第30話 龍の角と影の音
西暦1573年(元亀4年)、春
米沢城の裏庭で、俺は一本の古い梅の木の下に座っていた。地図を膝に広げ、春の陽射しが梅の枝を透かして淡い影を落とす中、風が静かに髪を揺らす。昨日、輝宗と櫓の上で東の果ての雲について話した後、俺は田畑の水路を流れる音を聞きながら夜を過ごした。会津の鍛冶の火が静かに燃え、相馬との会合が近づく中、黒脛巾組の報告が俺の頭を離れない。松島と石巻で舟が動き、人が集まる——雲の向こうに何か隠れている。伊達家の背を高くした今、龍の角をどう伸ばし、影の音をどう聞き分けるか。それが俺の次の試練だ。
輝宗が裏庭に現れたのは、陽が西に傾き始めた頃だった。鎧の音が静かに近づき、彼は梅の木の横に立った。春の風が彼の髪を軽く揺らし、穏やかな声が響いた。
「藤次郎、東の果ての雲が動き出したな。どうするつもりだ?」
俺は地図を見たまま、少し首を振って笑った。「うむ、父上。雲は背で読んだだけじゃ足りない。龍の角を伸ばして、影の音を聞き分けたい。米沢の民に新たな眼を与え、二本松の知恵を借りる。黒脛巾組に陸奥の北西を探らせ、音の源を掴んで次の手を考えるよ」
輝宗が地図に目を落とし、「角と影の音か」と呟いた。「具体的にどう進める?」
「米沢の民に田畑の異変を見分ける眼を教え、新たな守りを築く。二本松の知恵を借りるため、鬼庭殿に鍛冶の技を民に伝える策を考えさせる。黒脛巾組には陸奥の北西、多賀城や塩釜の奥を探らせ、影の音を聞き分ける」
輝宗が梅の枝を軽く叩き、「眼と知恵、そして北西の音か」と頷いた。「そなたの耳が鋭い。良き策だ。米沢に眼を与え、鬼庭に知恵を借りさせ、黒脛巾組に北西を探らせよ」
俺は地図を手に立ち上がり、「了解だ、父上」と答えた。風が梅の花びらを散らし、俺の肩に静かに落ちた。角を伸ばし、影の音を聞く——その覚悟が、俺の胸に深く響いた。
翌日、米沢の田畑で民が集まり始めた。水路のそばで、俺は鍬を手に持つ者たちに声をかけていた。田畑の異変——草の枯れ方や土の色の変化——を見分ける眼を教える。民がうなずき合い、静かに耳を傾ける中、小さな笑い声が風に混じる。遠くで水が流れる音が響き、俺はこれが新たな眼となり、伊達家の角を支えると確信した。
数日後、二本松から鬼庭左月が米沢を訪れた。春の陽射しが彼の鎧を照らし、静かな声が広間に響いた。
「藤次郎様、輝宗様、二本松の鍛冶が順調にござる。技を民に伝える策を進めれば、知恵が広がると存じる」
俺は地図を手に持ったまま、「おお、鬼庭殿、それは良き報せだ」と答えた。「鍛冶の技を民に伝える策を具体的に進めてくれ。二本松の知恵が角を伸ばせば、伊達家の力が深まる」
鬼庭左月が「はっ、藤次郎様の命に従い申す」と頷き、静かに下がった。俺は彼の背を見ながら、二本松の鍛冶が新たな音を奏でる日を想像した。
その夜、広場で地図を手にしていると、小十郎が元気に駆けてきた。春の風が彼の汗を乾かし、眩しい笑顔が響く。
「藤次郎様、会津の鍛冶が順調でござる! 武器が増えて、次はどうしましょうか?」
俺は地図を手に持ったまま、「おお、小十郎、見事だな」と笑った。「会津が順調なら、武器を米沢に運んでくれ。民の眼を鍛える準備に使いたい」
小十郎が目を輝かせ、「米沢に運ぶにござるか! 拙者、藤次郎様のために走り回り申す!」と駆け去った。俺はその背を見送りながら、小十郎の勢いが影の音を聞き分ける力になると感じた。
数日後、黒脛巾組の忍びが裏庭に現れた。夜の闇に溶け込むように、黒い脛巾を巻いた男が膝をつき、低い声で報告した。
「藤次郎様、陸奥の北西を探り申した。多賀城の奥で人が動き、塩釜の裏で舟が密かに集まり申した。影の音が響きつつある様子にござる」
俺は地図を手に持ったまま、「おお、見事だな」と軽く笑った。「黒脛巾組、頼もしい。多賀城と塩釜の奥の動きか。影の音なら、その正体を掴んでくれ」
忍びが「はっ、藤次郎様の命に従い申す」と静かに消えた。俺は夜風に揺れる梅の枝を見上げ、陸奥の北西に新たな影が響く気配を感じた。角を伸ばしてその音を聞く——藤次郎の耳が試される。
翌朝、米沢の田畑で民が鍬を手に異変を見分けていた。遠くで水路の音が響き、俺は輝宗と並んで広場に立っていた。輝宗が低い声で言った。
「藤次郎、米沢の眼が鋭くなってきたな。東の雲、北西の音、どう読み解く?」
俺は地図を手に持ったまま、「うむ、父上。雲は背で読み、音は角で聞く。米沢の眼を活かし、二本松の知恵を伸ばしつつ、北西の動きに耳を光らせてる」と答えた。「次は白石殿に民の暮らしを深めさせ、片倉殿に相馬との会合を具体化させる。黒脛巾組には北西を追わせる」
輝宗が静かに頷き、「良き流れだ。白石に暮らしを深めさせ、片倉に会合をつめさせ、黒脛巾組に北西を探らせよ」と命じた。
俺は「了解だ、父上」と答え、風が梅の枝を揺らすのを感じた。米沢の田畑に眼が育ち、二本松の鍛冶が知恵を広げる。陸奥の北西に影の音が響き、伊達家の角がその音を聞き分ける。小十郎が武器を運び、鬼庭左月が二本松を深め、黒脛巾組が北西の音を探る。俺は地図を手に次の影を待つ。




