてます」
と報告すると、輝宗が
「ほう」
と頷いた。
「食えるなら、もう心配いらんな。お前が死にそうだったって聞いて、家臣どもが騒ぎまくってたからな」
「父ちゃん、俺、死なねえよ。伊達家の跡取りがこんなことで死ぬわけねえだろ」
適当に啖呵切ったら、輝宗が
「哈哈!」
と笑った。
「生意気なガキだな。だが、そのくらい元気があれば、伊達家の未来は安泰だ」
輝宗が俺の頭にゴツい手を置いて、グシャグシャ撫でてきた。
ちょっと痛いけど、悪い気はしねえ。
家族って、こういうもんなのかな。
転生したばっかで、まだこの世界に馴染めてねえけど、こいつらと一緒にいるのは悪くねえ。
輝宗が立ち上がって、
「家臣どもに顔見せに行くか」
と言い出した時、戸の外からチラチラ覗く影があった。
昨日見たガキだ。
片倉小十郎だ。今はまだ10歳くらいで、家臣の息子って立場。
「梵天丸様、お加減いかがです?」
小十郎が昨日と同じようにペコッと頭を下げてきた。
声がちょっと高くて、緊張してるのがわかる。
輝宗が
「入れ、小十郎」
と手招きすると、小十郎が恐縮しながら部屋に入ってきた。
「お前、小十郎だろ? 昨日も来たよな。俺、もう大丈夫だよ」
ニヤッと笑いかけたら、小十郎が目を丸くした。
「え、昨日覚えててくれるんですか?」
「当たり前だろ。お前、俺の家臣になるんだからな」
昨日と同じこと言ったら、小十郎がまた
「ええっ!」
と驚いて、輝宗と義姫が笑い出した。
「梵天丸、お前、5歳で家臣とか言うのか。面白いガキだな」
輝宗がからかうように言うけど、俺は内心ニヤけてた。
小十郎は歴史じゃ政宗の忠臣として名高い奴だ。
今から仲良くしとけば、将来が楽になる。
「父ちゃん、5歳でも夢はデカくていいだろ? 小十郎、俺と一緒に戦国生き抜こうぜ」
適当に煽ったら、小十郎が
「戦国・・・・・・?」
とキョトンとして、でもすぐに
「はい、梵天丸様!」
と頷いた。
こいつ、素直でいい奴だな。
輝宗が
「小十郎、お前もその気か」
と笑って、義姫が
「子供らしいな」
と呟く。
なんか、賑やかな空気が部屋に広がった。
家族と小十郎が部屋を出て、静かになった頃、俺は布団に戻って鏡を手に取った。
冷たい銅の感触が手に馴染む。
熱を乗り越えた今、アイツに次のステップを話したい気分だ。
「生き延びたぞ、本体。次、どうする?」
鏡を覗き込むと、曇った表面にアイツが映り込む。
隻眼の武将、伊達政宗だ。
威厳ある顔で俺を見下ろして、
「ほう、小童が元気そうだな」
と呟く。
「当たり前だろ。俺が死ぬわけねえよ。で、お前、どう思う?」
鏡の中の政宗が目を細めた。
「どう思うも何も、貴様が生き延びたのは認める。だが、それだけだ。陸奥を統一して、日本を掴むなんて大言壮語を吐いたんだ。次はその一歩を踏み出してみせろ」
「一歩ねえ・・・・・・」
俺はニヤリと笑った。
「まずは体を慣らして、家臣どもと絆作って、初陣に備える。それからだろ、本体」
鏡の中の政宗が「ふん」と鼻を鳴らした。
「初陣だと? 貴様、今5歳だぞ。まだ刀も持てまい」
「刀は持てねえけど、頭は使える。現代知識で、この時代をぶち抜いてやるよ」
言い返したら、鏡の中の政宗が
「ほう」
と笑った。
「現代知識だと? 面白い奴だな。ならば、その知識とやらで俺を驚かせてみろ。俺の名を汚すような真似は許さんぞ」
「汚す? 冗談じゃねえよ。俺は佐藤悠斗だ。お前と一緒に、歴史を超えてやるよ」
鏡の中の政宗がニヤリと笑って
、「期待してるぞ、小童」
と呟いた。
その声が頭に響いて、鏡が一瞬曇った。
アイツ、また消えたのか? いや、まだいる気配はある。
こいつ、俺を見張る気満々だな。
その日から、俺の戦国生活が本格的に動き出した。
体はまだ弱いけど、毎日少しずつ動けるようになってきた。
義姫が
「無理するな」
と心配するけど、
「母ちゃん、俺、もう大丈夫だから」
と笑って誤魔化す。
輝宗は
「元気なら外に出てみろ」
と言うから、庭に出てみた。
米沢城の庭は狭いけど、空気が澄んでて、遠くに山が見える。
戦国時代の空だ。
歴史オタクの俺にはたまらねえ景色だ。
小十郎が時々顔を出してくる。
「梵天丸様、今日はどうです?」
とか聞いてくるから、
「お前と一緒に遊ぶか」
と誘ってみた。
刀の振り方の真似事とか、戦の話とか、子供っぽい遊びの中で、こいつとの絆を深めていく。
歴史じゃ小十郎は政宗の右腕だ。
今から仲良くしとけば、将来が楽しみだ。
夜になると、鏡を手に持って本体と話す。
「見てろよ、本体。俺とお前で、戦国をぶち抜いてやる」
鏡の中の政宗が
「面白い奴だ」
と笑う声が、俺の決意をさらに燃え上がらせた。
ここからだ。隻眼の龍として、俺の戦国が始まる。




