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第2話 隻眼の誕生と決意

熱との戦いがどれくらい続いたのか、わからねえ。


意識が飛び飛びで、時間なんて感覚がぐちゃぐちゃだ。


熱にうなされてる間、夢とも現実ともつかねえ幻が頭の中を駆け巡ってた。


戦国時代の荒々しい風が吹く野原で、俺が――いや、梵天丸が馬に乗って疾走してる姿。


右目がまだ見えてた頃の記憶か、それとも俺の妄想か。


どっちでもいいけど、その幻の中で、遠くに立つ隻眼の武将が俺を見て笑ってた。


鏡の中のアイツだ。


あのニヤけた顔が、


「貴様、生きてみせろよ」


と煽ってくるみたいで、ムカつくけど妙に力が湧いてきた。


意識が戻るたび、女中が水をかけてくれたり、義姫が額を拭いてくれたりする感触がぼんやり残ってる。


冷たい水が体に当たるたびに、ガタガタ震えてたけど、その冷たさが熱を少しずつ奪ってくれてる気がした。


義姫の手は温かくて、掠れた声で、


「梵天丸、頑張れ」


と呟くのが聞こえてくる。


熱で朦朧とする頭でも、母ちゃんの声はちゃんと届いてた。


女中が持ってくる薬草の煎じ汁は苦くて、飲むたびに顔が歪むけど、


「これで少しはマシになる」


と自分に言い聞かせて無理やり飲み込んでた。


戦国時代に抗生物質なんかないんだから、気合いと根性で乗り切るしかない。


そんな日々が何日続いたのか、わかんねえ。


熱に浮かされて、時折意識が飛ぶ。飛んだ先でまたあの幻だ。


今度は戦場だ。


血と汗と泥にまみれた武将たちが、俺の――梵天丸の名を叫んでる。


「梵天丸様、突撃を!」


って。


俺はまだ子供なのに、なんでこんな場面が頭に浮かぶんだ? 政宗の記憶が混じってるのか、それとも俺の歴史オタクな脳が勝手に妄想してるのか。


どっちにしろ、熱の中で見るその光景は、俺に何か言い残してるみたいだった。


生きろ。


戦え。そして、掴め。


ある朝、目が覚めた時、体が軽くなってた。


熱が引いたんだ。


全身が汗でべたべたしてて、布団が湿っぽい。


体を起こそうとしたら、腕に力が入らなくて、布団にドサッと戻っちまった。


情けねえな、と思いながら、右手を顔に持っていく。


右目が・・・・・・見えねえ。


指でそっと触れると、瞼が熱っぽくて、目を開けても光が入ってこない。


枕元の鏡を手に取った。


ちっちゃい手で握るのがやっとだ。


曇った表面に映るのは、幼い顔。


5歳か6歳くらいのガキの顔に、赤い疱瘡の痕が点々と残ってる。


そして、右目が白く濁ってた。


隻眼の龍、ここから始まるわけだ。


「梵天丸様、お目覚めですか!」


部屋の戸がガラッと開いて、女中が飛び込んできた。


さっきまで静かだった部屋が一瞬で騒がしくなる。


女中は目を丸くして、俺の顔を見ては、


「生きてる! 生きてる!」


と叫びながら畳に額を擦り付けてる。


うるせえな、と思いながらも、なんか悪い気はしねえ。


「お、お前、落ち着けよ。俺、生きてるからさ」


掠れた声で言ったら、女中が


「梵天丸様!」


とまた泣き出した。


おいおい、泣くなよ、こっちが気まずいだろ。


「水・・・・・・くれよ。喉乾いた」


女中が慌てて立ち上がって、水桶から柄杓で水を汲んできた。


ちっちゃい手で受け取って、グビッと飲む。


冷たい水が喉を通って、体に染みていく。


生きてるって実感が、ようやく湧いてきた。


その時、戸がまた開いて、今度はもっと慌ただしい足音が近づいてきた。


「梵天丸!」


掠れた声で飛び込んできたのは、義姫だ。


母ちゃん。顔は涙でぐしゃぐしゃ、着物の裾が乱れてて、髪もボサボサ。


俺の姿を見るなり、畳に膝をついて、俺の小さな体を抱きしめてきた。


「梵天丸、無事か? 目を覚ましてくれ、頼むから・・・・・・」


熱が引いた後でも、義姫の声は震えてた。


俺の背中に回された腕が、ぎゅっと締め付けてくる。


ちっちゃい体が母ちゃんの温かさに包まれて、なんか照れるけど、悪い気はしねえ。


「母ちゃん、もう大丈夫だよ」


笑いかけたら、義姫が涙目で俺を見た。


顔をまじまじ見て、目を丸くする。


「梵天丸、そんなしっかりした口を・・・・・・熱が引いて、そんなにしっかり喋れるのか?」


そりゃそうだ。5


歳児がこんな喋り方するかよ。


慌てて誤魔化す。


「う、うん、大丈夫! 熱が下がっただけ!」


子供っぽく言い直したら、義姫が涙を拭いて笑った。


「そうか、無事ならそれでいい・・・・・・」


その笑顔見てると、なんか胸が熱くなる。


転生したばっかだけど、こいつを失望させるわけにはいかねえな。


義姫が俺を抱きしめたまま、部屋の外で騒がしい声が聞こえてきた。


「梵天丸様が回復したぞ!」


「お館様に知らせねば!」


家臣たちの声だ。


どいつもこいつも、俺が死にかけてたって知ってたんだろう。


そりゃそうだ、疱瘡で死ぬ子供なんざ、この時代じゃ珍しくねえ。


歴史じゃ「政宗は疱瘡で右目を失った」ってさらっと書いてあるけど、その裏でこんなに大騒ぎがあったなんて、教科書には載ってねえよな。


俺は布団の中で、ぎゅっと鏡を握り潰すように持った。


冷たい銅の感触が、手に食い込む。


「生き延びたぞ、本体」


鏡を覗き込むと、曇った表面にアイツが映り込む。


隻眼の武将、伊達政宗だ。


威厳ある顔で俺を見下ろして、


「ほう、小童がやりおったか」


と呟く。


声は低くて、どこか楽しそうに聞こえる。


「当たり前だろ。俺が死ぬわけねえよ」


掠れた声で言い返したら、鏡の中の政宗が目を細めた。


「熱に浮かされて死にかけだった癖に、よく言う。だが、生き延びたのは認めてやる。で、次はどうする気だ?」


「次?」


俺はニヤリと笑った。


「これからが本番だ。陸奥を統一して、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と渡り合って、日本を俺の手で掴む。見てろよ、本体」


鏡の中の政宗が「ふん」と鼻を鳴らして、ニヤリと笑った。


「面白い。ならば俺も付き合ってやる。貴様が俺の体でどこまでやれるか、見物だな」


おいおい、マジで付き合う気かよ。


転生した上に、本体が相棒とか、俺の人生どうなってんだ?


義姫が俺から離れて、女中に何か指示を出してる。


部屋の外じゃ、家臣たちがまだ騒いでる。


俺は布団に寝たまま、頭の中でこれからのことを考える。


疱瘡を乗り越えた。右目は失ったけど、生きてる。


隻眼の龍ってのは、こういう試練から始まるもんなんだろ。


歴史じゃ、政宗は16歳で初陣を迎えて、東北を牛耳る大名にのし上がった。


俺がその体に入った今、もっとデカいことやってやる。


陸奥を統一して、信長や秀吉、家康とガチンコで勝負して、日本を俺の手で掴む。


それが俺の――いや、俺とお前の夢だろ、本体。


鏡を握ったまま、俺は目を閉じた。体はまだだるいけど、心は燃えてる。


熱との戦いは終わった。


ここからが、俺の戦国だ。


隻眼の龍、伊達政宗として、俺は歴史をぶち壊してやる。



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