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彼らの故郷は西の果の山中。遥かな天にそびえ立つ山、龍山の内部にあった。昼間だと言うのに光の届かぬそこは朱、青、緑に岩肌が輝く鍾乳洞に囲まれている。
「蛍まって!」
と居住区のど真ん中を流れる川を岩伝いに渡ろうとしていると後ろから馴染みのある声が聞こえてきたので謝って水面に落ちぬよう僕は急停止をした。
「早く行かないとトト様からお叱りを受けちゃうよ!」
川岸へと声を張り上げた。
僕らは双子。僕と、僕の双子の姉の竜胆は生まれて間もなく親元を離れこの龍山洞穴の端にある村へと連れられてきた。親が誰で、どこで生まれたのかも分からない僕たちは、ここで17歳まで掟や生活に欠かせないことや一族のことを学び暮らすことになっている。本当は周りの子供達のようにもっと子供らしく遊びたかったが一族の掟でそれは叶わなかった。
しかしそんな生活をしてもう9年も経つのかと思うと感慨深いものがある。僕らは生まれたときから洞穴の最奥にある一族の本流の家系が住まう楼閣に最も遠いこの村で育ち、楼閣への入城を許可されるのは九つの儀と十七つの義の際だけだ。
「蛍、九つの儀やっぱり行かないとだめ?」
竜胆は龍山で1番大きな、そしてこの洞穴では唯一の楼閣がある方角を指差した。
九つの儀は一族の始まりからあるらしい儀式で、その日に楼閣に呼ばれ楼主、つまり僕たちからしたら族長様になるわけだが、その方に直接謁見し、御言葉を賜るというもの。そこでこれからの人生を大きく左右する選択肢が選ばれるのだと聞いた。
「近所の子供達だって去年行ってただろ、うちの家だけ儀式に行かないなんて楼主様への不義理で一家取り潰しにあいかねないよ」
確かに、と竜胆は笑いをこらえながら川面の岩をぴょんぴょんと渡りはじめ、そして途中で立ち止まった。
洞穴の端にある村からは楼閣は見えない。居住区を流れる川の元にある地底湖そのど真ん中に位置する場所にあるため外からも、そして中からも見ることができないからだ。
子供の頭というのは単純なようで、今まで1度だってお目にかかったことの無い楼閣や、そこに住まう尊いお方たちに謁見するとなると恐れを抱く。それは姉の竜胆も少なからず同じなんだろう。
「ほら、早くしないとトト様に叱られるよ」
「分かってるよ、今行く!」
竜胆は川の真ん中にたつひときわ大きい岩の上を跳びながら渡っていく。端の村に住む者のなかでも僕と竜胆は特に身体能力が高かった。特に竜胆はその才に秀でている。この一族に生まれ落ちた者たちは皆何かしら天賦の才を持っているらしいが、その中でも竜胆は一族が信仰する龍神から好かれているとそう本気で思っていたし、僕もそう思っていた。
「龍の加護か……」
今後の人生を左右する選択肢とは何なのだろうか。幼い頭で考えても頭痛がしてくるだけだ。それなのに何故か胸の当たりがザワザワする。
「蛍!はやく!」
いつの間にか僕を抜かした竜胆が僕を呼ぶ。もうすぐ対岸だ、そこからもう一度岩を伝っていけば僕たちの家がある。明日は九つの儀ということもあってトト様、親代わりのような人が晴れ着とご馳走を用意して待っていてくれているはずだ。
急いで帰らなければ
僕は再び岩に足をかけた。