表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

学校の先生

教育

作者: 遠野なつめ

起立、礼、着席。今から授業を始めます。

教科書と冊子は皆さん机の上に出してますよね。「公共」の教科書と、青空の表紙の「わたしたちのしあわせ」です。ほらそこ、物理の問題集は今は要らないので片付けてください。テスト前だからって内職は禁止ですよ。


明日はテストなので、出題範囲のおさらいをしましょう。教科書85ページを開いてください。


まずは都市の代表者の名前について。


皆さんはもう知ってるかもしれませんが、かつては国の代表が「首席大臣」と呼ばれていました。しかし、戦時中にその役職は一度「総統」に変わりました。


戦後の改革のなかで、中枢が壁に囲まれた都市に集約されて、代表者の名前も「統括支援者」に変わりました。戦争で国土のほとんどを汚染してしまった反省から、強権的な存在が避けられるようになって、市民の健康や福祉を第一に考えるように社会が変わってきたわけです。


これは学校にも関係していて、身近な例では「生徒指導室」が「生徒支援室」に変わったりしています。教師が生徒を一方的に支配するんじゃなくて、一人一人に寄り添って支えていくという理念があります。


改革のなかで「統括支援法」が制定されました。年号は教科書に載っています。

教科書に太字で書いてありますが、わかりやすいようにペンでマークするか付箋を貼っておいてください。テストに出ますよ。


それでは、改革の一環として制定された『統括支援法』に基づき、私たち市民が健やかに過ごせるような項目について学んでいきましょう。「健康に暮らす権利と義務」から振り返ります。


制定当時は酒やタバコがそこらで出回っていて、二十歳を過ぎれば誰でも買えるものでした。

皆さんのおじいちゃんおばあちゃんの世代ですね。


酒の飲みすぎで体を壊したり、酔って自制心が利かなくなって喧嘩をしたりと、事件事故が相次いで健康被害が出ていました。タバコはがんの原因ですし、本人だけでなく周囲にも被害が及んでいました。


その後で保健医療局が飲酒喫煙の害を啓発して、それらを勧めるような広告や表現も根絶され、皆さんは無事に酒やタバコのような有害物質から守られました。


え、先生は酒を飲んだことがあるかって……?

こら、私だってまだ若いんだから。私はおばあちゃんじゃありませんよ。酒を飲んだことはありませんが、いろいろな病気を引き起こすぐらいですから、毒みたいな酷い味だと思いますよ。


話が反れましたが、次の段落に移ります。


医学が発展していなかった時代には、身体や知的能力に生まれつきの障害をもった人がいました。目や耳が不自由だったり、手足に障害があったり。現代では医学が進歩して、先天的な障害や遺伝性の病を予防できるようになっています。


ここまでで質問はありますか。


はい、どうぞ。


もし障害のある人が生まれたらどうなるか、ですか。

それは今の医療技術ではほとんど考えられないことですよ。医学の進歩によって、先天的な身体・知的障害はほぼなくなりました。後天的な病気や怪我に対する治療技術もすごく進歩してて、障害や後遺症が残ることはかなり減っています。


グラフをもう一回見てください。戦後の改革と統括支援法の制定を境に、障害をもつ人の数が減ってゼロに近づいています。


これは私たちの時代では当たり前のことですが、どれほど価値あることかを忘れないように。それと、今日はテスト前日だから、質問は教科書に載ってることに絞ってください。他の生徒たちも復習に集中できるようにね。


次に、内容の小見出しを読んでください。

平和主義、環境保全、両性の平等、暴力的および性的な行為からの保護、本法を尊重し擁護する義務。

順番に見ていきましょう。


──中略──


ちょうどチャイムが鳴りましたね。

これで授業を終わります。明日のテストは教科書を持ち込めますから、忘れないようにしてください。


起立、礼、着席。ありがとうございました。













──────

座って。

生徒支援室に呼ばれた理由はわかってますよね。


この答案。「公共」のテストを白紙で出したことについて、何か事情があるのかな。教科書は持ち込み可能だし、出題範囲も事前に教えてるんだから、問題がわからないなんてことはないですよね。


あなたは数学と物理でトップだし、体育実技でも上位だと聞きました。他の科目では優秀な成績を収めてるのに、どうして0点を取るようなことをしたの。


もし試験中に体調が悪かったのなら、そう言ってくれたらいいんです。私の目的はあなたを咎めることじゃなく、健やかに過ごせるようにサポートすることなんですから。


聞こえましたか。聞いてるなら返事してください。


私が言うのもなんですが、「公共」は全科目のなかで一番簡単です。この仕事に就いてから、白紙の答案を受け取ったのは初めてのことです。


白紙で提出すると評定に響きますし、そうすると今後の進路に影響するのは知っているでしょう。数学や物理を落とすのとはわけが違うんです。


……話したくないですか。それなら無理にとは言わないので、今から追試を始めます。


ここに私の言うことを書いてください。鉛筆をどうぞ。


設問は「あなたにとって幸せとはどのようなものですか」。

答えは「統括支援法を遵守し、心身ともに健康に過ごし、自他を慈しむこと」です。


どうしたの、その目つきは。お願いだから鉛筆を持って。


この一行を書くだけでいい。簡単なことでしょう?


頼むから。

私はあなたを矯正施設に送りたくないの。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ