第1話 梵天丸、熱に沈む
俺、佐藤悠斗、21歳。歴史オタクで、特に伊達政宗に首ったけの大学生だ。
隻眼の龍、戦国時代の東北を牛耳った派手好きの若大将。
大学のレポートで政宗のことばっか書いてたら、教授に「また政宗か」と呆れられたけど、そんなの知ったこっちゃない。
政宗は俺のヒーローだ。
いや、「だった」と過去形で言うべきか。
だって今、俺の体はちっちゃくて、熱でガタガタ震えてるんだから。
事の始まりは昨日だ。
大学の帰りに寄った骨董市で、胡散臭い爺さんが、
「これ、伊達家の秘宝だよ」
と囁いてきた。
古びた銅鏡、表面は曇ってて縁に龍の模様が彫られてる。
3000円って安すぎだろって思ったけど、政宗の名前が出た瞬間に財布を開いてた。
家に帰って部屋の電気をつけ、鏡を手に持って何気なく覗き込んだ。
すると、頭がぐらりと揺れて、視界が真っ暗に。次に目を開けた時――ここだ。
「梵天丸様、目を覚ましてください! お願いします!」
耳元で掠れた泣き声が響く。
薄暗い部屋に藁の匂いが漂ってる。
目の前には涙目の女中がいて、俺の手を握り潰さんばかりに締めてる。
梵天丸? それって政宗の幼名だろ。
慌てて自分の手を見ると、ちっちゃい。
5歳か6歳くらいの子供の手だ。
顔に触れると、熱で火照ってて、指先に赤い斑点の感触。
疱瘡だ、これ。
歴史じゃ「幼少期に疱瘡で右目を失った」って一行で済んでるけど、こんなガキの体で味わうなんて聞いてねえよ。
「うそだろ・・・・・・俺、梵天丸に転生したのか?」
掠れた声で呟いたら、女中が、
「梵天丸様が喋った!」
と叫んで大騒ぎ。
頭に政宗の記憶が断片的になだれ込んでくる。
永禄15年(1572年)、米沢城、伊達輝宗の嫡男として生まれたばかりの俺――梵天丸が、今まさに疱瘡で死にかけだ。
右目が焼けるように痛む。
頭が熱でボーッとする中、俺は現実を飲み込んだ。
「マジかよ。こんなタイミングで転生とか、最悪だろ・・・・・・いや、待てよ」
ここで死ぬわけにはいかない。
俺が政宗なら、絶対に生き抜いてやる。
陸奥を統一して、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康と渡り合って、日本を俺の手で掴む。
それが俺の――いや、伊達政宗の夢だろ?
すると、頭の中で低い声が響いた。
「貴様、俺の体で何だ?」
驚いて枕元にあった鏡を手に取る。
さっきの骨董市のやつだ。曇った表面に映るのは、幼い俺の顔じゃない。
隻眼で威厳ある武将――伊達政宗その人だ。
え、マジかよ? 鏡に魂でも宿ってんのか?
「俺はお前だ、政宗。死にたくねえなら黙って見てろよ」
適当に啖呵を切ったら、鏡の中の政宗が
「ほぅ、小童が」
と笑った。
「ならば見物だ。俺の命をどう使うか見せてみろ」
おいおい、ガチで政宗の魂がいるのかよ。
転生した上に本体と同居とか、俺の人生どうなってんだ?