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紫乃の言葉世界 純粋

   《 鬼になった婦人のお話 》



その婦人は友人である殿方に、焦がれるほど恋をしていました。


ある日、殿方と共にお茶を飲んでいる時に婦人は耐えきれず、

「私は貴方を友としてでなく、お慕いして

おります」

と告げました。


殿方は少し目を見開いて、そして哀し気に目を伏せて言いました。

「君はとても素敵なご婦人だけど、大切な

友人の一人だと思っている。

君の想いに添うことができず、 申し訳な

いのだが…」


婦人は心の中を刃物で切り裂かれた様な、痛みで非常に苦しくなりました。


日が経つにつれてその痛みは益々強くなり、あれほど恋しく想っていた殿方へ何か得体の知れぬ、どす黒い情が渦巻き始めたのです。


共に書物を読み、語り合った時間…

共に散歩をして、花を摘んだ時間…

沢山の時間を傍で過ごしてきたのに、何故あの方は私と同じ想いを抱いてくれないのか!


婦人はかつて友人だった殿方を苦しめたくて、嘘の悪い噂を街中に言いふらして回りました。徐々にその噂は広まって、殿方は街の人々から血も涙も無い極悪人の様に見られるようになりました。


婦人のその様な行いで街全体に濁った空気が立ち込め始めた頃、婦人が昔殿方と散歩をした川べりを一人で歩いていると、向こうからやつれた顔をした殿方が歩いて来たのです。


婦人は驚いて立ち止まり、殿方を見つめます。殿方も気付いて婦人を見つめました。


以前は温かみのある柔らかな笑顔で、語りかけてくれた殿方の目。もうその目から笑みは消え、冷たい湖面の様です。

けれども、婦人に詰め寄り責め立てる様な事は一切せずに黙ったまま、立ち尽くしている婦人の横を毅然として通り過ぎて行きました。


婦人の目は大嵐の海の様。遠ざかって行く殿方の後ろ姿を見つめたまま、大粒の涙が次から次へとこぼれるのでした。




                続く



~ 鬼になった婦人のお話 の続き ~



嘘の悪い噂は私の仕業だと知っているはずなのだから、罵詈雑言を浴びせられ、平手打ちの一つや二つ受けて当然なのに、何故あの方は何も言わないの?


私は…

私は…何をしてしまったのか?

共に笑顔で過ごした時間を汚して。


謝罪をしたい。

でも今更その様な事は出来ない。


あの時、どうすれば良かったのだろう?

私の想いへの殿方の応えを受け入れて、

良き友人のままでいれば良かったのか?


それとも街を去り、遠く知らない所で想い出を大切にしながら生きれば良かったのか?


こんなにも私の心は、あの殿方で一杯で張り裂けそうで、あの方と出会いさえしなければ…。


何故あの殿方は、

私を愛してくれなかったの!

何故?…

何故?私は…

何故?あの方は…


婦人は涙を流し続けながら、殿方への愛と憎しみと、己への嫌悪で何が何なのか解らなくなり…

ふと、額の少し上の辺りに痛みを感じ、手で触れてみると二つの角が生えていました。


かつて、ある殿方に純粋な恋をしていた婦人は、こうして鬼になってしまったのでした。



 この婦人を、

『心醜い女』だと思いますか?

『愚かな女』だと思いますか?

『憐れな女』だと思いますか?




               終わり




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