第3話 決意の先へ
目を閉じたまま、俺は布団の中で体の感覚を取り戻そうとしてた。
熱が引いたとはいえ、全身がだるくて、腕を動かすのも億劫だ。
右目が見えないってのはまだ慣れねえけど、痛みが引いただけでもだいぶマシだ。
部屋の中は静かになってた。
さっきまで騒いでた女中や家臣たちの声が遠くに聞こえるだけ。
義姫がそばにいる気配はあるけど、今は俺を休ませようとしてるのか、黙って座ってるみたいだ。
「梵天丸、喉は渇いてないか?」
掠れた声が耳に届いた。
目を開けると、義姫が心配そうな顔で俺を見てる。
水の入った椀を手に持って、そっと差し出してきた。
「うん、喉乾いた。ありがと、母ちゃん」
ちっちゃい手で椀を受け取って、ゆっくり飲む。冷たい水が喉を通って、体の奥まで染みていく。
熱でカラカラだった体が、少しずつ生き返ってくる感じだ。
義姫が俺の顔を見て、ホッとしたように息をついた。
「熱が引いて良かった・・・・・そなたがそのような状態でもう駄目かと思ったんだぞ」
声が震えてて、目が赤い。
泣いてたんだろうな。
歴史じゃ「義姫は政宗の母で、後に弟を溺愛して政宗と対立した」なんて冷たく書いてあるけど、今のこいつはただの母親だ。
5歳のガキが死にそうになってるのを見て、気が気じゃなかったんだろう。
「俺、死なねえよ。母ちゃん、心配かけすぎたみたいだな」
笑いかけたら、義姫が目を丸くした。
「梵天丸、お前・・・・・・熱が引いて、そんなしっかり喋れるようになったのか?」
まただ。
5歳児がこんな喋り方するわけねえよな。
慌てて誤魔化す。
「う、うん! 熱が下がって、頭スッキリしただけ!」
子供っぽく言い直したら、義姫が小さく笑った。
「そうか。それならいい。お前が無事なら、それでいいのじゃ」
その笑顔見てると、なんか胸が締め付けられる。
転生したばっかで、まだこの世界に馴染めてねえけど、こいつらと一緒に生きていく覚悟が湧いてくる。
義姫が椀を下げて、女中に何か指示を出してる間に、部屋の外がまた騒がしくなってきた。
「お館様がおいでだ!」
「梵天丸様が回復したと聞いて!」
ガヤガヤした声が近づいてきて、戸がガラッと開いた。
入ってきたのは、30代くらいの男だ。
甲冑じゃないけど、立派な着物を着てて、顔に髭がびっしり。
眼光が鋭くて、威厳がある。政宗の記憶が教えてくれる。
こいつは父ちゃん――伊達輝宗だ。
「梵天丸、無事か!」
輝宗が畳にドカッと座って、俺の顔を覗き込んできた。
声は低くて、ちょっと掠れてる。
義姫がそばで
「熱が引きました」
と報告すると、輝宗が
「そうか」
と頷いて、俺の頭にゴツい手を置いてきた。
「お前が生きててくれて良かった。伊達家の跡取りがこんなことで死んだら、俺の顔が立たんぞ」
冗談っぽく言ってるけど、目が真剣だ。
歴史じゃ輝宗は
「政宗に家督を譲って隠居した後、敵に殺された」
って結末だけど、今はただの父親だ。俺を見て、ホッとしてるのがわかる。
「父ちゃん、俺、死なねえよ。心配すんな」
笑いかけたら、輝宗が
「ほう」
と目を細めた。
「熱が引いた途端に生意気になったな。だが、そのくらい元気があれば安心だ」
輝宗が笑うと、部屋の空気が少し軽くなった。
義姫も小さく笑って、
「梵天丸らしいな」
と呟く。
なんか、家族って感じがしてくる。
転生したばっかで、まだこの体に慣れてねえけど、こいつらと一緒にいるのは悪くねえな。
その後、輝宗の後ろからチラチラ顔を覗かせるガキが入ってきた。
10歳くらいか。
小柄で、目がキラキラしてる。
政宗の記憶が教えてくれる。
こいつは片倉小十郎――後の政宗の右腕だ。
今はまだ「小十郎景綱」とか名乗る前で、ただの家臣の息子だ。
「梵天丸様、お加減いかがです?」
小十郎が畳にペコッと頭を下げてきた。声がちょっと高くて、緊張してるのがわかる。
「お前、小十郎だろ? 俺、もう大丈夫だよ」
ニヤッと笑いかけたら、小十郎が目を丸くした。
「え、俺のこと知ってるんですか?」
「当たり前だろ。お前、俺の家臣になるんだからな」
適当に言ったら、小十郎が
「ええっ!」
と驚いて、輝宗と義姫が同時に笑い出した。
「梵天丸、お前、まだ5歳だぞ。家臣とか言うには早いんじゃないか?」
輝宗がからかうように言うけど、俺は内心ニヤけてた。
小十郎は歴史じゃ政宗の忠臣として名高い奴だ。
今から仲良くしとけば、将来が楽になるだろ。
「父ちゃん、5歳でも夢はデカくていいだろ?」
言い返したら、輝宗が
「ほう」
と目を細めて、
「確かにその通りだ」
と頷いた。
小十郎はまだキョトンとしてるけど、なんか楽しそうに笑ってる。
こいつ、いい奴そうだな。
家族が部屋を出て、静かになった頃、俺は布団の中で鏡を手に取った。
冷たい銅の感触が手に馴染む。
熱との戦いを乗り越えた今、アイツに報告しとかねえとな。
「生き延びたぞ、本体」
鏡を覗き込むと、曇った表面にアイツが映り込む。
隻眼の武将、伊達政宗だ。
威厳ある顔で俺を見下ろして、
「ほう、小童がやりおったか」
と呟く。
「当たり前だろ。俺が死ぬわけねえよ」
掠れた声で言い返したら、鏡の中の政宗が目を細めた。
「熱に浮かされて死にかけだった癖に、よく言う。だが、生き延びたのは認めてやる。で、次はどうする気だ?」
「次?」
俺はニヤリと笑った。
「これからが本番だ。陸奥を統一して、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と渡り合って、日本を俺の手で掴む。見てろよ、本体」
鏡の中の政宗が
「ふん」
と鼻を鳴らして、ニヤリと笑った。
「面白い。ならば俺も付き合ってやる。貴様が俺の体でどこまでやれるか、見物だな」
おいおい、マジで付き合う気かよ。
転生した上に、本体が相棒とか、俺の人生どうなってんだ?
「でさ、本体。お前、俺に何を期待してんだ?」
鏡の中の政宗が一瞬黙って、目を細めた。
「期待? 俺はただ、貴様が俺の体で何をするか見たいだけだ。だが、陸奥を統一して日本を掴むなんて大言壮語を吐くなら、それに見合うだけの事をやってみせろ。俺の名を汚すような真似は許さんぞ」
「名を汚す? 冗談じゃねえよ。俺は佐藤悠斗だ。お前を超えるつもりでやってやるよ」
言い返したら、鏡の中の政宗が
「ほう」
と笑った。
「超えるだと? 小童が面白いことを言う。ならばやってみろ。俺は楽しみに待ってるぞ」
その笑い声が頭に響いて、鏡が一瞬曇った。
アイツ、消えたのか? いや、まだいる気配はある。
こいつ、俺を見張る気満々だな。
その夜、俺は布団の中で目を閉じた。
体はまだだるいけど、心は燃えてる。
義姫や輝宗、小十郎たちの顔が浮かぶ。
こいつらと一緒に、俺は戦国を生き抜くんだ。
疱瘡を乗り越えた今、隻眼の龍としての第一歩が始まった。
歴史じゃ、政宗は16歳で初陣を迎えて、東北を牛耳る大名になった。
俺がその体に入った今、もっとデカいことやってやる。
陸奥を統一して、信長や秀吉、家康とガチンコで勝負して、日本を俺の手で掴む。
それが俺の夢だ。
そして、本体の夢でもあるだろ?
「見てろよ、本体。俺とお前で、歴史をぶち壊してやる」
鏡を握ったまま、俺は眠りに落ちた。熱との戦いは終わった。
ここからが、俺の戦国だ。




